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河豚

  

フグ毒

 

 フグ毒は、東京大学の田原教授によってフグから抽出され、テトロドトキシン(図1)と命名された。1950年には、結晶の形で取り出されていたが、図1からもわかるように複雑な構造をしているためその化学構造まではわからなかった。

 

 テトロドトキシンの化学構造は、1964年の京都の国際天然物化学会議で東京大学の津田グループ、名古屋大学の平田グループ、アメリカのウッドワードのグループによってそれぞれ違う道筋でまったく同じ構造が報告された。

 

 

 

 

図1 テトロドトキシン

 

フグ毒は何処から?

 

 フグ毒は何処から来るのだろうか?内臓の種類やフグの個体によって含まれている量も違う。中には、まったくといっていいほど持っていない個体もいる・・・・・・・!?ということは、フグはフグ毒を造らないのではないだろうか?

 

 実際に調べてみるとフグ毒はフグ自身が作っているのではなく、フグの餌に由来する。その中でも特に疑われるものは、巻貝の一種であるハナムシロガイである。しかしこのハナムシロガイもフグ毒を作ってはいない。このように食物連鎖をたっどっていくと、

 

  フグ → ハナムシロガイ → トゲモミジガイ(ヒトデの一種) 

 

となる。トゲモミジガイも個体に含まれている量が違うため、外部から摂取している可能性が高い。そこで、1982,3年頃から専門家たちは、「バクテリアが作っているのではないだろうか?」と考え出した。

 

 そして、1985年、フグ毒を作っているバクテリアが見つかり、その後、たくさんの種類が見つかっている。ビブリオ・アルギノティクス(図2)、ビブリオ・アンギラルム、フォトバクテリウム・フォスフォリウム・・・等と挙げていたらきりがないほどである。これらのバクテリアは、海洋中でごく普通に存在しており、東京湾などでも1mlの海水を取れば含まれている程である。

 

 

図2

フグ毒をもつ動植物

 

 

 「フグ毒は何処から?」からわかるように、フグ毒をもつ動植物はフグのみではない。そこで、フグ毒をもつ動植物の例を表1に挙げる。

 

表1 フグ毒をもつ動植物の例

フグ

アオブダイ

ツムギハゼ

モミジガイ

トゲモミジガイ

ハナムシロガイ

ヒョウモンダコ

イモリ

カエル

カブトガニ

ヤムシ

石灰藻

 

フグ毒の作用

 

 

 テトロドトキシンは神経や筋肉を麻痺させる働きがある。これは、神経細胞の軸索中にあるナトリウムチャンネル(刺激を受けた際にナトリウムイオンを細胞の内から外へ押し出すことによって刺激を伝えるもの)をテトロドトキシンがふさいでしまうため細胞の内から外へナトリウムイオンを押し出すことが出来なくなってしまう為刺激を伝えることが出来ず麻痺する。

 

 フグ毒の仲間として知られる麻酔性貝毒(サキシトキシン、ネオサキシトキシン、ゴニオトキシンU、ゴニオトキシンV等)も同じ作用によるものである。これらの毒素のはグアニジル基(図3)という共通の官能基を持っており、これがナトリウムチャンネルをふさいでいる。

 

 

図3 グアニジル基

  

フグ毒の合成

 

最後に、名古屋大学の岸教授(現ハーバード大教授)らによるテトロドトキシンのラセミ体全合成ルートの概要を紹介する。

 

図4 テトロドトキシンの合成概要図

 

 まず、Diels-Alder反応によって12を[4+2]付加させ3とする。保護や還元を行い4とし、これをm-CPBAでエポキシ化 することで、続いて環化が起こり5となる。官能基変換保護などのステップを経て6とし、これをm-CPBAによってBaeyer-Villiger酸化を行い7とする。これを酢酸緩衝溶液中にいれると、7の7員環のの部分が加水分解された後、新しい6員環が形成され8となる。官能基変換や保護を繰り返し9としたものをHIO4によって酸化開裂させ10とし、NH4OH(MeOH溶液)によって脱保護を行 いテトロドトキシンの全合成を達成した。

 

 官能基変換や保護・脱保護については省略してあるが興味のある人は実際の論文を読んでみるとかなり勉強になります。特に大学3年生の方は実際に論文に触れる機会はあまりないと思うが学力はついていけると思うので読んでみてください。

 

 やっぱり有機って面白いよね!

 

(2000/11/19 by ボンビコール)

 

参考、関連文献

 

・フグ毒のなぞを追って  清水潮  裳華房(1989)

・季刊 化学総説45 天然物の全合成  日本化学会編  学会出版センター(2000)

J.Am.Chem.Soc. 1972、94,9217〜9220

図解雑学 毒の科学図解雑学 毒の科学

 人間は「毒」と、どのように関わってきたのか? 「毒とは何だろう?」、そんな素朴な疑問を、物質の化学構造についての基礎知識をおさえ、「毒」の文化的・歴史的背景も含めてわかりやすく解説。
 

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関連リンク

 

【用語ミニ解説】

 

平田グループ

 

(写真:平田先生追悼記念事業会

 

平田義正(1915-2000)名古屋大教授率いる研究室。平田先生の弟子には、アサガオの青い色を突き止めた故後藤俊夫先生(名大教授)、中西香爾先生(コロンビア大学教授)、パリトキシンの岸義人(ハーバード大教授)が、さらに2001年のノーベル化学賞を受賞した野依先生も元平田研助教授である。 今でも、天然物単離屋の世界では多くの平田一派が活躍している。

 

ウッドワード 

 

(写真:nobelprize.org)

 

Robert Burns Woodward 。天然物合成化学者。「ウッドワード−ホフマン則」とよばれる合成法則を発見。1965年に有機合成による貢献でノーベル化学賞を受賞。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

  

 

  

テトロドトキシンの不斉全合成

 

テトロドトキシンは分子量は大きいとは言えない化合物であるが、非常に多官能基化された複雑な構造を有しており、合成化学者にとって格好のターゲットである。それにもかかわらず、1972年の岸らの全合成の後、最近まで不斉全合成は達成されていなかった。

 

しかし、2003年名大磯辺らよって60段階以上かかったが不斉全合成が達成された。さらに、同時期にJ. Du BoisらによりC-H insertionという手法を用いてなんと32段階でエレガントな不斉全合成が達成された。

Andrew Hinman and J. Du Bois* J. Am. Chem. Soc., 125, 11510 (2003).

 

 

 

 

 

 

 

 フグはなぜ毒をもつのか―海洋生物の不思議
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