[スポンサーリンク]

一般的な話題

2001年ノーベル化学賞『キラル触媒を用いる不斉水素化および酸化反応の開発』

[スポンサーリンク]

スウェーデンの王立科学アカデミーは10日、2001年のノーベル化学賞を野依良治(のよりりょうじ)・名古屋大大学院理学研究科教授(63)、元米モンサント社研究員のウィリアム・ノーレス博士(84)、米スクリプス研究所のバリー・シャープレス教授(60)の3氏に贈ると発表した。(引用:毎日新聞)

 今年のノーベル 化学賞は日本人が2年連続の受賞となった。またそれが私の学んでいる有機化学での受賞ということで、とてもうれしい限りである。

 そこで今回は簡単ではあるが、受賞者である野依良治教授をはじめとし、今回の受賞対象となった研究業績を紹介してみることにする。

不斉●●反応とは?

今回の受賞理由は「キラル触媒による不斉反応の研究」である。聞き慣れない言葉である「不斉」とは一体なんだろうか?

有機化合物の中には、同じ組成でも鏡に映した2つの関係にある化合物がある。人間の右手、左手と同じようなものだと思えば良い。そのような化合物はそれぞれ鏡像異性体(エナンチオマー)の関係にあるといい、鏡像異性関係を生み出しうる特性をキラルであるという。

nobelprize2001_2

鏡像異性体の作り分けは、医薬開発の分野で極めて重要とされている。というのも医薬品は、鏡像異性の違いによって生物活性が異なることがよくあるからである。

たとえば以下に示すサリドマイドと呼ばれる医薬品は、右手系(R体)は睡眠薬として働くが、左手系(S体)は強力な催奇形性を有するという、全く異なる生物活性を持つとされている。この事実が広く知られてなかった時代、サリドマイドを服用した妊婦から、アザラシ肢症と呼ばれる奇形児が多数生まれてしまい、未曾有の薬害事件を引き起こした。この反省を受けて、現在では全ての医薬品候補について、両方の光学異性体の活性評価が義務づけられている。

thalidomide

人工不斉合成を可能とした画期的触媒

鏡像異性体のの作り分け=不斉合成は、長年にわたる合成化学の未解決問題だった。150年前にフランスの化学者パスツールが「生物でしかなしえない」と述べて以来、人工では到底不可能と考えられてきたのである。

というのも通常の合成法を用いる限り、右手系・左手系の鏡像異性体が1:1の混合比でできてしまう。すなわちラセミ体しか得られない。作り分けには一工夫が必要となる。

今回の受賞者3氏は、キラルな有機化合物(不斉配位子)を備えた金属錯体を不斉触媒として使うという工夫を編み出し、鏡像異性体の一方だけを選んで作ることに成功した。

それぞれ専門とする化学反応が異なっており、野依教授・ノールズ博士は不斉水素化反応、シャープレス教授は不斉酸化反応で、決定版と言うべき触媒系を開発したのである。

不斉水素化

例えば下図のような炭素-炭素二重結合をもつ化合物(アルケン)を考えて見よう。これに水素を付加させる反応が水素化反応だが、アルケンの表裏を選んで、一方からのみ水素を付加させることが出来れば、特定の鏡像異性体を作り分けることになる。

nobelprize2001_4

こういったことを可能にするのが不斉触媒である。

これを初めて成功させたのが、モンサントの研究者ウィリアム・ノールズ博士である。 彼は1974年、自信で開発した不斉リン配位子DIPAMPを備えたロジウム触媒を用いて不斉水素化を行い、パーキンソン病治療薬L-DOPAの工業的生産に成功した。

homogeneous_hydrogenation_6

 

このほかにもDIPAMPと同じように働く不斉リン配位子が多数合成されている。その中で決定版の一つとされているうのが、野依教授の開発したBINAPである。

homogeneous_hydrogenation_8

 

これをルテニウムと組み合わせた不斉触媒は、他の追随を許さない圧倒的効率でアルケンの不斉水素化を進行させることが知られている。またジアミン配位子を組み合わせることで、ケトンの不斉水素化も行えるようになった。

noyori_red_1noyori_red_3

この優れたオリジナル配位子を活用し、メントールの工業合成法の確立などまで本技術を応用している。

 

不斉酸化反応

精密有機合成を学んだ方なら、聞いたことがある、もしくは実際にやった方も多いであろう不斉酸化反応の決定版が、シャープレス不斉ジヒドロキシル化不斉エポキシ化である。特に後者は若かりし頃シャープレス研に留学していた九大教授・香月勗によって開発されたため、シャープレス・香月反応とも呼ばれている。

sharpless_ad_1
en-ether31

これらは合成中盤~終盤でも使えるほど実施容易で信頼性の高い反応であるため、とくくに天然物合成化学でよく使われている。

おわりに

 以上簡単ではあるが、受賞者3人の為しえた業績について紹介した。まさにノーベル賞にふさわしい3人だと思う。

日本の話になってしまい恐縮だが、野依先生に刺激されて、有機化学・化学を学んでいる人たちも、もっと化学を好きになってもらえればと思う。ノーベル化学賞受賞おめでとうございます!

(2001.10.11 by ブレビコミン)
(2015.2.2 加筆修正 by cosine)
(※本記事は以前より公開されていたものを「つぶやき」に移行し、加筆修正したものです)

関連書籍

[amazonjs asin=”4759809155″ locale=”JP” title=”学問と創造―ノーベル賞化学者・野依良治博士”][amazonjs asin=”4815804494″ locale=”JP” title=”研究はみずみずしく―ノーベル化学賞の言葉”][amazonjs asin=”475981373X” locale=”JP” title=”キラル化学: その起源から最新のキラル材料研究まで (CSJ Current Review)”]

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機分子触媒ーChemical Times特集より
  2. 層状複水酸化物のナノ粒子化と触媒応用
  3. エーテルがDiels–Alder反応?トリチルカチオンでin s…
  4. タウリン捕まえた!カゴの中の鳥にパイ電子雲がタッチ
  5. 中高生・高専生でも研究が学べる!サイエンスメンタープログラム
  6. 究極のナノデバイスへ大きな一歩:分子ワイヤ中の高速電子移動
  7. 2022年度 第22回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 …
  8. 銅触媒による第三級アルキルハロゲン化物の立体特異的アルキニル化反…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ボールマン・ラーツ ピリジン合成 Bohlmann-Rahtz Pyridine Synthesis
  2. 観客が分泌する化学物質を測定することで映画のレーティングが可能になるかもしれない
  3. 第44回「100%の効率を目指せば、誤魔化しのないサイエンスが見える」安達千波矢教授
  4. バートン トリフルオロメチル化 Burton Trifluoromethylation
  5. 「薬学の父」長井博士、半生を映画化へ
  6. 特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
  7. ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)ニッケル(II)ジクロリド : Bis(tricyclohexylphosphine)nickel(II) Dichloride
  8. カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (2)
  9. 計算化学記事まとめ
  10. 「リジェネロン国際学生科学技術フェア(ISEF)」をご存じですか?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2001年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

産総研の研究室見学に行ってきました!~採用情報や研究の現場について~

こんにちは,熊葛です.先日,産総研 生命工学領域の開催する研究室見学に行ってきました!本記事では,産…

第47回ケムステVシンポ「マイクロフローケミストリー」を開催します!

第47回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!第47回ケムステVシンポジウムは、…

【味の素ファインテクノ】新卒採用情報(2026卒)

当社は入社時研修を経て、先輩指導のもと、実践(※)の場でご活躍いただきます。「いきなり実践で…

MI-6 / エスマット共催ウェビナー:デジタルで製造業の生産性を劇的改善する方法

開催日:2024年11月6日 申込みはこちら開催概要デジタル時代において、イノベーション…

窒素原子の導入がスイッチング分子の新たな機能を切り拓く!?

第630回のスポットライトリサーチは、大阪公立大学大学院工学研究科(小畠研究室)博士後期課程3年の …

エントロピーの悩みどころを整理してみる その1

Tshozoです。 エントロピーが煮詰まってきたので頭の中を吐き出し整理してみます。なんでこうも…

AJICAP-M: 位置選択的な抗体薬物複合体製造を可能にするトレースレス親和性ペプチド修飾技術

概要味の素株式会社の松田豊 (現 Exelixis 社)、藤井友博らは、親和性ペ…

材料開発におけるインフォマティクス 〜DBによる材料探索、スペクトル・画像活用〜

開催日:10/30 詳細はこちら開催概要研究開発領域におけるデジタル・トランスフォーメー…

ロベルト・カー Roberto Car

ロベルト・カー (Roberto Car 1947年1月3日 トリエステ生まれ) はイタリアの化学者…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP