複数の官能基を持つ化合物を合成するとき、ある官能基のみを選択的に反応させたい、ということが良くある。 例えば図1を見てほしい。3つあるヒドロキシル基のうち、1つだけを酸化してアルデヒドにしたい。しかしこのケースにおいては、そのままだと他の二つともども酸化されてしまう。どうすればよいだろうか?
こういう場合には図2の青色で示したように、エーテルやエステルといった、酸化に不活性な官能基に一時的に変えておけば良い。
こういった目的に使われる、着脱可能な官能基を保護基(Protecting group)という。今回のトピックでは、この"保護基"について簡単に解説してみたい。 ▼ 保護基の性質
保護基は上で述べたように、特定の化学反応から官能基を保護する(化学安定性を高める)ことが主たる使用目的である。幅広く、目的に応じた安定性を得るべく、さまざまな種類の保護基が開発されている。 その他にも、以下のような特性を期待して使うことも多い。
@ 溶解性の向上・極性の低減: 糖質やアミノ酸は合成出発物質としてしばしば利用される。しかし化合物の極性が高く、多くの有機溶媒に溶けにくい。水相に移行したり、分離担体に吸着されてしまい収率の低下を招くこともある。極性官能基を保護してやることで、この点を改善させることができる。
A 結晶性の向上: 合成中間体を精製する場合、特に大スケールの場合にはカラムクロマトグラフィーの使用がはばかられることが多い。再結晶の積極的使用を考えたい場合、保護基を適切に選択し、結晶性の向上を期待することが多い。単結晶が得られれば、X線結晶構造解析によって3次元構造も決定できるため、分析的観点からも重要である。この目的には、ブロモ基やニトロ基、芳香環を含む保護基をチョイスすることが多い。
B 生物活性の変化: 生理活性物質は、極性官能基を介して生体高分子と相互作用することが多い。保護基を導入すると、極性官能基が遮蔽される。このため、一般に生物活性は低減する。
C 揮発性の変化: 保護基を導入すると分子量が大きくなり、沸点が上昇する。これにより、減圧下での溶媒留去や乾燥が容易になる。一方、アルコールをメチルエーテル、トリメチルシリルエーテル等にすると、分子量の増加度の割に極性低下が大きく、結果として揮発性が増すことが多い。これにより、質量分析やガスクロマトグラフィなどによる分析が容易になる。
D 構造解析の易化: 本来UV吸収をもたない化合物に、強いUV吸収をもつ保護基(ベンゾイル基など)を導入するなどの手法が一般的である。これにより、HPLCなどでの高感度検出が可能となる。
E 反応性の変化: 嵩高い保護基を用いて近傍の反応点を遮蔽したり、配位性保護基を用いて、化学選択性の制御を行うことも可能。
▼ 代表的な保護基
保護基には、保護しやすいだけでなく、脱保護しやすいという性質も重要である。最終化合物は保護されていないケースが多いので、最終的に取り外すことが出来なければ意味がない。 目的に応じ多種多様な保護基が開発されているが、合成をうまく進めるには、それぞれの特徴を学び、場合に応じて使い分けなくてはいけない。 表1に、アルコールの保護に用いられる、代表的な保護基の略称・脱保護の条件などを示しておく。他の保護基については、ODOOSに情報を登録してあるので参考にしてほしい。
表1:アルコールの代表的な保護基
▼ 実際の活用例 それでは実際の論文より、保護基の使用例と脱保護例をいくつか取り上げてみよう。 図3の例では、1)でMPM基を除去、b)でTBS基を導入している。
図4の例では、条件の違いでTBS保護のパターンが異なっている。
図5の例では、1)でアセチル基保護、2)でMEM(2-メトキシエトキシメチル)基を除去している。MEM基を脱保護したアルコールのみを光延反応によって反転させる予定となっている。アセチル保護は、そのために必要である。
▼ おわりに
以上見てきたが、保護基は保護・脱保護のプロセスが必要なため、工程数の増加という本質的問題点を含んでいる。しかしながら、現代においてもなお、有機合成には欠かせないものといえる。近年では保護基に機能を持たせ、従来不可能であった変換を進行させるような研究例も報告されている。これを機会に勉強してみるとよいだろう。 (2001.2.5 byブレビコミン)
▼参考書籍 東京化学同人 野依 良治(編集)鈴木 啓介(編集)中筋 一弘(編集)柴崎 正勝(編集)玉尾 皓平(編集)奈良坂 紘一(編集) 発売日:1998-04
Wiley-Interscience 発売日:2006-10-06
旧版との比較
Oxford Univ Pr (Sd) 発売日:2000-11-16 ▼関連試薬
【Aldrich 】 ベンジル化試薬: 2-Benzyloxy-1-methylpyridinium triflate 分子量:349.33 CAS: 882980-43-0 製品コード: 679674 値段: 1g, 15,200円 (2008.11.3 現在) 用途:保護化試薬 説明: Williamson エーテル合成反応でベンジル化するためには強塩基性を要する。それに対して、トリクロロアセトイミダート試薬は触媒量の酸でも進行するが、塩基性、酸性にも弱い基質のベンジル化は困難である。2-Benzyloxy-1-methylpyridinium triflate はアルコールと熱するだけでベンジル化を行うことができ、酸塩基不安定な化合物、容易にラセミ化してしまうような化合物のベンジル化に効果的である。 文献:(1) (a) Poon, K. W. C.; Dudley, G. B. J. Org. Chem. 2006, 71, 3923. (b) Poon, K. W. C. et al. Synlett 2005, 3142. その他の保護化試薬に関する記述: 保護化試薬(Aldrich製品紹介, PDFファイル)
▼関連リンク
・ODOOS:保護の検索結果
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【用語ミニ解説】
■X線結晶構造解析 試料の単結晶を作成し、X線の回折現象を測定する分析手法。これにより結晶内部における原子の三次元空間配列(原子間距離)が測定できる。(参考:Wikipedia X線回折)
■ HPLC 高速液体クロマトグラフィー。充填剤を詰め込んだカラム(固定相)に、高圧で水や有機溶媒などの液体(移動相)を流しつつサンプルを通過させる。これにより成分の分離を行うとともに、紫外・可視吸光や蛍光などの検出器で分析・同定を行う装置。俗に「液クロ」と呼ばれる。
■光延反応 アゾジカルボン酸ジエチルとトリフェニルホスフィンを使用し、カルボン酸を第二級アルコールに反応させると、立体反転を伴って、対応するエステルが生成する。これはアルカリ加水分解により、アルコールに変換できる。総じて、アルコールの立体反転法として用いられることが多い。
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