電子論と軌道論 |
初めに電子論と軌道論の歴史について話そう。
初期の有機化学は個々の反応の膨大の羅列であり、完全に記憶と経験に頼るものであった。その量が膨大になるにつれ、こんなもん単なる暗記で覚えれるわけない!!ということで、1940年代にイギリス学派といわれるIngoldやRobinsonらによって有機電子論が導入された。
それにより、種々の反応が統一的に理解されるようになり、有機化学はひとつの学問体系を整えるようになった。
電子論では、反応はすべて電子に富んだ部分の電子が電子の足りない部分に向かって移動することにより引き起こされるという単純な原理に基づくもので、きわめて明快なものであった。しかし電子論はこのような利点をもつ反面、仮定が多く理論的裏付けに乏しいため、それに伴って矛盾や説明不可能な現象に付き当たった。
1960年代になり、量子論に基づく軌道の概念がはっきりしてくると、電子の動きだけを追っていた従来の電子論に加えて、軌道の形や性質に注目しながら反応が理解できるようになり、それまで矛盾とされていたものが合理的に理解できるようになったためこの軌道概念が有機化学の中に取り入られるようになった。 これが軌道論である。
それでは、例としてアクロレインのDiels-Alder反応 による二量化反応を考えてみよう。 電子論で考えると、アクロレインではカルボニル基が電子吸引性のため、これを電子の偏りから考えると式(1)のように予想される。
しかし、実際には式(2)のような反応が起こる。 この反応は では、なぜこのような反応がおこるのだろうか?
これは軌道論の考え方で説明することができる。
これは軌道論の考え方で説明することができる。 式(2)の軌道を考えてみると、
となる。図のようにHOMOとLUMOが相互作用しあい、結合する。 この考え方はフロンティア軌道と呼ばれ、ノーベル化学賞を取った福井謙一教授の考え方である。
このように、電子論だけでは説明できないことは軌道論で説明することができる。
では、前述のHOMOとLUMOとは何か?またフロンティア軌道とは? と思われるだろう。それについては他のトピックスで説明してみよう。
有機って面白いよね!! (by ブレビコミン 2000/6/17)
▼参考、関連文献
武次徹也,平尾公彦 著 裳華房 分子軌道法の基礎を解説したテキスト。分子軌道の概念に至る流れの全体像がつかめるように構成。分子の科学、ボルン・オッペンハイマー近似、1中心1電子系、独立電子近似、ハートリー法などについて解説。 大野公一,岸本直樹,山門英雄 著 裳華房 原子軌道と分子軌道、原子軌道の図示、分子軌道の組み立てと図示の基本、いろいろな分子の分子軌道等を解説。電子軌道運動やエネルギー準位のイメージを利用しながら、化学元素の性質の由来や化学結合の仕組みを学ぶための本。
▼関連リンク
|
【用語ミニ解説】
■Robinson
(写真:nobelprize.org)
Robert Robinson 。アルカロイドの合成を精力的に行う。Tetrahedronの創刊者1947年ノーベル化学賞受賞。
■フロンティア軌道論
反応物側から生成物をHOMO、LUMOで予測する。
■
■福井謙一
(写真:nobelprize.org)
化学反応過程の理論的研究の功績(フロンティア軌道)により日本人初のノーベル化学賞を受賞した化学者。
|