ペリ環状反応〜軌道の対称性〜 |
有機化学反応の多くは、求核種が求電子種に求核攻撃をすることによって進行する。今回は、前述の反応とは異なり、軌道の対称性によって起こるペリ環状反応について紹介する。
▼ペリ環状反応
ペリ環状反応とは、「πないしσ電子が環状の遷移状態を経て1段階で結合の生成を起こすような反応」のことを示し、立体特異的に進行する。例えば、Diels-Alder反応 (図1)やClaisen転位 (図2)等はペリ環状反応に含まれる。
ペリ環状反応は1960年代半ばにR.B.WoodwardとR.Hoffmanによって分子軌道の対称性を用い、この特異性を説明し、また、福井謙一はフロンティア軌道論によって説明した。これによって、Hoffman、福井はノーベル賞を受賞している(1981)。
ペリ環状反応は、その機構の違いから、電子環状反応、付加環化反応、シグマトロピー転位、キレトロピー反応の4種類に分類される。それでは まず電子環状反応と付加環化反応について紹介する。
▼電子環状反応
電子環状反応は「分子内で反応に関与する共役π電子系の両端でσ結合を生成して閉環する反応またはその逆過程の開環反応」とある。
それでは、ブタジエンの閉環を例にとって説明しよう。
図3 ブタジエンとシクロブテンの相互変換
この反応は、両端のp軌道が回転することによって進行しており(図4)、この回転には2通りの様式が考えられ、このためにシクロブテンには2通りの立体が考えられる(図5)。
図4 シクロブテンのp軌道の回転様式
図5 シクロブテンの電子環状反応生成物
ペリ環状反応は、分子が何らかの対称性を持っている時、反応過程においてその対象性が保存されるという軌道対称性保存の原理に基づいている。シクロブテンの場合は、図4の上の過程(同旋過程)では赤で示した中心線に対して対称性を保存しながら反応が進行(軌道が回転)しており、下の過程(逆旋過程)は中心面に対して対称性を保ちながら反応が進行(軌道が回転)している。同旋過程、逆旋過程共に2種類の回転が考えられるが、この場合には立体障害の小さい生成物が優先的に得られてくる。
次に、ブタジエンとシクロブテンの反応に関与している軌道について考えるとブタジエンに4つ、シクロブテンに4つ存在する(図6)。
図6 ブタジエンとシクロブテンの相互変換に関与する軌道
これらの8つの軌道をブタジエンを左側、シクロブテンを右側にそれぞれエネルギー準位順に並べると図7のようになる。ここで対称性を持つ線(面)に対して対称であるものをS(symmetry)、半対称であるものをA(antisymmetry)とし、同旋過程、逆旋過程のそれぞれの軌道に振り分け同じ対称性のものを下から順に相関させると軌道相関図が出来る(図8)。
この時、結合性軌道どうし、反結合性軌道どうしが互いに相関しているものを対称許容といい、熱的に進行する反応でブタジエンとシクロブテンの相互変換の場合には同旋過程の場合がこれに当てはまる。反結合性軌道と結合性軌道が互いに関与しあっているものは対称禁制といい光励起することによって反応が進行する。 ブタジエンとシクロブテンの相互変換の場合には逆旋過程の場合がこれに当てはまる。
電子環状反応の立体特異性は、鎖状共役電子系の場合には対称性が交互に進行するため表1に示す選択性が成り立つ。
表1 電子環状反応の選択性
▼付加環化反応
π電子系どうしの反応によって新たにσ結合を生成し環状化合物を与える反応を付加環化反応といい、m個のπ電子系とn個のπ電子系による反応を[m+n]付加環化反応という。
付加環化反応はπ電子系の作る面の同じ側で反応が進行する同面過程(スプラ:s)と逆の面から進行する逆面過程(アンタラ:a)があり、それぞれ与える生成物の立体が異なってくる。例えば、代表的な付加環化反応であるDiels-Alder反応の場合はジエン、ジエノフィルともにπ電子系の作る面の同じ側で反応が進行しているため同面過程であり、[π4s+π2s]環化付加反応である(図9)。
それでは、このDiels-Alder反応の軌道について考えてみる。まず、Diels-Alder反応に関与している軌道は図10に示すジエン4個、ジエノフィル2個、付加体6個の計12個である。
図10 Diels-Alder反応に関与する軌道
これを用いて電子環状反応の場合と同様に、それぞれエネルギー準位順に並べ、対称(S)、非対称(A)に分け同じ対称性のものを下から順に相関させ、軌道相関図を作成すると図11のようになる(付加環化反応の場合対称性は鏡映面(図12)に対して現われる)。
生成系と反応原系の結合性軌道同士、反結合性軌道同士で相関しているため対称許容となり、これからDiels-Alder反応は熱反応許容であることが分かる。
同様に種々の[m+n]付加環化反応の軌道相関図を作成していくと選択性が成り立つことが分かる。これを表2に示す。
表2 付加環化反応の選択性
次にシグマトロピー転位、キレトロピー反応について説明しよう。
▼シグマトロピー転位
シグマトロピー転位とは「π電子系に隣接した原子原子団がπ電子系の他の位置に移動し一挙に結合の組換えが起こる反応」を示し、切断されるσ結合と新たに生成するシグマ結合の間に存在する炭素数がそれぞれm,nである時[m,n]シグマトロピー転位という。
図13 [m,n]シグマトロピー転位
シグマトロピー転位は同面過程、逆面過程のどちらで進行するかによって立体選択性が決まる。代表的なシグマトロピー転位には、Claisen転位やCope転位[ (図14)がある。
図14 Cope転位
最後にシグマトロピー転位の選択性を表3に示す。
表3 シグマトロピー転位の選択性
▼キレトロピー反応
キレトロピー反応とは「一つの原子または原子団に結合している二つのσ結合が協奏的に切断しπ電子系が生成する反応とその逆反応」であり、直線的キレトロピー反応と非直線的キレトロピー反応の2つに分けることが出来る。直線的キレトロピー反応とは脱離基の反応中における分子平面が脱離の方向と同じであるものを示し、非直線的キレトロピー反応とは脱離基の反応中における分子平面が脱離の方向と垂直であるものを示す。代表的なキレトロピー反応の例としてはShapiro反応がある(図15)。
図15 Shapiro反応
キレトロピー反応の選択性を表4に示す。
表4 キレトロピー反応の選択性
有機化学反応は一般的な求核反応だけでなく、カルベンやラジカルそしてこのペリ環状反応といろいろ存在し、奥がとても深いように感じます。だからこそ、有機って面白いよね!? (by ボンビコール)
▼参考、関連文献
・大学院講義有機化学 T 東京化学同人 ・ソロモンの新有機化学 (上) 第4版 廣川書店 ・有機合成化学 共立出版株式会社
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【用語ミニ解説】
■R.B.Woodward
(写真:nobelprize.org)
Robert Burns Woodward 。天然物合成化学者。「ウッドワード−ホフマン則」とよばれる合成法則を発見。1965年に有機合成による貢献でノーベル化学賞を受賞。
■R.Hoffman
(写真:nobelprize.org)
Roald Hoffmann 。ウッドワードと共同研究により、ウッドワード−ホフマン則」とよばれる合成法則を発見。 1981年にノーベル化学賞受賞。
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イオン反応にもラジカル反応にも分類されない第3の有機反応である「ペリ環状反応」の機構と理論を、環化付加反応、電子環状反応、シグマトロピー転位、グループ移動反応に分類して解説する。
もっとも代表的な[4+2]環状付加反応で、いろいろなジエンと親ジエンからシクロヘキセン骨格が立体特異的、かつ位置選択的に得られる。
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■Claisen
(写真:chemsoc )
Claisen, Ludwig 。合成反応の開発。Claisen転位、Claisen縮合などの反応で有名。
■Cope
(写真:Michigan State University)
Arthur Clay Cope。MITの教授。業績を称え、アメリカ化学会では有機合成で活躍している研究者にArthur C.Cope 賞が与えられている。
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