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NMR〜1H NMR解析編〜

  

 

 NMR〜超基礎編〜でNMRの原理や装置に付いての概論は説明してあるので、今回は1H NMRの実際の解析を行ってみよう。

 

化学シフトとスピン結合定数

 

 まずは、解析を行うにあたって必要な知識について説明する(1H NMR、13C NMR共通)。

 

 1、化学シフト

 

  原子核のまわりの電子に外部磁場H0が働いたとき、電子は加えた外部磁場に対して垂直な平面内で循環して反対方向の誘起磁場H'を生じる。よって、原子核にかかる実際の磁場Hは

 

H=H−H’

 

である(反磁性遮蔽効果)。これは、電流の環内の電子密度や電子が自由に回転できるときに大きくなる。

 

 H’の大きさはHの値に比例していることから、

H’=σH

σ=H’/H

となる。この比例定数σを遮蔽定数といい、電子が原子核を遮蔽する度合いを示しているため、これを測定することによって分子構造を知ることができる。

 

 ふつうNMRでは、TMS(tetramethylsilane)のメチル基の遮蔽定数を基準として測定を行い、TMSとの差をppmで表す(100MHzの電磁波をかけた時は1ppm=100Hz)。

 

 2、スピン結合定数

 

 ある核種Hと化学的に非等価で接近した核種Hが存在する時、両者は互いに影響しあって複数に分かれたスペクトル(多重線:multiplet⇔1重線:singlet)として観測される(図1)。この複数に分かれた吸収線の間隔をスピン結合定数J(Hz)といい、たがいに相互作用した核種のスピン結合定数は等しい。ある核種Hに対して相互作用する核種Hの数がn個であるとき吸収線の数は(n+1)個になり、強度比は(x+1)の展開式の係数になる。

 

図1 吸収線の分裂(左:1重線 中央:2重線 右:3重線)

 

H NMR解析方法

 

 H NMRから得られる情報は吸収線面積、化学シフト、スピン結合定数の3種類である。

 

1、吸収線面積

 

 吸収線の強度比がプロトンの数に一致しているので、積分曲線にプロトン数を割り当てる。このとき、割り付けた水素の合計数が分子式の水素の数と一致するように気をつける。

 

2、化学シフト、スピン結合定数

 

 これらを、測定試料の種類ごとに分け解説する。

 

a.飽和炭化水素

 

官能基

化学シフト

CH

0.23

0.95〜0.85

1.35〜1.20

1.6〜1.4

TMS

0.000

表1 飽和炭化水素の化学シフト

 

 表1は飽和炭化水素における官能基と化学シフトの関係である。

 

 脂環式化合物では同じ2級炭素に結合したプロトンでもaxialとequatorialの2種類が存在するため、等価ではない。一般にe-プロトンのほうがa-プロトンよりも0.5ppm低磁場側に現れる。

 

b.不飽和炭化水素

 

 不飽和炭化水素の化学シフトは次式より推定できる。

 

δ=5.28 + σtrans + σcis + σgem・・・・・・・式(1)

 

 

官能基

σtrans

σcis

σgem

-NMe2

-1.31

-1.19

0.69

-OMe

-1.28

-1.06

1.28

alkyl

-0.29

-0.26

0.44

-0.30

-0.33

0.77

-Cl

-0.03

0.19

1.00

-Br

0.55

0.40

1.04

-CN

0.58

0.78

0.23

-CHO

1.21

0.97

1.03

-COMe

0.81

1.13

1.10

-COOH

0.75

1.35

1.00

-COOMe

0.56

1.15

0.84

表2 式1における化学シフトの置換基による寄与

 

 また、スピン結合定数はcis体とtrans体によって大きく異なるため、H-NMRによって見わけることができる(表3)。

 

gem-H

0〜3.5Hz

trans-H

11〜14Hz

cis-H

6〜14Hz

表3 オレフィンのスピン結合定数

 

c.芳香族炭化水素

 

 ベンゼンのプロトンの化学シフトはδ7.27に鋭い1本の吸収線として現れる。置換基が導入されると、電子密度が異なってくるため、電子供与性基の場合は高磁場側へ、電子吸引性基の場合は低磁場側へシフトする。この置換基効果はo-、m-、p-の場合によって異なる。

 

置換基

o-

m-

p-

NH2

-0.76

-0.20

-0.62

NMe2

-0.60

-0.10

-0.62

OH

-0.50

-0.16

-0.37

OMe

-0.43

-0.04

-0.37

Me

-0.19

-0.16

-0.19

Cl

0.04

-0.08

-0.15

Br

0.20

-0.14

-0.08

CN

0.34

0.15

0.32

CHO

0.58

0.18

 

COOMe

0.79

0.05

0.18

NO2

0.95

0.20

0.33

表4 ベンゼン環プロトンの化学シフトに対する置換基定数の例

 

d.アルコール、エーテル

 

  脂肪族アルコールの水酸基の吸収線はδ5〜0.5の広い領域に現れる。これは水酸基が水素結合をしていることに由来しており、CCl溶媒で希釈していき、完全に単量体となるとδ0.5に吸収線が現れる。

 

 フェノールはδ8〜4.5の領域に吸収線が現れる。これもアルコールと同様に水素結合によるもので、完全に単量体であれば、δ4.5に吸収線が現れる。また、このフェノール性水酸基が強い分子内水素結合をしている場合には溶媒の影響を受けず、低磁場側に現れる。

 

e.カルボニル化合物

 

 カルボニル基に隣接したプロトンの化学シフトを表5に示す。

 

カルボニル化合物

化学シフト

約9.5

約2.0

約2.2

約2.4

表5 カルボニル基に隣接したプロトンの化学シフト

 

f.カルボン酸

 

 カルボン酸のプロトンの化学シフトはδ10〜15と低磁場側に現れるので、他のプロトンと区別して識別できる。

 

実際の解析

 

  それでは実際に簡単な分子(酢酸、アクリル酸)のNMRスペクトルの解析をしてみる。

 

●酢酸

 

図2 酢酸の1H NMRスペクトル(CDCl3)(SDBSweb:http://riodb.aist.go.jp/sdbs/2001/02/24)

 

 図2は酢酸の1H NMRスペクトルである。酢酸にはメチル基のプロトンとカルボキシル基のプロトンの2種類しかなく、そのうちカルボキシル基の吸収線はδ10〜15に現れるため、解析は非常に簡単である。

 

●アクリル酸

 

図3 アクリル酸の1H NMRスペクトル(CDCl3)(SDBSweb:http://riodb.aist.go.jp/sdbs/2001/02/24)

 

 図3はアクリル酸の1H NMRスペクトルである。アクリル酸にはオレフィンに直結した比等価な水素3つとカルボン酸の水素が存在する。カルボン酸の水素は前項の酢酸でも述べたようにδ10〜15に吸収線が現れる。オレフィンに直結した水素は式(1)より、赤、青、緑の枠中に示した値になり、実測値と比較し図中の位置に吸収線が現れえることがわかる。δ6付近に現れている弱い吸収線はオレフィンに直結した非等価な水素同士のカップリングによるものである。

 

 今回紹介したスペクトルは比較的簡単なものなので、実際にいろいろな分子のスペクトルを解析してみてください。

有機って面白いよね!

(by ボンビコール)

 

参考、関連文献

 

・スペクトル有機化学  高橋浩 著  三共出版株式会社

・ソロモンの有機化学 第4版 下 廣川書店

・機器分析の手引き 1  第2版  化学同人

・機器分析の手引き データ集  第2版  化学同人

 

関連リンク

 

NMR〜超基礎編〜

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