[スポンサーリンク]

O

硫酸エステルの合成 Synthesis of Organosulfate

[スポンサーリンク]

概要

硫酸エステル(organosulfate)は様々な生物活性化合物に存在する官能基である。また加水分解によりアルコールを放出するため、水溶性を高める目的でのプロドラッグとしても活用される。
古典的には硫酸やスルファミン酸などが硫酸化剤として使用されてきた。ただし、脱水条件(Dean-Stark装置や縮合剤など)を必要とし、強酸性であるため副反応を併発させやすいという難点がある。
反応活性種であるSO3は気体であるため取扱いが難しい。この事情から常温で固体であり安定性も高いSO3・ルイス塩基錯体を用いて硫酸化を行なう手法が一般的に用いられる。
それでもなお、往々にしてイオン性生成物が精製困難であったり、脱離が競合したり、穏和な条件で進行しづらいことなどにも課題を残している。

基本文献

<Review>

反応機構

SO3・ルイス塩基錯体は結合ルイス塩基の強さに従って反応性は弱まる。概ね下記の順列に従う。

反応進行に伴いanionic overcrowdingが起き、有機溶媒への溶解性も下がる傾向にあるため、複数のヒドロキシル基をポリ硫酸化することは一般的に困難である。

また、水中でも実施可能な硫酸化反応は未解決課題の一つである。

反応例

SO3等価体を用いる合成

ステロイドの硫酸化[1]

マイクロウェーブ条件を用いる硫酸化[2]:ポリフェノールのポリ硫酸化は特に難しいが、この方法だと収率良く目的物が得られる。

酸触媒を用いる硫酸化[3]:塩基性条件と異なり、低温で進行するのが特徴。SO3に配位しているアミンをプロトン化し、SO3を遊離させることが鍵と考えられている。

保護体を経由する合成

電荷をもたない中間体を経由するため、精製容易であることが最大の利点である。一方でスルホン酸の保護基として実用的なものは希少であるため、報告例は限定的である。アルキル化剤として機能しづらく、穏和な条件で脱保護可能な、下記構造が活用される。

フェニルサルフェート[4]:脱保護過程の収率がばらつくため、実施例は少なめ。

トリフルオロエチルサルフェート[5]:保護に毒性・爆発性のジアゾ化合物を使用する必要があり、脱保護条件もきつめなので、実用性は低めである。

トリクロロエチルサルフェート[6]:本稿で紹介する中ではもっとも実用性が高い。硫酸アリールエステルを合成する目的に適している。

しかし脂肪族アルコールに対して本法を行なうと、しばしばクロロ化が併発してしまう。これを避けるためにメチルイミダゾリウム型試薬が開発されている[7]。

硫酸化チロシン含有ペプチドは生物活性物質探索目的で特によく合成される。しかしながら硫酸基が特に酸性条件で分解されやすいため、合成には格別のケアが必要となる[8]。トリクロロエチルサルフェートはBoc法やレジン切り出しにつかわれる強酸に安定であるため、ペプチド固相合成において硫酸化チロシンを組み込む目的に使われる。しかしながらFmoc法で用いられる有機塩基にトリクロロエトキシスルホニル基は不安定であるため、用いることができない。この応用目的に、塩基への安定性を高めたジクロロビニル型保護基が開発されている[9]。

ネオペンチル/イソブチルサルフェート[10]:求核置換条件にて除去可能。

フルオロサルフェート[11]:SuFEx反応の応用で、Late-Stageでの硫酸基変換が行える。ペプチド固相合成条件にも耐える。

実験手順

SO3・Py試薬の合成[12]

市販品はしばしば結果が安定しないので、自前調製品の使用を推奨する。

滴下漏斗、メカニカルスターラー、温度計を備えた3径フラスコ内に、脱水ピリジン(62 g)の脱水クロロホルム(350 mL)溶液を入れる。氷冷下にクロロスルホン酸(38.5 g)を攪拌子ながらゆっくり加える。滴下速度は反応液の温度が0℃付近に保たれるように調節する。反応終了後、固体をブフナー漏斗でろ過し、氷冷クロロホルムで素早く洗浄する(30-40mL × 4)。溶媒を減圧乾燥して目的物を白色固体として得る(33 g, 収率62%)。生成物は少量のピリジン硫酸塩を含む。

参考文献

  1. Kakiyama, G.; Muto, A.; Shimada, M.; Mano, N.; Goto, J.; Hofmann, A. F.; Iida, T. Steroids 2009, 74, 766. doi:10.1016/j.steroids.2009.04.007
  2. Raghuraman, A.; Riaz, M.; Hindle, M.; Desai, U. R. Tetrahedron Lett. 2007, 48, 6754. doi:10.1016/j.tetlet.2007.07.100
  3. Krylov, V. B.; Ustyuzhanina, N. E.; Grachev, A. A.; Nifantiev, N. E. Tetrahedron Lett. 2008, 49, 5877. doi:10.1016/j.tetlet.2008.07.135
  4. Penney, C. L.; Perlin, A. S. Carbohydr. Res. 1981, 93, 241. doi:10.1016/S0008-6215(00)80853-8
  5. Proud, A. D.; Prodger, J. C.; Flitsch, S. L. Tetrahedron Lett. 1997, 38, 7243. doi:10.1016/S0040-4039(97)01681-X
  6. (a) Liu, Y.; Lien, I.-F. F.; Ruttgaizer, S.; Dove, P.; Taylor, S. D. Org. Lett. 2004, 6, 209. doi:10.1021/ol036157o (b) Gunnarsson, T. G.; Riaz, M.; Adams, J.; Desai, U. R. Bioorg. Med. Chem. 2005, 13, 1783. doi:10.1016/j.bmc.2004.11.060
  7. (a) Ingram, L. J.; Taylor, S. D. Angew. Chem., Int. Ed. 2006, 45, 3503. doi:10.1002/anie.200600153  (b) Ingram, L. J.; Desoky, A.; Ali, A. M.; Taylor, S. J. Org. Chem. 2009, 74, 6479. DOI: 10.1021/jo9014112
  8. (a) Fujii, N.; Futaki, S.; Funakoshi, S.; Akaji, K.; Morimoto, H.; Doi, R.; Inoue, K.; Kogire, M.; Sumi, S.; Yun, M.; Tobe, T.; Aono, M.; Matsuda, M.; Narusawa, H.; Moriga, M.; Yajima, H. Chem. Pharm. Bull. 1988, 36, 3281. doi:10.1248/cpb.36.3281 (b) Futaki, S.; Taike, T.; Yagami, T.; Ogawa, T.; Akita, T.; Kitagawa, K. J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1 1990, 1739. doi:10.1039/P19900001739 (c)  Young, T.; Kiessling, L. L. Angew. Chem. Int. Ed. 2002, 41, 3449. [abstract] (d) Taleski, D.;  Butler, S. J.; Stone, M. J.; Payne, R. J. Chem. Asian J. 2011, 6, 1316. doi:10.1002/asia.201100232
  9. Ali, A. M.; Taylor, S. D. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 44, 2024. doi: 10.1002/anie.200805642
  10. Simpson, L. S.; Widlanski, T. S.  J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 1605. DOI: 10.1021/ja056086j
  11. Chen, W.; Dong, J.; Li, S.; Liu, Y.; Wang, Y.; Yoon, L.; Wu, P.; Sharpless, K. B.; Kelly, J. W. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 1835. doi:10.1002/anie.201509016
  12. Sisler, H. H.; Audrieth, L. F. Inorg. Synth. 1946, 2, 173.

関連反応

外部リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. モヴァッサージ脱酸素化 Movassaghi Deoxigena…
  2. スワーン酸化 Swern Oxidation
  3. ブンテ塩~無臭の含硫黄ビルディングブロック~
  4. 四酸化オスミウム Osmium Tetroxide (OsO4)…
  5. 高井・内本オレフィン合成 Takai-Utimoto Olefi…
  6. トリメチレンメタン付加環化 Trimethylenemethan…
  7. マーデルング インドール合成 Madelung Indole S…
  8. バルツ・シーマン反応 Balz-Schiemann Reacti…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ペリ環状反応―第三の有機反応機構
  2. ビギネリ反応 Biginelli Reaction
  3. 医薬品の合成戦略ー医薬品中間体から原薬まで
  4. サッカーボール型タンパク質ナノ粒子TIP60の設計と構築
  5. グラクソ、パーキンソン病治療薬「レキップ錠」を販売開始
  6. 付設展示会に行こう!ー和光純薬編ー
  7. ありふれた試薬でカルボン酸をエノラート化:カルボン酸の触媒的α-重水素化反応
  8. カーボンナノチューブを有機色素で染めて使う新しい光触媒技術
  9. 二丁拳銃をたずさえ帰ってきた魔弾の射手
  10. 脈動がほとんどない小型精密ポンプ:スムーズフローポンプQシリーズ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年1月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法

第643回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の木之下 拓海(きのした …

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー