概要
硫酸エステル(organosulfate)は様々な生物活性化合物に存在する官能基である。また加水分解によりアルコールを放出するため、水溶性を高める目的でのプロドラッグとしても活用される。
古典的には硫酸やスルファミン酸などが硫酸化剤として使用されてきた。ただし、脱水条件(Dean-Stark装置や縮合剤など)を必要とし、強酸性であるため副反応を併発させやすいという難点がある。
反応活性種であるSO3は気体であるため取扱いが難しい。この事情から常温で固体であり安定性も高いSO3・ルイス塩基錯体を用いて硫酸化を行なう手法が一般的に用いられる。
それでもなお、往々にしてイオン性生成物が精製困難であったり、脱離が競合したり、穏和な条件で進行しづらいことなどにも課題を残している。
基本文献
<Review>
- Al-Horani, R. A.; Desai, U. R. Tetrahedron 2010, 66, 2907. doi:10.1016/j.tet.2010.02.015
- Stone, M. J.; Payne, R. J. Acc. Chem. Res. 2015, 48, 2251. DOI: 10.1021/acs.accounts.5b00255
- Vale, N.; Carvalho, R.; Gomes, V. R. Eur. J. Org. Chem. 2015, 34, 7413. doi:10.1002/ejoc.201500715
反応機構
SO3・ルイス塩基錯体は結合ルイス塩基の強さに従って反応性は弱まる。概ね下記の順列に従う。
反応進行に伴いanionic overcrowdingが起き、有機溶媒への溶解性も下がる傾向にあるため、複数のヒドロキシル基をポリ硫酸化することは一般的に困難である。
また、水中でも実施可能な硫酸化反応は未解決課題の一つである。
反応例
SO3等価体を用いる合成
ステロイドの硫酸化[1]
マイクロウェーブ条件を用いる硫酸化[2]:ポリフェノールのポリ硫酸化は特に難しいが、この方法だと収率良く目的物が得られる。
酸触媒を用いる硫酸化[3]:塩基性条件と異なり、低温で進行するのが特徴。SO3に配位しているアミンをプロトン化し、SO3を遊離させることが鍵と考えられている。
保護体を経由する合成
電荷をもたない中間体を経由するため、精製容易であることが最大の利点である。一方でスルホン酸の保護基として実用的なものは希少であるため、報告例は限定的である。アルキル化剤として機能しづらく、穏和な条件で脱保護可能な、下記構造が活用される。
フェニルサルフェート[4]:脱保護過程の収率がばらつくため、実施例は少なめ。
トリフルオロエチルサルフェート[5]:保護に毒性・爆発性のジアゾ化合物を使用する必要があり、脱保護条件もきつめなので、実用性は低めである。
トリクロロエチルサルフェート[6]:本稿で紹介する中ではもっとも実用性が高い。硫酸アリールエステルを合成する目的に適している。
しかし脂肪族アルコールに対して本法を行なうと、しばしばクロロ化が併発してしまう。これを避けるためにメチルイミダゾリウム型試薬が開発されている[7]。
硫酸化チロシン含有ペプチドは生物活性物質探索目的で特によく合成される。しかしながら硫酸基が特に酸性条件で分解されやすいため、合成には格別のケアが必要となる[8]。トリクロロエチルサルフェートはBoc法やレジン切り出しにつかわれる強酸に安定であるため、ペプチド固相合成において硫酸化チロシンを組み込む目的に使われる。しかしながらFmoc法で用いられる有機塩基にトリクロロエトキシスルホニル基は不安定であるため、用いることができない。この応用目的に、塩基への安定性を高めたジクロロビニル型保護基が開発されている[9]。
ネオペンチル/イソブチルサルフェート[10]:求核置換条件にて除去可能。
フルオロサルフェート[11]:SuFEx反応の応用で、Late-Stageでの硫酸基変換が行える。ペプチド固相合成条件にも耐える。
実験手順
SO3・Py試薬の合成[12]
市販品はしばしば結果が安定しないので、自前調製品の使用を推奨する。
滴下漏斗、メカニカルスターラー、温度計を備えた3径フラスコ内に、脱水ピリジン(62 g)の脱水クロロホルム(350 mL)溶液を入れる。氷冷下にクロロスルホン酸(38.5 g)を攪拌子ながらゆっくり加える。滴下速度は反応液の温度が0℃付近に保たれるように調節する。反応終了後、固体をブフナー漏斗でろ過し、氷冷クロロホルムで素早く洗浄する(30-40mL × 4)。溶媒を減圧乾燥して目的物を白色固体として得る(33 g, 収率62%)。生成物は少量のピリジン硫酸塩を含む。
参考文献
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