N-スルホニル-1,2,3-トリアゾールは Rh 触媒の作用を受け、求核的なイミノ基を有するカルベノイドを与える。このイミノカルベノイドは反応系中の基質に渡環や 1,3-挿入しうる。
基本文献
Review
- Davies, H. M. L.; Alford, J. S. Chem. Soc. Rev. 2014, 43, 5151. DOI:10.1039/C4CS00072B
- Chattopadhyay, B.; Gevorgyan, V. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 862. DOI:10.1002/anie.201104807
背景: トリアゾールがカルベノイド前駆体になりうる
1,2,3-トリアゾールは、アジドとアルキンから合成できる芳香族化合物である[3]。この合成は、簡便に強固な結合をつくるクリックケミストリーの代名詞として知られている。
芳香族化合物は本来安定だが、N-原子上に電子求引基を有するトリアゾールは、開環-閉環の平衡反応により開環体であるジアゾイミンをごくわずかに与える[4]。そのごくわずかに生じたジアゾイミンは、一般的なジアゾ化合物と同様に、金属触媒の作用を受けてカルベノイドを与える。すなわち、炭素原子がその孤立電子対を金属に σ 供与し、続いて金属からの π 逆供与を受けて窒素を脱離させることで錯形成する[5]。こうしてトリアゾールから発生したカルベノイドは、イミノ基を持つためイミノカルベノイドと呼ばれる。
反応機構: カルベノイドが捕まえて, イミノ窒素が突き刺す
イミノカルベノイドは、強力な求電子剤として作用するカルベン部位に加えて、求核的な窒素原子も有する。その窒素原子が反応に関与することで反応系中の化合物に渡環[6]や 1,3-挿入しうる。すなわち、まずカルベノイド部位が電子豊富部位を捕捉する。つづいて C—M σ 結合電子の押し出しを受けて、窒素原子が捕捉した基質の求電子部位を攻撃する。この一連の反応機構は「捕まえて、突き刺す」と詠める。
基質の X—Y 間が多重結合であれば渡環により含窒素ヘテロ環化合物が得られ、X—Y 間が単結合であれば 1,3-挿入により鎖状アミンが得られる。
反応例
渡環反応
含窒素ヘテロ環化合物の合成に関する数多くの報告がある[2]。具体的には末端アルキン[7]、電子豊富オレフィン[8, 9]、アルデヒド[10]、ニトリル[11]からピロール、ジヒドロピロール、オキサゾリン、イミダゾールをそれぞれ得られる。
1,3-挿入反応
単純な例としては、アルコール、カルボン酸、第 1 級アミドの X—H 結合への挿入[12]やアリルまたはベンジル化合物の C—H 挿入[13]がある。ただし、1,3-挿入生成物が続いて互変異性化や転位反応を起こす例が多い。例えば水との反応では 1,3-挿入により生じたエナミンの互変異性によりアミノケトンを与える (スキーム左端, R3=H)[14]。また、カルボン酸との反応において R3 が立体的に小さい場合には分子内付加脱離反応によりアシル基が N 上に転位する (スキーム左から二列目, 反応機構は下を参照)[12]。
変法: アジドとアルキンからのワンポット反応
アジドとアルキンの合成に続いて触媒と別の反応基質を加えることで、トリアゾールを単離することなくイミノカルベノイドを利用する変法もある。例えばこの手法により、アミノケトンをワンポットで合成できる[14]。
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利用可能な原料
アジドにはトシルアジドやメシルアジドなどが用いられる。そのようなスルホニルアジドが用いられる理由は、カルベノイド前駆体であるジアゾイミンがトリアゾールが発生するには、N 原子上に強い電子求引基を持つ必要があるためである。
アルキンには、モノビニルアセチレンまたはモノアリールアセチレンが用いられる。ビニル基やアリール基が用いられる理由は、それらの π 電子系がカルベノイド中心を共役安定化するためである。
触媒
触媒には正方柱型構造の Rh 二核錯体が用いられる。なかでも嵩高い配位子を持つ触媒の方が活性が高いことが知られている[15]。そのため、金属カルベノイドを発生させる際に最も一般的に用いられる Rh2(OAc)4 よりも嵩高い配位子をもつ Rh2(oct)4 や Rh2(piv)4 がよく利用される。さらに嵩高い配位子として、Rh2(S-DOSP)4 や Rh2(S-NTTL)4 も使われる。それらの配位子はキラルであるため、その不斉な環境をカルベノイド中心に転写し、反応の立体選択性を制御しうる[8, 13]。
実験のコツ·テクニック
トリアゾールの原料であるアジドは爆発性を持つため、扱いに注意する必要がある。
トリアゾールは結晶性が高いため冷暗所で安定に保存できるが、空気中でごくわずかに加水分解しうる。そのためグローブボックスで扱うのが望ましい。またトリアゾールを合成してから時間が経つと、その加水分解物がイミノカルベノイドの発生反応を阻害すると考えられている。使用する前に再結晶すると良い。
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- 金属カルベノイドの C—H 挿入反応 C—H Insertion of Metal Carbenoid
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参考文献·脚注
- イミノカルベノイドに関する包括的なレビュー: Davies, H. M. L.; Alford, J. S. Chem. Soc. Rev. 2014, 43, 5151. DOI:10.1039/C4CS00072B
- ヘテロ環合成に焦点を置いたレビュー: Chattopadhyay, B.; Gevorgyan, V. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 862. DOI:10.1002/anie.201104807
- N-スルホニル-1,2,3-トリアゾールの合成: Raushel, J.; Fokin, V. V. Org. Lett. 2010, 12, 4952. DOI: 10.1021/ol102087r
- トリアゾールの開環-閉環の平衡について: [a] Harmon, R. E.; Stanley, F. Jr.; Gupta, S. K.; Johnson, J. J. Org. Chem. 1970, 35, 3444. DOI: 10.1021/jo00835a057 [b] L’abbé, G. Bull. Soc. Chim. Belg. 1990, 99, 281–290. DOI: 10.1002/bscb.19900990410
- ジアゾ化合物からカルベノイドが発生する機構と Rh 二核錯体の役割についての計算化学からの調査 (論文そのものは C—H 挿入に焦点が置かれている).: Nakamura, E.; Yoshikai, N.; Yamanaka, M. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 7181.DOI: 10.1021/ja017823o
- 渡環は Transannulation の訳である. イミノカルベノイドによる渡環反応を付加環化 (Cyclocaddition) と表現する文献も存在する. しかし付加環化という用語は, 1,3-双極子付加環化や Diels-Alder 反応のようなペリ環状反応を指すことが多いだろう. ペリ環状反応は協奏的に環を形成するのに対して, イミノカルベノイドによるヘテロ環合成の機構はイオン的であると考えられている. そこで, それらの反応を区別するため, 本記事ではイミノカルベノイドによる環形成を, あえて「渡環反応」という用語で表現した.
- 末端アルキンとトリアゾールを用いたピロール形成: Chattopadhyay, B.; Gevorgyan, V. Org. Lett. 2011,13, 3746. DOI: 10.1021/ol2014347
- オレフィンとトリアゾールにを用いた光学選択的ジヒドロピロール合成: Kwok, S. W.; Zhang, L.; Grimster, N. P.; Fokin, V. V. Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 3452. DOI: 10.1002/anie.201306706
- オレフィンからジヒドロピロールを与える反応は、記事中の反応機構と類似しているが異なる機構で進行することが報告されている. 具体的には, はじめに一度シクロプロパンを経由し, その開環後にイミノ窒素による分子内環化が進行する. 詳細は[8] の文献を参照.
- アルデヒドとトリアゾールを用いたオキサゾリン合成: Zibinsky, M.; Fokin, V. V. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 1507. DOI: 10.1002/anie.201206388
- ニトリルとトリアゾールを用いたイミダゾール合成: Horneff, T.; Chuprakov, S.; Chernyak, N.; Gevorgyan, V.; Fokin, V. V. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 14972. DOI; 10.1021/ja805079v
- 種々の極性 X—H 結合への 1,3-挿入: Chuprakov, S.; Worrell, B. T.; Selander, N.; Sit, R. K.; Fokin, V. V. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 195. DOI: 10.1021/ja408185c
- アリル位およびベンジル位への光学選択的 C—H 挿入: Kubiak, R. W. II; Mighion, J. D.; Wilkerson-Hill, S. M.; Alford, J. S.; Yoshidomi, T.; Davies, H. M. L. Org. Lett. 2016, 18, 3118. DOI: 10.1021/acs.orglett.6b01298
- 水とトリアゾールによるアミノケトン形成: Miura, T.; Biyajima, T.; Fujii, T.; Murakami, M. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 194. DOI: 10.1021/ja308285r
- 嵩高い配位子を持つ触媒は, 一般的にカルベノイドを安定化させることが知られている. その理由は, 嵩高い配位子は高い分極能を持つため, カルベン炭素の σ 供与により生じた金属上の部分的な負電荷を分散して安定化すると考えられている. Rh 触媒上の配位子の種々の置換基定数によりカルベノイドの性質が変わる例については次の文献を見よ: Pirrung, M. C.; Morehead, A. T. Jr. J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 8991. DOI: 10.1021/ja00099a017