ポリアザインドリジンやピリミジンは、求核触媒の作用を受け 6 員環内の窒素原子と 6 員環に結合した原子 X の位置が入れ替わるように異性化しうる。
基本文献
Review
- Fujii, T.; Itaya, T. Heterocycles 1998, 48, 359–390. DOI: 10.3987/REV-97-494
- El Ashry, E. S. H.; El Kilany, Y.; Rashed, N.; Assafir, H. Advances in Heterocyclic Chemistry 1999, 75, 79–165. DOI: 10.1016/S0065-2725(08)60984-8
Dimroth 転位の概要と分類
ヘテロ環化合物内の環内のヘテロ原子とその環に結合したヘテロ原子の位置が入れ替わる異性化反応を総じて Dimroth 転位と呼ぶ。Dimroth 転位は、反応基質、反応形式および反応機構の観点からいくつかのタイプに分類できる[1]。まず反応基質の観点から Type I と Type II に分類できる。Type I は、反応形式の観点からさらに 3 種のタイプに分類できる。Type II は、2 種に分類できる[2]。
Dimroth 転位の分類と概要. 切断される結合と再結合の位置に着目せよ. (注意: ピリドンのように, 構造式からは芳香族系があらわに示されないヘテロ環も, Ar と示してある[3]. また, 簡潔さを重視して, 多重結合やプロトンの位置は厳密に示されていない.)
なお、厳密に言えば Type II の反応は、反応基質がヘテロ縮環化合物であっても起こりうる。縮環部が反応に関与しなければ Type II とみなせるからである。そのような例として、アデニン中のピリミジン部位における異性化があげられる[5]。
アデニンはヘテロ縮環化合物であるが, この反応では 5 員環部位が関与していないため Type II に分類される.
反応機構上は、外部の求核剤の攻撃をきっかけとするもの (いわゆる ANRORC 型の反応機構[4]) と、平衡状態でわずかに存在する共役 1,3-双極子開環体を経由するものにわけられる。前者は Type I-a および Type II-a が含まれ、後者は Type I-b, Type I-c および Type II-b が含まれる。 これらの機構の違いは、ANRORC 型 Dimroth 転位では開始段階に外部の求核触媒を必要とするのに対して、共役 1,3-双極子開環体経由の Dimroth 転位は単分子的に進行しうることである。
本記事では ANRORC 型機構で進行する Dimroth 転位について述べる。
反応機構
ANRORC は Addition of the Nucleophile, Ring Opening, and Ring Closure を指し、反応機構の要点を手短にまとめると「叩いて開いて回って閉じる」である。具体的には、(1) 求核触媒の付加、 (2) 開環、(3) 単結合周りの自由回転 、(4) 閉環、そして (5) 求核触媒の脱離の 5 つの段階からなる。
基質
Type I-a の Dimroth 転位は縮環部位に窒素原子を持つヘテロ縮環化合物 (すなわちインドリジン類) で起こりうる。Type II-a の Dimroth 転位は、環化に関与できる置換基を持つピリジン類やピリミジン類で進行しうる。特に N-アルキル-2-イミノピリミジン (X: =NH) は Type II-a の Dimroth 転位を受け 2-(アルキルアミノ)ピリミジンへ異性化しやすい (上の反応機構で示した例を参照)。
反応に影響する因子
Dimroth 転位は可逆反応であることが多い。反応が進む方向の鍵を握る因子として、開始段階の求核付加の受けやすさ、閉環の際の求核性、立体効果などが挙げられる。
(1) 求核付加の受けやすさ
環内に N 原子が多いほど、環の求電子性が向上し開始段階の求核付加が促進される。Type I-a の場合 、インドリジンの 5 位への求核攻撃が開始段階であり、次の構造式においてピンクで示した位置に N 原子が存在すると、5 位の π 電子密度が効果的に減少する。したがって、1,2,4-テトラゾロ [4,3-a] ピリミジン (言い換えると 1,2,8-トリアザインドリジン)は1,2,4-テトラゾロ [1,5-a] ピリミジン (言い換えると 1,3,8-トリアザインドリジン) へ異性化する。この理由は、生成物である 1,3,8-トリアザインドリジンが出発物質と比べて付加反応を受けにくいために、逆反応が起こりにくいためと考えられる。
Type II-a の場合、ピリジンの 6 位への求核攻撃が開始段階であり、ピリジンの 3 位に N 原子を導入することで Dimroth 転位が促進される。これは「基質」の欄で述べた、「ピリミジン類が Type II の Dimroth 転位を受けやすいこと」を言い換えただけである。
電子求引基の存在は、同様に開始段階の求核触媒の付加を促進するため Dimroth 転位を促進する。たとえば次の 1,2-ジヒドロ-2-イミノ-1-メチルピリジン誘導体は、5 位の置換基 R がニトロ基であれば塩基性条件下で Dimroth 転位を受ける。対照的に R が水素の場合、イミノ基での加水分解が進行してしまう。
(2) 閉環における求核性
X 原子の求核性が高い場合、閉環の段階を有利にする。例えば 次のピラゾロ [1,5-a]ピリミジン (あるいは 3,8-ジアザインドリジン) はピラゾロ [3,4-b]ピリジンへ異性化する。これは、ピラゾレートにおいて窒素原子よりも C4 原子 のほうが求核性が高いからである。なお、この反応は X 原子がヘテロ原子ではなく C 原子であるような、珍しい例である。
(3) 立体効果
同一のヘテロ環骨格への異性化においては、置換基の立体効果が基質-生成物間の平衡位置の鍵を握る場合もある。例えば、次の 3-メチル-1,8-ジアザインドリジンは、Dimroth 転位を受けて 2-メチル-1,8-ジアザインドリジンへ異性化する。これはペリ位 (3 位と 5 位) の立体反発を避けるためと考えられている。
反応例
Dimroth 転位は、単純な縮合反応で容易に入手できるヘテロ縮環化合物から異なる構造へ変換する際に有用である。例えば、上の三環式ヘテロ環 2 は、4-ヒドラジノチエノ[2,3-d]ピリミジン 1 とオルトエステルとの縮合により調製できる。その 2 の1,2,4-テトラゾロ [4,3-a] ピリミジン部位は Type I-a の Dimroth 転位を起こしやすい。したがって、酸 (p-トルエンスルホン酸あるいはギ酸など)や 塩基 (NaOEt など) を作用させることで、2 は 3 へ変換することができる。
注意が必要なのは、予期せずこの反応が進行する恐れがあることである。 たとえば、前の 2 の合成を目的にして 1 とギ酸の縮合を行ってはいけない。この場合、ギ酸は酸触媒としても作用し、系中で生成した 2 は Dimroth 転位を受けて反応条件下で 3 へ異性化する。
参考文献
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- 本記事の反応例および解説は, このレビューに基づいている: El Ashry, E. S. H.; El Kilany, Y.; Rashed, N.; Assafir, H Advances in Heterocyclic Chemistry 1999, 75, 79–165. DOI: 10.1016/S0065-2725(08)60984-8
- 今回調査した文献中では、Type II を反応機構別に分類している文献は見当たらなかった. 本記事では解説する都合上, 反応機構にしたがって区別し, 勝手ながら Type II-a および Type II-b と命名した.
- ピリドンが芳香族化合物であることは, 下のように共鳴構造式で書くと確かめられる. ピリドンが 2-ヒドロキシピリジンのケト型の互変異性体であることにも注意すると、ピリドンとピリジンの関係を理解できる: Clayden, J.; Greeves, N.; Warren, S.; Wothers, P. 第44章 芳香族ヘテロ環化合物 I: 合成「ウォーレン有機化学 (下)」, 野依良治, 奥山格, 柴﨑正勝, 檜山爲次郎訳, 東京化学同人, 2003, pp 1187–1224.
- Henk, C. Van der Plas Acc. Chem. Res. 1978, 11, 462–468. DOI: 10.1021/ar50132a005
- アデニンの Dimroth 転位に関するレビュー: Fujii, T.; Itaya, T. Heterocycles 1998, 48, 359–390. DOI: 10.3987/REV-97-494
関連反応
- 有機反応を俯瞰する —付加脱離
- 有機反応を俯瞰する —ヘテロ環合成: C—X 結合で切る
- 芳香族求核置換反応 Nucleophilic Aromatic Substitution
- チチバビン反応 Chichibabin Reaction
- ジムロート転位 (共役 1,3-双極子開環体経由) Dimroth Rearrangement via A Conjugated 1,3-Dipole