[スポンサーリンク]

D

ジムロート転位 (共役 1,3-双極子開環体経由) Dimroth Rearrangement via A Conjugated 1,3-Dipole

[スポンサーリンク]

1,2,3-トリアゾールやチアジアゾールは、共役 1,3-双極子を与える開環-閉環の平衡反応を通じて異性化しうる。

基本文献

Review

Dimroth 転位の概要と分類

ヘテロ環化合物中の環内のヘテロ原子その環に結合したヘテロ原子の位置が入れ替わる異性化反応を総じて Dimroth 転位と呼ぶ。Dimroth 転位は、反応基質、反応形式および反応機構の観点から、次の図のようにいくつかのタイプに分類することができる[1,2](こちらの記事も参照: Dimroth 転位 (ANRORC 型)

Dimroth 転位の分類と概要. 切断される結合と再結合の位置に着目せよ. なお, わかりやすさを重視して, 多重結合やプロトンの位置は厳密には示されていない.

本記事では、共役 1,3-双極子開環体を経由するタイプの Dimroth 転位について述べる。

反応機構

要点を手短にまとめると、「押し出して開いて回って閉じる」である。具体的には (1) イミン様窒素の孤立電子対の押し出しによる開環、(2) 単結合周りの自由回転、そして (3) 閉環の 3 つの段階からなる。なお Type I-b では、単結合周りの自由回転がなくても異性化できる。

上の反応機構において、π 電子系に共役する孤立電子対は黒、それに直交する sp2 平面上の孤立電子対はピンク色で示してある。また、薄ピンク色の巻矢印は sp2 平面上の電子の動きを示す (この色分けの意図は次の段落を参照)。なお Type I-c の反応機構については、Type II-a と同様に記述できるため省略した。

開環や閉環の際には、π 共役系に直交する孤立電子対が反応に関与する。閉環の際の分子軌道の様子の模式図を以下に示す[3]。開環体である共役 1,3-双極子の各原子は、sp2 平面を形成している。このとき 1,3-双極子の 1 つの π 結合とイミン窒素の孤立電子対はその sp2 平面上に存在すると考えられる。したがって、その π* 軌道に孤立電子対が流れ込むことで σ 結合が形成され、π 結合性軌道上の π 電子が窒素上に局在化するものと解釈できる。開環の場合は、N3 原子の sp2 軌道中の孤立電子対が、N1—N2 間の σ* 軌道に流れ込むことで σ 結合が切断されるものと考えられる。

基質

この反応はヘテロ原子を 3 つ以上含むアゾール類でよく見られる。その理由は、それらのアゾール類は共役ジアゾ化合物の閉環体であるとみなすことができ、その開環-閉環の平衡反応が存在しうるからである。その平衡は、通常は安定な芳香族構造を有する閉環体に片寄っている。しかし、電子求引基の存在は 1,3-双極子を安定化し、開環を促進する。例えば以下のアゾール類とジアゾ化合物において、X = S であればほとんど閉環体 1 として存在するのに対して、X = O に対応する閉環体 3 は知られておらず、ほとんどが開環体 3′ (α-ジアゾケトン )として存在する。S 原子と O 原子の中間の電気陰性度を持つ N 原子 (X = NR) の場合、通常閉環体 2 として存在するが、N 原子上の置換基 R が強い電子求引基である場合には開環が促進される。

これらの開環体において、反応に関与できる位置に置換基が存在すると、閉環の際に異なるアゾール類へ異性化できる。具体的には 5-アミノ-1,2,3-トリアゾールや縮環トリアゾールなどが Dimroth 転位を起こすことがよく知られている。

反応に影響する因子

多くの Dimroth 転位は可逆反応である。芳香族性や溶媒などが、その平衡位置を決定づける。

(1) 電子的効果

電子不足なアゾール類は開環が促進されるため、電子豊富なヘテロ環へ異性化しやすい。例えば次の 1,2,3-トリアゾロ[4,5-c]ピリジンチオンは、Dimroth 転位を受けてアミノ-1,2,3-チアジアゾロ[4,5,-b]ピリジンへ異性化する。これは、チオカルボニル基 (あるいはその互変異性体であるスルファニル基) よりも、アミノ基の方がピリジンへ電子を供与するためと考えられる。ただし、塩基を作用させると逆反応を受け、トリアゾール体を与える (その理由については、次の溶媒効果を参照せよ)。

(2) 溶媒効果

ピリジンのような塩基性溶媒は、より酸性度の高い異性体への Dimroth 転位を促進する。例えば、次の N-アリール1,2,3-トリアゾールから NH-1,2,3-トリアゾールへの平衡はピリジン中において有利になる。これはアミノ基のプロトンよりもトリアゾールのプロトン方が酸性度が高いためである。

反応例

Dimroth 転位と Smiles 転位を組み合わせることで、2 当量の 5-ハロ-1,2,3-チアジアゾールとo-フェニレンジアミンの三成分縮合により四環式 1,3,6-チアジアゼピン 4 が 単一工程で合成された[4]。この合成には次の 6 つの反応が含まれる。すなわち、 (1) 5-ハロ-1,2,3-チアジアゾールへの SNAr 、(2) チアジアゾールからトリアゾールへの Dimroth 転位 (3) チオール部位による 5-ハロ-1,2,3-チアジアゾールへの SNAr、(4) Smiles 転位  (分子内 SNAr), (5) チアジアゾールからトリアゾールへのDimroth  転位、(6) SH 基による SNAr を用いた分子内環化である。

参考文献

  1. 本記事の反応例は, 特に文献を明記していない限りこのレビューに基づいている: El Ashry, E. S. H.; El Kilany, Y.; Rashed, N.; Assafir, H Advances in Heterocyclic Chemistry 1999, 75, 79–165. DOI: 10.1016/S0065-2725(08)60984-8
  2. 今回調査した文献中では、Type II を反応機構別に分類している文献は見当たらなかった.  本記事では解説する都合上, 反応機構にしたがって区別し, 勝手ながら Type II-a および Type II-b と命名した.
  3. 1,2,3-トリアゾールおよび 1,2,3-チアジアゾールの Dimroth 転位に関するレビュー: L’abbé, G. Bull. Soc. Chim. Belg. 199099, 281–290. DOI: 10.1002/bscb.19900990410
  4. Volkova, N. N.; Tarasov, E. V.; Meervelt, L. V.; Toppet, S.; Dehaen, W.; Bakulev, V. A. J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1 2002, 1574–1580. DOI: 10.1039/b203072a

関連反応

関連書籍

[amazonjs asin=”0124297854″ locale=”JP” title=”Strategic Applications of Named Reactions in Organic Synthesis”] [amazonjs asin=”4061543334″ locale=”JP” title=”新編ヘテロ環化合物 展開編 (KS化学専門書)”] [amazonjs asin=”4807908790″ locale=”JP” title=”ヘテロ環の化学: 基礎と応用”]
Avatar photo

やぶ

投稿者の記事一覧

PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. パターノ・ビューチ反応 Paterno-Buchi Reacti…
  2. ザンドマイヤー反応 Sandmeyer Reaction
  3. ケテンの[2+2]環化付加反応 [2+2] Cycloaddit…
  4. ゲヴァルト チオフェン合成 Gewald Thiophene S…
  5. ヘンリー反応 (ニトロアルドール反応) Henry Reacti…
  6. 金属水素化物による還元 Reduction with Metal…
  7. ゼムラー・ウォルフ反応 Semmeler-Wolff React…
  8. レイングルーバー・バッチョ インドール合成 Leimgruber…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 消せるボールペンのひみつ ~30年の苦闘~
  2. 中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①
  3. 有機合成化学協会誌2019年4月号:農薬・導電性電荷移動錯体・高原子価コバルト触媒・ヒドロシアノ化反応・含エキソメチレン高分子
  4. バートン・マクコンビー脱酸素化 Barton-McCombie Deoxygenation
  5. ニトリルオキシドの1,3-双極子付加環化 1,3-Dipolar Cycloaddition of Nitrile Oxide
  6. シランカップリング剤入門【終了】
  7. (古典的)アルドール反応 (Classical) Aldol Reaction
  8. 夏休みの自由研究に最適!~家庭でできる化学実験7選~
  9. マイクロ空間内に均一な原子層を形成させる新技術
  10. ミヤコシンA (miyakosyne A)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年4月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mitoTPD」の開発

第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2…

永木愛一郎 Aiichiro Nagaki

永木愛一郎(1973年1月23日-)は、日本の化学者である。現在北海道大学大学院理学研究院化学部…

11/16(土)Zoom開催 【10:30~博士課程×女性のキャリア】 【14:00~富士フイルム・レゾナック 女子学生のためのセミナー】

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。11/16…

KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~

 開講期間 令和6年12月10日(火)、11日(水)詳細・お申し込みはこちら2 コースの…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP