[スポンサーリンク]

C

システイン選択的タンパク質修飾反応 Cys-Selective Protein Modification

[スポンサーリンク]

システイン(Cysteine, Cys)は自然界における存在比率が低く、側鎖(SH基)のpKaが低く(pKa ~ 8.2)求核性が高いため、生体共役反応の標的として有用である。リジン選択的手法と並んで活用される機会が多い。反応性の高さを利用し、活性ベースプロテオミクス用途にも活用されている。

多くの事例ではマレイミドへのマイケル付加形式が用いられるが、結合の不安定性がしばしば問題となる。このため、数々の改良手法が開発されている

本質的課題としては、大抵のCysはタンパク質構造保持などの観点からシスチン(ジスルフィド架橋型Cysダイマー)として存在しており、変換のためにはS-S結合を切断する還元的前処理が必要となる。このため、タンパク質の高次構造を保存したままの修飾が難しい。この事情から遺伝子操作によってunpaired Cysを別途導入して修飾を行なうなどの工夫が成されることが多い。

架橋型修飾法、デヒドロアラニン経由法、ネイティブケミカルライゲーション、N末端Cys修飾は別項を参照されたい。

基本文献

<Review>
<Chemist’s Guide>

反応例

アルキル化反応[1]:他の求核性アミノ酸残基(Lys, His)との交差反応性や、試薬の加水分解が懸念事項である。α-ヨード(ブロモ)アセトアミド試薬が良く用いられる。以下はタンパク質にGrubbs触媒を結合させてメタセシス触媒を創製した例である[2]。

パーフルオロアリール化[3]:芳香族求核置換反応を経由する。生じた結合は安定性に優れる。π-クランプ(FCPF)と呼ばれる配列を組み込むことで、配列選択的な反応を行なうことも可能[3b]。試薬の水溶性が低いのが難点。

マレイミドへのマイケル付加[4]:反応は十分高速であり、副生成物を生じず、大スケールでの実施も可能。レトロマイケル反応によって可逆チオール交換が起きることと、スクシンイミドの開環による挙動の違い(C-S結合は安定になる)が生じうることが懸念点。

一方で歴史が古いこともあって活用知見が多く、多く実用されている。下記は市販ADCの一つであるアドセトリスの構造。抗体鎖間のCysを介して、低分子薬物モノメチルオーリスタチンE(MMAE)をカテプシン切断リンカー(Val-Cit)によって接続している。

他のマイケルアクセプター型試薬としては、アルキニルケトン[5]、アルキニルニトリル[6]、アレナミド[7]などとの反応が報告されている。

交差ジスルフィド形成[8]: S-S結合が内在性チオールと交換したりredox-sensitiveであることが懸念点であるが、適切なドラッグデリバリーシステム応用にはこの特性が利することもある。

チオール-エン/イン反応: 有機溶媒が必要ないこと、酸素や水に耐性があることなどは利点だが、UV照射によってタンパク質が毀損されてしまうことが多くの場合問題である。反応機構に関してはリンク先の別項を参照。

有機金属種を用いる手法:毒性などが懸念されるため、in vivo応用には積極的に検討されてこなかったものの、物質製造方法論としては魅力がある。ロジウムカルベノイドを用いる手法[9]、パラジウム錯体によるS-アリール化[10]、金触媒によるうアレンへの付加[11]などが報告されている。下記はS-アリール化を用いたADCの創製例[10]。

実験手順

実験のコツ・テクニック

  • S-S結合の還元的切断には、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)塩酸塩が用いられる。広範なpHで使用可能な点が特徴である(1.5 < pH < 8.5)。ジチオスレイトール(DTT)もより強力な還元剤として頻用されるが、中性条件近傍(pH>7)でしか機能しない点、架橋試薬に対する反応性を持つ点などが欠点である。
  • マレイミド基への付加については、pH>7.5ではアミノ基とも反応してしまい、またチオール付加物が加水分解して開環して混合物を生じてしまう。pH6-7.5程度で行うとチオールへの反応性はアミノ基の1000倍ほど高いので、このpH範囲で行うのが良い。クエンチ時にグルタチオンなどを加えると過剰反応も抑制できる。
  • ヨードアセトアミド基への置換反応については、pH<8で行うとほぼチオール選択的に反応が進行する。

参考文献

  1. Recent Review: Calce, E.; De Luca, S. Chem. Eur. J. 2017, 23, 224. DOI: 10.1002/chem.201602694
  2. Mayer, C.; Gillingham, D. G.; Ward, T. R.; Hilvert, D. Chem. Commun. 2011, 47, 12068. doi:10.1039/C1CC15005G
  3. (a) Spokoyny, A. M.; Zou, Y.; Ling, J. J.; Yu, H.; Lin, Y.; Pentelute, B. L. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 5946. DOI: 10.1021/ja400119t (b) Zhang, C.; Welborn, M.; Zhu, T.; Yang, N. J.; Santos, M. S.; Voorhis, T. V.; Pentelute, B. L. Nat. Chem. 2016, 8, 120. doi:10.1038/nchem.2413
  4. (a) Moore, J. E.; Ward, W. H. J. Am. Chem. Soc. 1956, 78, 2414. DOI: 10.1021/ja01592a020 (b) Review: Ravasco, J. M. J. M.; Faustino, H.; Trindade, A.; Gois, P. M. P. Chem. Eur. J. 2019, 25, 43.  DOI:10.1002/chem.201803174
  5. Shiu, H.-Y.; Chan, T.-C.;  Ho, C.-M.; Liu, Y.; Wong, M.-K.; Che, C.-M. Chem. Eur. J. 2009, 15, 3839. DOI: 10.1002/chem.200800669
  6. Koniev, O.; Leriche, G.; Nothisen, M.; Remy, J.-S.; Strub, J.-M.; Schaeffer-Reiss, C.; Dorsselaer, A. V.; Baati, R.; Wagner, A. Bioconjugate Chem. 2014, 25, 202. DOI: 10.1021/bc400469d
  7. Abbas, A.; Xing, B.; Loh, T.-P. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 7491. DOI: 10.1002/ange.201403121
  8. (a) Ellman, G. L. Arch. Biochem. Biophys. 1959, 82, 70. doi:10.1016/0003-9861(59)90090-6 (b) Chatterjee, C.; McGinty, R. K.; Fierz, B.; Muir, T. W. Nat. Chem. Biol. 2010, 6, 267. doi:10.1038/nchembio.315
  9. Kundu, R.; Ball, Z. T. Chem. Commun. 2013, 49, 4166. doi:10.1039/C2CC37323H
  10. (a) Vinogradova, E. V.; Zhang, C.; Spokoyny, A. M.; Pentelute, B. L.; Buchwald, S. L. Nature 2015, 526, 687. doi:10.1038/nature15739 (b) Rojas, A. J.; Pentelute, B. L.; Buchwald, S. L. Org. Lett. 2017, 19, 4263. DOI: 10.1021/acs.orglett.7b01911
  11. Chan, A. O.-Y.; Tsai, J. L.-L.; Lo, V. K.-Y.; Li, G.-L.; Wong, M.-K.; Che, C.-M. Chem. Commun. 2013, 49, 1428. doi:10.1039/C2CC38214H

関連書籍

[amazonjs asin=”0123822394″ locale=”JP” title=”Bioconjugate Techniques, Third Edition”][amazonjs asin=”1493960962″ locale=”JP” title=”Bioconjugation Protocols: Strategies and Methods (Methods in Molecular Biology)”]

外部リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ベティ反応 Betti Reaction
  2. コープ転位 Cope Rearrangement
  3. バルツ・シーマン反応 Balz-Schiemann Reacti…
  4. セイファース・ギルバート アルキン合成 Seyferth-Gil…
  5. ベンザイン Benzyne
  6. ディークマン縮合 Dieckmann Condensation
  7. ブーボー/ボドロー・チチバビン アルデヒド合成 Bouveaul…
  8. ウルマンカップリング Ullmann Coupling

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【3/10開催】 高活性酸化触媒の可能性 第1回Wako有機合成セミナー 富士フイルム和光純薬
  2. トリフルオロ酢酸パラジウム(II) : Trifluoroacetic Acid Palladium(II) Salt
  3. エーザイ、抗体医薬の米社を390億円で買収完了
  4. DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異な相互作用による検出原理を発見
  5. 福山アミン合成 Fukuyama Amine Synthesis
  6. 化学エンターテイメント小説第3弾!『ラブ・リプレイ』
  7. ケムステVシンポまとめ
  8. 日本プロセス化学会2018ウインターシンポジウム
  9. ヘルベルト・ワルトマン Herbert Waldmann
  10. シャレット不斉シクロプロパン化 Charette Asymmetric Cyclopropanation

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年11月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP