システイン(Cysteine, Cys)は自然界における存在比率が低く、側鎖(SH基)のpKaが低く(pKa ~ 8.2)求核性が高いため、生体共役反応の標的として有用である。リジン選択的手法と並んで活用される機会が多い。反応性の高さを利用し、活性ベースプロテオミクス用途にも活用されている。
多くの事例ではマレイミドへのマイケル付加形式が用いられるが、結合の不安定性がしばしば問題となる。このため、数々の改良手法が開発されている
本質的課題としては、大抵のCysはタンパク質構造保持などの観点からシスチン(ジスルフィド架橋型Cysダイマー)として存在しており、変換のためにはS-S結合を切断する還元的前処理が必要となる。このため、タンパク質の高次構造を保存したままの修飾が難しい。この事情から遺伝子操作によってunpaired Cysを別途導入して修飾を行なうなどの工夫が成されることが多い。
架橋型修飾法、デヒドロアラニン経由法、ネイティブケミカルライゲーション、N末端Cys修飾は別項を参照されたい。
基本文献
<Review>
- Chalker, J. M.; Bernardes, G. J. L.; Lin, Y. A.; Davis, B. G. Chem. Asian J. 2009, 4, 630. DOI: 10.1002/asia.200800427
- Gunno, S. B.; Madder, A. ChemBioChem 2016, 17, 529. DOI: 10.1002/cbic.201500667
- Calce, E.; De Luca, S. Chem. Eur. J. 2017, 23, 224. DOI: 10.1002/chem.201602694
<Chemist’s Guide>
- Stephanopoulos, N.; Francis, M. B. Nat. Chem. Biol. 2011, 7, 876. doi:10.1038/nchembio.720de
- Gruyter, J. N.; Malihns, L. R.; Baran, P. S. Biochemistry 2017, 56, 3863. DOI: 10.1021/acs.biochem.7b00536
反応例
アルキル化反応[1]:他の求核性アミノ酸残基(Lys, His)との交差反応性や、試薬の加水分解が懸念事項である。α-ヨード(ブロモ)アセトアミド試薬が良く用いられる。以下はタンパク質にGrubbs触媒を結合させてメタセシス触媒を創製した例である[2]。
パーフルオロアリール化[3]:芳香族求核置換反応を経由する。生じた結合は安定性に優れる。π-クランプ(FCPF)と呼ばれる配列を組み込むことで、配列選択的な反応を行なうことも可能[3b]。試薬の水溶性が低いのが難点。
マレイミドへのマイケル付加[4]:反応は十分高速であり、副生成物を生じず、大スケールでの実施も可能。レトロマイケル反応によって可逆チオール交換が起きることと、スクシンイミドの開環による挙動の違い(C-S結合は安定になる)が生じうることが懸念点。
一方で歴史が古いこともあって活用知見が多く、多く実用されている。下記は市販ADCの一つであるアドセトリスの構造。抗体鎖間のCysを介して、低分子薬物モノメチルオーリスタチンE(MMAE)をカテプシン切断リンカー(Val-Cit)によって接続している。
他のマイケルアクセプター型試薬としては、アルキニルケトン[5]、アルキニルニトリル[6]、アレナミド[7]などとの反応が報告されている。
交差ジスルフィド形成[8]: S-S結合が内在性チオールと交換したりredox-sensitiveであることが懸念点であるが、適切なドラッグデリバリーシステム応用にはこの特性が利することもある。
チオール-エン/イン反応: 有機溶媒が必要ないこと、酸素や水に耐性があることなどは利点だが、UV照射によってタンパク質が毀損されてしまうことが多くの場合問題である。反応機構に関してはリンク先の別項を参照。
有機金属種を用いる手法:毒性などが懸念されるため、in vivo応用には積極的に検討されてこなかったものの、物質製造方法論としては魅力がある。ロジウムカルベノイドを用いる手法[9]、パラジウム錯体によるS-アリール化[10]、金触媒によるうアレンへの付加[11]などが報告されている。下記はS-アリール化を用いたADCの創製例[10]。
実験手順
実験のコツ・テクニック
- S-S結合の還元的切断には、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)塩酸塩が用いられる。広範なpHで使用可能な点が特徴である(1.5 < pH < 8.5)。ジチオスレイトール(DTT)もより強力な還元剤として頻用されるが、中性条件近傍(pH>7)でしか機能しない点、架橋試薬に対する反応性を持つ点などが欠点である。
- マレイミド基への付加については、pH>7.5ではアミノ基とも反応してしまい、またチオール付加物が加水分解して開環して混合物を生じてしまう。pH6-7.5程度で行うとチオールへの反応性はアミノ基の1000倍ほど高いので、このpH範囲で行うのが良い。クエンチ時にグルタチオンなどを加えると過剰反応も抑制できる。
- ヨードアセトアミド基への置換反応については、pH<8で行うとほぼチオール選択的に反応が進行する。
参考文献
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