概要
・Mosher試薬(α-Methoxy-α-(trifluoromethyl)phenylacetyl Chloride, MTPA-Cl)を二級アルコールもしくはα-三級アミンと縮合させて合成されるMTPAエステル/アミドのジアステレオマー間のNMR化学シフト値の変化(Δδ)を読み取ることで、化合物の絶対配置を決定する手法。X線構造解析でしばしば困難となる単結晶の作成が不要なことがメリットである。
・ジアステレオマー比から、エナンチオ過剰率(ee)も決定できる。フッ素を含有するので、19F NMRを用いることも可能。ただし、絶対配置の決定においては、19F NMRを用いる方法は信頼性が低い。
・原報ではβ位プロトンまで帰属を行うことで絶対配置を決定している。γ位以降のプロトンまで帰属する改良法を用いることで、信頼性が向上する(柿沢・楠見 変法)。
・立体要請の大きい化合物などは厳密に決定できないこともある。
・O-メチルマンデル酸エステルを用いる別法(Trost法)も知られている。
基本文献
- Dale, J. A.; Mosher, H. S. J. Am. Chem. Soc. 1973, 95, 512. doi:10.1021/ja00783a034
- Sullivan, G. R.; Dale, J. A.; Mosher, H. S. J. Org. Chem. 1973, 38, 2143. DOI: 10.1021/jo00952a006
- Hoye, T. R.; Renner, M. K. J. Org. Chem. 1996, 61, 2056. DOI: 10.1021/jo952043h
- Kakisawa-Kusumi Modification: Ohtani, I.; Kusumi, T.; Kashman, Y.; Kakisawa, H. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 4092. DOI: 10.1021/ja00011a006
- Trost Modifictaion: Trost, B. M. et al. J. Org. Chem. 1986, 51, 2370. DOI: 10.1021/jo00362a036
- Parker, D. Chem. Rev. 1991, 91, 1441. doi:10.1021/cr00007a009
- Seco, J. M.: Quinoa, E.; Riguera, R. Chem. Rev. 2004, 104, 17. DOI: 10.1021/cr000665j
- Hoye, T. R.; Jeffrey, C. S.; Shao, F. Nature Protocols 2007, 2, 2451. doi:10.1038/nprot.2007.354
原理
(S)-MTPAエステルを例にとって説明する。(R)-MTPAクロリドとアルコールとの反応から合成される(S)-MTPAエステルは、二級アルコールエステル部がs-trans、カルビニルプロトンおよびCF3基がsynの形でカルボニルと同一平面になる配座をとる。この結果、ベンゼン環がもたらす磁気異方性効果(遮蔽効果)の差が置換基R1,R2の間に生じる。結果、NMRの化学シフト値が大きく変化する。下図のケースでは、ベンゼン環近傍にある置換基R2のプロトンが高磁場シフトを起こす。
実験手順
絶対配置決定法[1]
① 二級アルコールを(S)- および (R)-MTPAエステルへとそれぞれ誘導する。
② 各々のジアステレオマーのプロトンを出来るだけ多く帰属する。
③ 各ジアステレオマーのプロトン化学シフト値の差をΔδ = δS-δRとして求める。
④ Δδの正負によってプロトンを分類し、下図のような関係に当てはめれば、二級アルコールの絶対配置が決定できる。
実験のコツ・テクニック
※Mosherエステル化の際には、試薬を多めに用いるなどしてなるべく完全に変換を行う。ジアステレオマーを与える反応なので、反応時にresolutionがかかる可能性がある。
※(S)-MTPAエステル/アミドを合成したい場合には、(R)体の試薬を用いること。縮合の結果、置換基のCIP順位が変わってしまうために、R/S表記が逆転することに留意。
参考文献
[1] Hoye, T. R.; Jeffrey, C. S.; Shao, F. Nature Protocols 2007, 2, 2451. doi:10.1038/nprot.2007.354
関連反応
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