概要
- パラジウム触媒を用い、有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化合物を、クロスカップリングさせる反応。条件が比較的温和であり官能基選択性も高く、数あるパラジウムカップリングのなかでも使いやすい反応である。
- 様々な有機ホウ素化合物を反応に用いることができるが、その中でも有機ボロン酸は合成しやすく、水や空気に安定で結晶性が高い。ホウ素を含む副生成物が水溶性で無毒など、様々な利点もあり、最も使い勝手がよい。工業スケールへの展開もなされている。
- 現在では様々な有機ボロン酸が試薬会社から市販されており、それほど手間をかけずにビアリール系化合物を合成できる環境にある。医薬品合成・精密有機合成はもちろんのこと、化学繊維や液晶分子、有機マテリアルの合成などにも用いられている。日本人の名を冠する人名反応の中では、もっとも有名かつ実用性の高い反応の一つといえる。
- sp3炭素-ホウ素結合はトランスメタル化が遅く、速いβ-水素脱離が優先する傾向にある。このため、カップリングに用いることが難しいとされてきた。近年では数多の研究の結果、B-アルキル型の鈴木クロスカップリングがに最適な触媒系が見いだされ、複雑な化合物の炭素骨格構築に頻用されている。詳細はDanishefsky、Nicolaouらの総説(下記文献)を参照されたい。
- 近年パラジウム触媒以外の遷移金属触媒を用いたり、有機ハロゲン化物以外を用いた鈴木ー宮浦クロスカップリング型反応も数多く報告されている。
基本文献
- Miyaura, N.; Suzuki, A. J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1979, 866. doi: 10.1039/C39790000866
- Miyaura, N.; Yamada, K.; Suzuki, A. Tetrahedron Lett. 1979, 20, 3437. doi:10.1016/S0040-4039(01)95429-2
- Suzuki, A. Pure. Appl. Chem. 1985, 57, 1749. DOI: 10.1351/pac198557121749
- Review for Suzuki Coupling Reaction: Miyaura, N.; Suzuki, A. Chem. Rev. 1995, 95, 2457. doi:10.1021/cr00039a007
- Review for B-alkyl Suzuki Coupling Reaction: Chemler, S. R.; Trauner, D.; Danishefsky, S. J. Angew. Chem. Int. Ed. 2001, 40, 4544. [abstract]
- 西田まゆみ, 田形 剛, 有機合成化学協会誌 2004, 62, 737.
- Review for Pd-Catalyzed Cross Coupling in Total Synthesis: Nicolaou, K. C.; Bulger, P. G.; Sarlah, D. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 4442. doi:10.1002/anie.200500368
- 鈴木章, 有機合成化学協会誌 2005, 63, 312.
- Review for Suzuki–Miyaura coupling using Buchwald ligands: Martin, R.; Buchwald, S. L. Acc. Chem. Res 2008, 41, 1461. DOI: 10.1021/ar800036s
- Review for Selection of boron reagents: Lennox, A. J. J.; Lloyd-Jones, G. C. Chem. Soc. Rev. 2014, 43, 412. DOI: 10.1039/C3CS60197H
開発の歴史
1979年、当時北海道大学の鈴木章教授と宮浦憲夫助手はビニルホウ素化合物とアルケニルハライドのクロスカップリング反応を報告した。パラジウム触媒(テトラキストリフェニルホスフィンパラジウム)存在下、ナトリウムエトキシドもしくは、水酸化カリウム水溶液を加えると反応が劇的に加速した。
反応機構
通常炭素-ホウ素結合は強く(有機ホウ素化合物は安定)、そのままではトランスメタル化は起こらない。当量以上の塩基を加え、トランスメタル化活性なボレート型にしてやる必要がある。それゆえ塩基性条件下に不安定な化合物には用いることが難しいという欠点もある。
反応例
- 近年のクロスカップリングの進歩はめざましく、低反応性のアリールクロライドも反応に用いることができるようになった。[1][2]
- 本反応の高い官能基選択性を活かし、Palytoxinの全合成が達成されている。分子量が巨大になるほど反応点同士の接近確率が低くなるため、一般にクロスカップリング反応は困難になる。本合成において岸らは、水酸化タリウムを塩基として加えることで劇的に反応性が向上されることを見出している。[3]
- Ciguatoxinの合成研究[4]:三環性化合物の収束的合成にB-アルキル鈴木クロスカップリングが用いられている。 相方のエノールホスフェートはエノールトリフラートに比べ安定性の面で優れている。
- 有機ホウ素化合物を経由しない鈴木クロスカップリング:9-BBN-OMeと任意の有機リチウム試薬/Grignard試薬の反応によりボレートを前調製し、鈴木カップリングを行う手法。特にメチル・アルキニル基の場合、ハイドロボレーションで試剤が調製できないため、本法の有用性が高い。
- 2級アルキルハライドとの鈴木カップリング[5]:通常酸化的付加後の金属-アルキル中間体はβ水素脱離によって速やかに分解する。2級アルキルハライドの場合にはそれが顕著であり、これまでに成功例はなかった。FuらはNi触媒と配位子の膨大なスクリーニングの結果、この困難なカップリング反応を実現させている。
- 有機トリフルオロボレート塩は空気・水に安定な結晶性化合物である。ボロン酸と比して、当量調節・精製が容易という利点がある。近年ではこれをクロスカップリングパートナーとして用いる研究がなされている。[6] 環状トリオールボレート塩[7]も同様の目的に使用可能であることが報告されている。
- 反復型鈴木クロスカップリング戦略によるPeridinineの合成[8]:ここで用いられているMIDAボロネートは保護型有機ボロン酸として現在もっとも先進的な位置づけにある。
- 鉄触媒を用いた鈴木ー宮浦カップリング反応[10]:①かさ高いジホスフィンリガンドと塩化鉄(II)を錯形成させ、高スピン錯体を生成させる②ボレート形成目的に有機金属種を用いる③添加剤としてMg(II)塩を加える ことで、鉄触媒を用いた鈴木ー宮浦クロスカップリング反応を実現している。
- コンプラナジンAの全合成:直接的なボリル化反応(Hartwing-Miyauraボリル化反応)と鈴木ー宮浦クロスカップリング反応を組み合わせて炭素ー炭素結合を構築している。
- エステルを使った鈴木ー宮浦型クロスカップリング反応[12]:ニッケル触媒を用いることでエステルと有機ボロン酸とのカップリング反応を実現。この反応以前にもエノールおよびフェノール誘導体を用いた鈴木ー宮浦クロスカップリング型反応が知られている。
- 芳香族ニトロ化合物のクロスカップリング反応[13]:芳香族ニトロ化合物を求電子剤として用いる鈴木–宮浦カップリング反応。この反応の鍵過程は、Ar–NO2結合の酸化的付加である。通常、ニトロ化合物と低原子価金属種との反応では、ニトロ基の還元が進行し、ニトロソ化合物やアニリン類が生ずるが、、BrettPhos-Pd(0)がAr–NO2結合の酸化的付加に極めて有効であり、望みのビアリールカップリングが反応が進行する。
実験手順
- アリールクロライドを用いる鈴木-宮浦クロスカップリング[9]
実験のコツ・テクニック
- ※0価のパラジウムは酸素によって失活するため、アルゴンor窒素雰囲気下に反応を行う。基質によっては、溶媒の凍結脱気も必要。
その他
- 2003年パラジウム触媒を用いない鈴木ー宮浦クロスカップリング反応が報告された。詳細な解析の結果、炭酸ナトリウム中の50 ppbレベルのPd濃度が触媒として働いていることがわかった(関連記事:パラジウムが要らない鈴木カップリング反応!?)
- クロスカップリング用に使われるPd触媒に関してのショートトピックはこちら
- 和光純薬より鈴木ー宮浦クロスカップリング反応を可視的に体験できる教育用キットが発売されている(関連記事:実験教育に最適!:鈴木ー宮浦クロスカップリング反応体験キット)
参考文献
- Fu, G. C. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 1999, 37, 3387. [abstract]
- Buchwald, S. L. et al. J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 9550. DOI: 10.1021/ja992130h
- Kishi, Y. et al. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 7530; ibid. 1994, 116, 11205.
- Sasaki,M.; Tachibana, K. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2001, 40, 1090. [abstract]
- Fu, G. C. et al. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 1340. DOI: 10.1021/ja039889k
- (a) Stefani, H. A. et al. Tetrahedron 2007, 63, 3623. doi:10.1016/j.tet.2007.01.061 (b) Molandar, G. A. et al. Aldrichimica Acta 2005, 38, 49. (c) Lennox, A. J. J.; Lloyd-Jones, G. C. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 9385. DOI: 10.1002/anie.201203930
- (a) Yamamoto, Y.; Takizaha, M.; Yu, X.-Q.; Miyaura, N. Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 928. doi:10.1002/anie.200704162 (b) Yamamoto,Y. : Heterocycles, 2012, 85, 799 –819. DOI: 10.3987/REV-12-728
- Woerly, E. M.; Cherney, A. H.; Davis, E. K.; Burke, M. D. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 6941. doi: 10.1021/ja102721p
- Altman, R. A.; Buchwald, S. L. Nature Protocols 2007, 2, 3115. doi:10.1038/nprot.2007.411
- Hatakeyama,T.; Hashimoto, T.; Kondo, Y.; Fujiwara, Y.; Seike,H.; Takaya, H.; Tamada, Y.; Ono, T.; Nakamura, M. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 10674. doi:10.1021/ja103973a
- Fischer, D.F.; Sarpong, R. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 5926. DOI: 10.1021/ja101893b
- Muto, K.; Yamaguchi, J.; Musaev. D. G.; Itami, K. Nature Commun, 2015, 6, 7508. DOI: 10.1038/ncomms8508
- (a) Rosen, B. M.; Quasdorf, K. W.; Wilson, D. A.; Zhang, N.; Resmerita, A.-M.; Garg, N. K.; Percec, V. Chem. Rev. 2011, 111, 1346. DOI: 10.1021/cr100259t (b) Jana, R.; Pathak, T. P.; Sigman, M. S. Chem. Rev. 2011, 111, 1417. DOI: 10.1021/cr100327p
- Yadav, M. R.: Nagaoka, M.; Kashihara, M.; Zhong, R.-L.; Miyazaki, T.; Sakaki, S.; Nakao Y. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 9423. DOI: 10.1021/jacs.7b03159
関連反応
- ボロン酸MIDAエステル MIDA boronate
- リーベスカインド・スローグル クロスカップリング Liebeskind-Srogl Cross Coupling
- 福山クロスカップリング Fukuyama Cross Coupling
- 宮浦・石山・ハートウィグホウ素化反応 Miyaura-Ishiyama-Hartwig Borylation
- 高知・フュルストナー クロスカップリング Kochi-Fürstner Cross Coupling
- ペタシス反応 Petasis Reaction
- 不斉アリルホウ素化 Asymmetric Allylboration
- 辻・トロスト反応 Tsuji-Trost Reaction
- カルボニル化を伴うクロスカップリング Carbonylative Cross Coupling
- 檜山クロスカップリング Hiyama Cross Coupling
- 熊田・玉尾・コリューカップリング Kumada-Tamao-Corriu Cross Coupling
- バックワルド・ハートウィグ クロスカップリング Buchwald-Hartwig Cross Coupling
- 野崎・檜山・岸カップリング反応 Nozaki-Hiyama-Kishi (NHK) Coupling
- ブラウンヒドロホウ素化反応 Brown Hydroboration
- 根岸クロスカップリング Negishi Cross Coupling
- 右田・小杉・スティル クロスカップリング Migita-Kosugi-Stille Cross Coupling
- 溝呂木・ヘック反応 Mizoroki-Heck Reaction
- 薗頭・萩原クロスカップリング Sonogashira-Hagihara Cross Coupling
関連書籍
外部リンク
- 有機って面白いよね!!「パラジウムと有機合成」
- 炭素をつなぐ最良の方法・鈴木カップリング (1) (有機化学美術館)
- 炭素をつなぐ最良の方法・鈴木カップリング(2) (有機化学美術館)
- Boronic Acid Compounds for Suzuki Coupling Reaction (PDF: 和光純薬)
- Organoborane (Wikipedia)
- Suzuki Reaction (Wikipedia)
- 鈴木-宮浦カップリング(Wikipedia日本)
- Gregory Fu’s Reserch Group (MIT)
- Stephen Buckwald’s Research Group (MIT)
- ボロン酸の進化した形(気ままに有機化学)
- Burke Laboratory
- ボロン酸MIDAエステル(PDF, Sigma-Aldrich)
- MIDA-boronate (sigma-aldrich)