ペンタレネン(Pentalenene)は複数の放線菌(Streptomyces chromofuscus, S. griseochromogenes, S. baarnensis)により生産されているセスキテルペンである。グラム陽性菌、陰性菌、カビに対して活性を持つ抗生物質ペンタレノラクトン(Pentalenolactone)の生合成中間体である。1980年に瀬戸治男により単離された(文献1)。生合成の観点からは、特徴的なトリキナン骨格(triquinane structure)をどのように形成しているかについて様々な研究がなされて来た。(ポリシクロペンタノイドをポリキナンと称し、縮環数に応じてジキナン、トリキナンなどに分類される。)
ペンタレネンの生合成
ペンタレネンの生合成研究は、天然物界の大御所David Caneにより行なわれて来た。Caneらは、1983年に放線菌抽出物にトリチウム標識したFPPを添加し、その生合成メカニズムに迫った(文献2)。その結果、以下のschemeに示す結果を得た。これよりFPPが酵素により環化されPentaleneneが得られることが明らかとなった。
ペンタレネン合成酵素の単離、解析
続いてCaneらは、1994年にペンタレネン合成酵素を単離・精製し、その配列情報を明らかにした(文献4)。これにより、大腸菌を用いた異種発現が可能となり、酵素のアッセイを効率的に行なえるようになった。
2002年には、ペンタレネン合成酵素の結晶化に成功し、アミノ酸変異実験などにより、反応機構の詳細を詰めていった。
ペンタレネン生合成メカニズムの理論計算
2006年、Dean Tantilloによりシクロペンタレネンの生合成反応機構に関するDFT計算が行なわれた。シクロペンタレネンの生合成反応機構は当初、下図のように予想された。
しかし、DFT計算により得られた反応機構は、次の通りである。当初予想されていた化合物3は、local minimumとではなく、中間体としては存在しないことが明らかとなった。その代わりに、5-6-4員環構造を持つ化合物7を経由する経路が見つかった。(下図の青色の経路)
また、コンフォメーションの違う、もうひとつの経路も得られている。こちらの経路では、ふたつのオレフィンにプロトンがトラップされるサンドウィッチ構造を遷移状態として反応が進行することが明らかとなった。
どちらの経路もトリキナン骨格形成時に30 kcal/mol近いエネルギーを必要としており、室温条件化では反応はかなり遅いと考えられる。しかし、何 kcal/molまでが許容なのかについて厳密なルールはない。また、この遷移状態の安定化にペンタレネン合成酵素が関与している可能性が高いとTantilloらは結論づけた。
まとめ
ペンタレネンの生合成研究は、30年以上の年月をかけて行なわれて来た。その研究を追っていくと、科学技術の進歩を実感できる。Caneの1980年代の研究では、酵素の単離が出来ず、放線菌の抽出液に基質投与を行なっていた。1990年代に入ると酵素の単離・精製・遺伝子配列の決定、異種発現まで出来るようになった。さらに、2000年代には、酵素の結晶化に成功し、その活性部位に関しての考察まで行なえた。2006年には、Dean Tantilloが計算化学を駆使して、その反応メカニズムの詳細を明らかにした。
参考文献
- Haruo Seto, et al. J. Antibiot. 1980, 33, 92-93.
- Cane, D. E. et al. J. am. chem. soc. 1983, 105, 122-124. DOI: 10.1021/ja00339a026
- David E. Cane. et al. J. am. chem. soc. 1990, 112, 4513-4524. DOI: 10.1021/ja00167a059
- David E. Cane. et al. Biochemistry 1994, 33, 5846-5857. DOI: 10.1021/bi00185a024
- David E. Cane. et al. J. am. chem. soc. 2002, 124, 7681-7689. DOI:10.1021/ja026058q
- Pradeep Gutta and Dean J. Tantillo, J. am. chem. soc. 2006, 128, 6172-6179. DOI: 10.1021/ja058031n
- Y.-J. Kim et al., Tetrahedron 2013 69, 7810-7816. DOI: 10.1016/j.tet.2013.05.095