ヘロナミドA
ヘロナミド (Heronamide)は、オーストラリアのヘーロン島近くの海で採取された放線菌が生産するマクロラクタム化合物である[1]。細胞毒性抗増殖作用がある。
ポリエン系マクロラクタムは、立体化学の決定が難しいことでも知られており、ヘロナミドAは、後に構造訂正が行なわれた[2]。
ヘロナミドAは、ポリエン系化合物であるヘロナミドCが環化することによって生成する。しかし、環化の仕方には、2通りが考えられ、どちらが正しい経路かについては、謎とされていた。
計算化学による環化メカニズムの解明
Kendal Houkらは、Heronamide Aの環化メカニズムについて、DFT計算を行なった3。非常に興味深いことに、Heronamide Aの環化は[6+4]も[4+2]も同様の遷移状態構造をとっていることが明らかとなった。遷移状態から生成物へと進む過程で経路が途中で枝分かれ(bifurcate)しているため、二つの生成物が得られる。これは、計算化学の分野で非常に注目を集めているValley-ridge Inflection(VRI)というものに関係している。
図は、文献3より抜粋
通常、遷移状態では虚振動をひとつのみ持つためIRC計算により生成物はひとつに決まる。しかし、遷移状態から生成物へと進む過程でValley-ridge Transition point (VRT)が存在する場合、別の方向への虚振動が発生し、生成物が二つ得られる。二つの反応経路に関して遷移状態が1つと聞くと違和感を覚えるかもしれないが、厳密には[6+4]と[4+2]の遷移状態は異なる。しかし、二つの遷移状態構造が非常に近い場合、その間のエネルギポテンシャル曲面上の谷は無視できることになり、同じ遷移状態と見なすことが出来る。
計算結果からは、[6+4]と[4+2]のふたつの生成物が得られているが、実験結果では[6+4]の生成物しか得られていない。これは、[4+2]の環化生成物がCope転位を起こすことにより、より安定な[6+4]の環化生成物へと変化しているためだと考えられた。実際、このCope転位の活性化エネルギーは24.3 kcal/molと低く、室温で十分進行し得ると考えられる。
参考文献
1. Raju, R.; Piggott, A. M.; Coute, M. M.; Capon, R. J. Org. Biomol. Chem. 2010, 8, 4682. DOI: 10.1039/C0OB00267D
2. Sugiyama, R.; Nishimura, S.; Kakeya, H. Tetrahedron Lett. 2013, 54, 1531. 10.1016/j.tetlet.2013.01.012
3. Transannular [6 + 4] and Ambimodal Cycloaddition in the Biosynthesis of Heronamide A” Yu, P.; Patel, A.; Houk, K. N. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 13518. DOI: 10.1021/jacs.5b06656
4. Rehbein, J.; Carpenter, B. K. Phys. Chem. Chem. Phys. 2011, 13, 20906. DOI: 10.1039/C1CP22565K
5. Bofill, J. M.; Quapp, W. J. Math. Chem. 2013, 51, 1099.
6. Maeda, S.; Harabuchi, Y.; Ono, Y.; Taketsugu, T.; Morokuma, K. Int. J. Quantum Chem. 2015, 115, 258.