[スポンサーリンク]

天然物

ジブロモインジゴ dibromoindigo

[スポンサーリンク]

GREEN02210.PNG

イボニシやサラレイシなど、アッキガイ科巻貝にある分泌腺から得られる淡黄色の液体を、布にひたし日光にさらすと得られる色素は、鮮やかな紫色をしており、古代から知られ珍重されてきました。この色素の実体は、構成元素に臭素を含んだジブロモインジゴ(6,6’-dibromoindigo)と呼ばれる有機化合物です。

貝染めの場合、自然にはジブロモインジゴがどう合成されるのかと言うと、貝をつぶしたときにパープラーゼ(purpurase)と呼ばれる酵素が化合物1を化合物2に変換、空気中の酸素分子が反応して化合物2が化合物3に変化、すると二量化して緑色の化合物4が生成、にさらすことで化合物5つまりジブロモインジゴができる、といった流れになっています。

GREEN0222.png

ジブロモインジゴ自体は化学合成[1],[2]も可能ですが、商業ベースではあまり耳にしません。おそらく、わざわざ貝紫を化学合成しなくてもアニリン化合物しかり優秀な染料は他にもありますし、本来の貝紫と違ってわずかな不純物による色彩の機微も表現できず、その上ラベルに合成品だと記載する義務がわずらわしいからでしょうか。

GREEN0223.png

タンパク質の立体構造データはProtein Data Bankより

なぜアッキガイのなかまはこのような臭素化合物を作っているのかというと、詳しくは分かっていません。しかし、最近になって報告[3]されたところによると、ジブロモインジゴ前駆体の派生化合物(6,6'-dibromoindirubin)には、GSK3(glycogen synthase kinase 3)タンパク質の機能を阻害する性質があるようです。しかも、数あるキナーゼの中でGSK3だけを選り好みして作用するようで、この臭素化合物は新薬のリード化合物として注目されることになりました。GSK3は研究史ゆえにグリコーゲン合成酵素と関係あるかのような命名ですが、それだけではなく動物細胞のウィント(Wnt)シグナル経路にあるタンパク質(β-catenin)をリン酸化して制御する役割も持ちます。そのため、新たな選択的阻害剤(6-bromoindirubin-3'-oxime)の開発は、遺伝子導入によらず細胞の分化能力を制御できるため、再生医療の分野にまで影響を与える魅力的な研究[4]でした。

アッキガイのなかまにしては、せっかく自分を食べる天敵の体調を悪くしてやろうとせっせと作っていたにも関わらず、人間に捕えられてミンチにされ天日に干されて、本来とは違う出来損ないを観賞用にと珍重されていたのですから、ちょっぴり可哀そうかもしれません。再スタートした高貴の紫は、果たして病める患者を救えるのか、役に立つときは近いかもしれません。

 

  • 参考文献

[1] ジブロモインジゴ化学合成の収率を改善

"An improved synthetic procedure for 6, 6'-dibromoindigo (Tyrian purple)" Peter Imming et al. Syn. Comm. 2001 DOI: 10.1081/SCC-100107023

[2] 生合成経路を参考にジブロモインジゴを化学合成

"A facile synthesis of Tyrian purple based on a biosynthetic pathway" Yasuhiro Tanoue et al. Fish. Sci. 2001 DOI: 10.1046/j.1444-2906.2001.00312.x

[3] ジブロモインジゴ関連化合物はGSK3の阻害剤になる

"GSK-3-Selective Inhibitors Derived from Tyrian Purple Indirubins" Laurent Meijer et al. Chem. Biol. 2003 DOI: 10.1016/j.chembiol.2003.11.010

[4] GSK3選択的阻害剤でWntシグナル経路を活性化しヒトおよびマウスの胚性幹細胞(ES細胞)の分化多能性を維持

"Maintenance of pluripotency in human and mouse embryonic stem cells through activation of Wnt signaling by a pharmacological GSK-3-specific inhibitor" Noboru Sato et al. Nature Medicine 2004 DOI: 10.1038/nm979 

 

  • 関連書籍

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 白リン / white phosphorus
  2. エチルマレイミド (N-ethylmaleimide)
  3. ストリゴラクトン : strigolactone
  4. カンファー(camphor)
  5. 塩化ラジウム223
  6. プロパンチアールオキシド (propanethial S-oxi…
  7. 化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解卑金属めっきの各論編~…
  8. フルオキセチン(プロザック) / Fluoxetine (Pro…

注目情報

ピックアップ記事

  1. MEDCHEM NEWS 33-2 号「2022年度医薬化学部会賞」
  2. ジョンソン オレフィン合成 Johnson Olefination
  3. 【書籍】機器分析ハンドブック2 高分子・分離分析編
  4. LG化学がグローバルイノベーションコンテストを開催へ
  5. 特定の場所の遺伝子を活性化できる新しい分子の開発
  6. 脂肪燃やすアミノ酸に効果 「カルニチン」にお墨付き
  7. 貴金属触媒の活性・硫黄耐性の大幅向上に成功
  8. 宮浦・石山ホウ素化反応 Miyaura-Ishiyama Borylation
  9. ハンスディーカー反応 Hunsdiecker Reaction
  10. Micro Flow Reactor ~革新反応器の世界~ (入門編)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年2月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
272829  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー