[スポンサーリンク]

試薬

酢酸ウラニル(VI) –意外なところから見つかる放射性物質–

[スポンサーリンク]

 

酢酸ウラニル(VI) (UO2(CH3COO)2·2H2O) はウラニル (二酸化ウラン、UO22+) の酢酸塩で、黄緑色の蛍光を有する結晶性固体である。劣化ウランを原料とし、酢酸を反応させることで産生される。放射性を持つが、その放射能は含まれるウラン同位体によって異なる。

構造

酢酸ウラニル(VI)二水和物の構造

結晶ポリマー中では、ウラニル(UO22+)中心は酢酸配位子によって架橋されている。残った配位圏には、アクア配位子と二座の酢酸配位子が結合している。また、結晶格子中には結晶水を1個含む。

酢酸ウラニルの結晶構造

用途

透過型電子顕微鏡 (TEM) による生体切片の観察時などに、ネガティブ染色用の染色剤として用いられる。生物組織を重金属塩で染色することで、構造の保持とコントラストの向上を図ることができる。酢酸ウラニル (もしくは硝酸ウラニル) は簡便な染色ができ、リンタングステン酸などの他の染色剤に比べ特に高いコントラストが得られるため現在でも汎用されている。

原子力規制委員会HP–管理下にない放射性物質を見つけたらより引用

また酢酸ウラニルは、セメントやコンクリートへの使用を検討している骨材(砕石または砂利)のアルカリシリカ反応性に関する標準試験にも使用されている (参考サイト)。

毒性

重金属としての毒性を示し、特にウラン塩は腎毒性が顕著である。酢酸ウラニルの放射能は一般的に弱く、体外からの被曝の心配はほとんどない。しかし、酢酸ウラニルの直接摂取、吸引、創傷部位への付着に関しては体内被曝の可能性があり有毒であると考えられる。

法規制と問題点

管理下にない核燃料物質等の発見事例として、酢酸ウラニルは頻繁に挙がる物質である。2024年現在、酢酸ウラニルは核燃料である「国際規制物資」に指定され、法律によって厳しい保管管理が義務付けられている。しかしながら、昭和50年代前半以前の核燃料物質等の管理については、研究者や管理者の管理に関する認識が十分ではなく、受け渡しや廃棄の管理が十分行われていなかったとされ (参考資料)、研究室の古い試薬棚の奥底などから発見される事例が後を絶たない。原子力規制委員会では、以下のような冊子を作成し未登録放射性物質の存在に注意喚起を行っている。

原子力規制委員会HP–管理下にない放射性物質を見つけたらより引用

酢酸ウラニル等が見つかる経緯として、長らく使用されていなかった実験室や試薬庫の片付け、研究室の移動・引越し・代替わりに伴う整理などが多いようである。

現在は、放射性物質を使っていなくても、過去に使っていたものが放置されていた事例が多く見られます。今使っていないからといっても、安心は出来ません。

例えば、戸棚の奥、人の立入らない倉庫の中、最近開けていない金庫の中等から、20~30年以上前に使っていた放射性物質が発見されています。 特に古い荷物を片付けるときはご注意下さい。

原子力規制委員会HP–管理下にない放射性物質を見つけたらより引用

放射性物質の種類と規制について

酢酸ウラニル硝酸ウラニルは「国際規制物資」に該当し、放射能の多寡に関わらず保有・使用の許可が必要となる。
また使用後は施設内において「永久保存」となる。

実際の発見例

個々の大学や研究機関の名を挙げるのは避けるが、Google で「酢酸ウラニル 発見」などと検索すると、令和 5 年に至るまで非常に多くの期間で未登録・入手元不明の状態で発見されていることがありありと分かる。ある大学では、ラベルの状態などから 30~40 年前の試薬と判断したようであり、やはり規制の緩かった時代に納入された試薬が眠っていたという事例が多いようである。

基本的に、放射能の弱さから人体への影響はほぼないとされるが、発見された際は原子力規制委員会や行政への届出が必要である。

おわりに

酢酸ウラニルなどの放射性物質のみならず、毒劇物・向精神薬など届出が必要な試薬が死蔵されている研究室・倉庫などはこれからも多く見つかってくると思います。適切な対処を行えば大抵の場合大きな問題にはならないはずですので、もし試薬整理などで発見した際は研究室の教員に報告し、しかるべき対処を取る必要があります。

関連書籍

[amazonjs asin=”4627157517″ locale=”JP” title=”放射線物理学”] [amazonjs asin=”4758322600″ locale=”JP” title=”第1種放射線取扱主任者試験 重要問題集中トレーニング−3rd edition”]

 

Avatar photo

DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

関連記事

  1. ユーコミン酸 (eucomic acid)
  2. Sulfane sulfur が生み出す超硫黄分子
  3. グリチルリチン酸 (glycyrrhizic acid)
  4. プロリン ぷろりん proline
  5. ノビリシチンA Nobilisitine A
  6. ブレビコミン /Brevicomin
  7. 二酸化炭素 (carbon dioxide)
  8. ロドデノール (rhododenol)

注目情報

ピックアップ記事

  1. 飲むノミ・マダニ除虫薬のはなし
  2. アンモニアを用いた環境調和型2級アミド合成
  3. 有機合成化学協会誌2023年3月号:Cynaropicri・DPAGT1阻害薬・トリフルオロメチル基・イソキサゾール・触媒的イソシアノ化反応
  4. NIMSフォーラム 「未来のエネルギーをつむぐ新材料・新物質、ここに集結!」
  5. 日本触媒で爆発事故
  6. 常温常圧アンモニア合成~20年かけて性能が約10000倍に!!!
  7. ノーベル化学賞解説 on Twitter
  8. バニリン /Vanillin
  9. インターネットを活用した英語の勉強法
  10. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2016年版】

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年5月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー