このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。今回は電子回路の製造に欠かせないニッケル、銅、スズ(はんだ)をはじめ、各種無電解卑金属めっきの各論をご紹介します。
無電解ニッケルめっき
無電解ニッケルめっきは一般に、銅配線と金めっき層などの間に、原子の拡散を抑制するバリア層として配置されます。ニッケル自身は耐食性が乏しいことから、用途に応じて異種原子を合金として共析させることで所望の物性を発現させます。
無電解ニッケルめっきに用いられる主な還元剤は、次亜リン酸塩、DMAB、ヒドラジンの三種類です。
次亜リン酸浴はもっともオーソドックスな無電解Ni浴で、コストの低さと安定性の高さが大きな長所です。主成分は硫酸ニッケルと次亜リン酸ナトリウムです。
次亜リン酸イオンは触媒金属表面上で強力な還元剤である水素原子を遊離し、自身はメタ亜リン酸イオンPO2–へと酸化されます。メタ亜リン酸イオンは水と結合して亜リン酸イオンとなります。この亜リン酸イオンもさらに還元剤として働く場合があります。ただし、Ni上ではこの水素原子同士の再結合が優先するため、還元効率は3割以下と低くなります。
H2PO2− → PO2− + 2 H
PO2− + H2O → H2PO3−
なお、この水素原子から生じた電子によって、次亜リン酸イオン自身が単体のリンへと還元される副反応も生じます。こうして生じたリンは金属中に合金として共析します。そのため、析出する被膜は単体のリンが共析して耐食性に優れるNi-P合金となります。
H2PO2− + 2 H+ +e– → P + 2 H2O
この反応でプロトンが消費されることから、酸性条件ほどPの共析量は増加します。また、次亜リン酸濃度が高いほど同様の結果となります。
Ni中のP濃度が数%以下であれば純Niとの物性の差は大きくありませんが、共析量が概ね10 %程度となると合金はアモルファスとなり、磁性も失います。これは電波の送受信をつかさどるアンテナ近傍部位の特性としては好ましいことから、高濃度のPを含むNi-P合金がしばしば用いられています。さらに、アモルファスNiは水素を透過しにくいことから、水素脆化の防止にも有効とされています。
ややマイナーとなりますが、ジメチルアミンボランDMABや水素化ホウ素物など、ホウ素系の還元剤を用いる浴も古くから用いられています。やや高価ではあるものの、その取扱いの容易さも相俟って普及しています。
(CH3)2NHBH3 + 3 H2O → H3BO3 + (CH3)2H2N+ + 5 H+ +6 e–
次亜リン酸のときと同様に、DMABもまた自身から生じた還元電子によって還元される副反応を起こし、単体ホウ素を生じます。こうして生じたホウ素は共析してNi-B合金を形成し、アモルファスとなることで非常に高い硬度を得ることが可能となります。ただし、ピンホールを生じやすいことからバリア材料としての地位はもっぱらNi-P合金が占めています。
このほか、ヒドラジンも強力な還元剤ですが、上記の次亜リン酸塩やDMABとは異なり共析することがなく、また反応中の水素発生も起こらないという特長があります。そのため、純Niを得る必要がある場合には用いられます。
N2H2 + 4 OH− → N2 + 4 H2O + 4 e−
無電解銅めっき
無電解銅めっきも半導体の内部配線やプリント基板の配線パターン形成に不可欠なめっきです。錯化剤(配位子)を中心に多彩なバリエーションがありますが、還元剤としては多くの場合、共析のおそれがないホルムアルデヒドが用いられています。ホルムアルデヒドは塩基性条件で顕著な還元作用を示します。塩基触媒下でホルムアルデヒドは水和されてメチレングリコールアニオンとなり、これがギ酸イオンへと酸化される際に電子を供与します。
HCHO + OH– → HO(CH2)O– → HCOO– + 2 H+ +2 e–
ただし、pHが高いとホルムアルデヒドは容易にカニッツァロ反応を起こし、メタノールとギ酸へ不均化します。
また、一価の銅イオンCu+を錯形成によって取り除かないとフェーリング反応でおなじみの酸化銅(I) Cu2Oの形成も起こりやすく、これらを抑制することが重要となります。
代表的な錯化剤としてはロッシェル塩、トリエタノールアミン、EDTAが挙げられます。従来はロッシェル塩が用いられてきましたが、自身が弱い還元剤でありCu+を生じてしまう点や、安定性に難があり、やむを得ず濃度を引き下げると反応が遅くなる点などの課題がありました。そのため近年ではプリント基板用の高品位な無電解銅めっき浴として、EDTA浴が普及しています。EDTAは副生物のCu+と安定に錯形成し、ビピリジル(bpy)との併用により高速でのめっきが可能です。また、グリシン(Gly)の添加により有毒なホルムアルデヒドの濃度を低減することも可能とされています。
無電解スズ(はんだ)めっき
電子工作のご経験がある方にはおなじみのはんだですが、配線を電気的に接続し、固定するため、融点が低く、十分な強度を備えていることが求められます。かつては鉛-スズ系の合金が広く用いられてきましたが、近年では鉛による環境汚染への懸念からEUで使用が禁止(RoHS指令)され、鉛の使用を回避した代替はんだへの移行が進められています。めっきの分野においてはスズめっきをもって代用されることが一般的です。
無電解めっきでスズを析出させるうえでの大きな課題として、スズの水素過電圧が高いために次亜リン酸塩やホウ素系還元剤、ギ酸やホルムアルデヒドなどの一般的なヒドリド系還元剤から生じた水素原子をプロトンへ酸化できず、電子を取り出すことができないという欠点があります。そのため、置換めっきによって析出させるか、ZnやTiCl3などの金属系の還元剤を用いる手法に限定されています[1]。
スズは電気的に陽性(卑)な元素ですが、チオ尿素をはじめ硫黄系配位子のもとでは銅よりも貴となることから、チオ尿素を含む置換スズめっき浴が広く用いられています。還元剤を用いる手法はあまり普及しておらず、現在も開発が進められています。
・・・
長くなりましたのでこのあたりで区切ります。次回からはいよいよ代表的な無電解貴金属めっきについての各論を紹介します。お楽しみに!
参考文献
[1] 山村 岳司, 無電解スズめっき-現在と将来, 表面技術, 2015, 66 巻, 10 号, p. 443-446, 公開日 2016/10/01, Online ISSN 1884-3409, Print ISSN 0915-1869関連書籍
[amazonjs asin=”4526071927″ locale=”JP” title=”現代無電解めっき”] [amazonjs asin=”4526053732″ locale=”JP” title=”次世代めっき技術―表面技術におけるプロセス・イノベーション”] [amazonjs asin=”4526045225″ locale=”JP” title=”表面処理工学―基礎と応用”] [amazonjs asin=”B000J740MS” locale=”JP” title=”めっき技術ガイドブック (1983年)”]