[スポンサーリンク]

一般的な話題

化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解めっきの原理編~

[スポンサーリンク]

このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。今回は近年主流となりつつある無電解めっきを特集します。

無電解めっきとは文字どおり電解によらないめっき方法で、溶液中の還元剤によって金属イオンが還元され析出する化学めっき、より卑な下地金属が貴な金属のイオンと置換する置換めっき金属樹と同様の原理)、そのほかにアマルガム(液体の水銀合金)やスパッタリングを用いる手法があります。この項では主に化学めっきを無電解めっきとして紹介します。

無電解めっきの歴史

無電解めっきの歴史は電解めっきより新しく、1835年にドイツの化学者、トレンスによって発見された「銀鏡反応」に端を発しています(彼の名にちなんで、アンモニア性硝酸銀溶液はトレンス試薬と呼ばれています)。高校化学におけるアルデヒドの検出法として名高い反応が、歴史的にも重要な価値を持っているというのは興味深いですね。銀鏡反応はその名の通り、当初はを製造するために使われました。電気めっきとは異なり、無電解めっきでは電気を通さない絶縁体の表面にもめっきを施すことができるのが最大の利点です。なお、現在でも多くの鏡は無電解めっきによって製造されています。

鏡は身近な無電解めっき製品です(画像:pikrepo

ただ、銀鏡反応を試験管で行うと、内壁のガラス全面に銀が析出してしまうことからもお分かりいただけるように、これは接触した表面すべてに手当たり次第に析出してしまうものです。ただ単に金属イオンと還元剤とを混ぜただけで反応が進行してしまっては、容器の壁面などありとあらゆる場所がめっきされてしまう上、溶液としての保管も困難となります。そのため無電解めっきを施す部分と施さない部分のパターニングを行うためには、析出した金属上にのみ次の析出が起こる、自己触媒的な反応である必要があります。すなわち、還元によって生じた単体金属が、還元剤による金属イオンの還元を促進する触媒としてはたらき、その存在なしに反応が進行しなければ余計なところまでめっきされることはなくなります。逆に、あらかじめ触媒金属の微粒子を付与しておけば、プラスチックなどの不導体であっても直接めっきすることが可能となります。これが無電解めっきの最大の強みです。

この特徴を備えたはじめての無電解めっきは、1946年にブレンナーらによって発見された無電解ニッケルめっき(Catalytic Nickel Generationの略でカニゼンとも呼ばれます)です。これは還元剤を添加しためっき液を電解したところ、100%を超える収率が得られたことが発見のきっかけであるといわれています。

絶縁体表面の狙った部位のみにめっきを施せるこの技術の発展により、1962年にはABS樹脂上に銅-クロム-ニッケル合金の被膜をコーティングできるようになりました。この技術が基礎となって、現代の自動車産業を支える部品が作られるようになっています。軽いプラスチックに薄い金属を被覆することで、大幅な軽量化や省資源化に貢献しました。

自動車のエンブレムの多くは無電解めっきで製造されています(画像:Pixabay

現在では半導体集積回路内の微細配線から自動車のボディに至るまで、さまざまな工業製品が無電解めっきを用いて製造されています。

無電解めっきの原理

外部電源から電流量、電位を制御可能な電解めっきと異なり、無電解めっきにおいてはアノード・カソードの区別がなく、金属イオンと還元剤の溶液と触媒に接触させた時点で反応の様相は決定されているといっても過言ではありません。そこで、無電解めっきを理解する上で重要となるのが、混成電位理論です。

無電解めっきにおいては還元剤が酸化される反応と金属イオンが還元される反応とが同一電極上で進行します。それぞれの反応の分極曲線を図示すると、以下のようなグラフが得られるはずです(Butler-Volmer式を参照)。ここで、還元剤の酸化反応によって供給された電子数と、金属イオンの還元によって消費された電子数は一致しなければならないので、「アノード電流」iaと「カソード電流」icは同じ値となります。すなわちia = icとなる電位Empがこの系において観測される混成電位であり、この電極電位を保ったまま反応が進行することとなります。

a

混成電位理論の模式図(画像:[1]より抜粋)

なお、拡散律速条件においては電位を平衡電位から動かしても電流値は頭打ちとなります。このような場合、撹拌によって反応物を供給すれば再び電流値は増大することから、撹拌によって混成電位がどのように変化するかを観測することによってその系の律速段階を突き止めることができます。近年では水晶振動子マイクロバランス(QCM)を用いることで外 部分極曲線と局部カソード分極曲線の同時記録ができるため、反応機構の解析に一役買っています。

・・・

長くなりましたのでこのあたりで区切ります。次回は無電解めっきに汎用される還元剤について掘り下げていきますのでお楽しみに!

参考文献

[1] 松岡 政夫, 無電解めっきの原理, 表面技術, 1991, 42 巻, 11 号, p. 1058-1067

関連書籍

[amazonjs asin=”4526071927″ locale=”JP” title=”現代無電解めっき”] [amazonjs asin=”4526053732″ locale=”JP” title=”次世代めっき技術―表面技術におけるプロセス・イノベーション”] [amazonjs asin=”4526045225″ locale=”JP” title=”表面処理工学―基礎と応用”] [amazonjs asin=”B000J740MS” locale=”JP” title=”めっき技術ガイドブック (1983年)”]
gaming voltammetry

berg

投稿者の記事一覧

化学メーカー勤務。学生時代は有機をかじってました⌬
電気化学、表面処理、エレクトロニクスなど、勉強しながら執筆していく予定です

関連記事

  1. 東大、京大入試の化学を調べてみた(有機編)
  2. Reaction Plus:生成物と反応物から反応経路がわかる
  3. 有機反応を俯瞰する ーヘテロ環合成: C—X 結合で切る
  4. 超分子化学と機能性材料に関する国際シンポジウム2016
  5. 黒板に描くと着色する「魔法の」チョークを自作してみました
  6. 光化学と私たちの生活そして未来技術へ
  7. ボタン一つで化合物を自動合成できる機械
  8. 個性あるTOC その②

注目情報

ピックアップ記事

  1. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2024年版】
  2. 光/熱で酸化特性のオン/オフ制御が可能な分子スイッチの創出に成功
  3. 第3回慶應有機合成化学若手シンポジウム
  4. 化学でカードバトル!『Elementeo』
  5. メスゴキブリのフェロモン合成、駆除に活用・日米チーム
  6. フィッシャーカルベン錯体 Fischer Carbene Complex
  7. エナンチオ選択的ジフルオロアルキルブロミド合成
  8. 有機化学美術館が来てくれました
  9. 第38回ケムステVシンポ「多様なキャリアに目を向ける:化学分野のAltac」を開催します!
  10. シュプリンガー・ネイチャーより 化学会・薬学会年会が中止になりガッカリのケムステ読者の皆様へ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年12月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP