SSR とか SSSR って見かけると、最近はガチャのレアリティよりも違うものを想起してしまいます。そう、超硫黄分子です。
・・・超ってだけにやっぱりレアな硫黄分子なの? と思いそうですが、実は我々の体の中で比較的ありふれた分子であることが分かってきました。本記事ではそんな超硫黄分子について紹介します。さわり程度ではありますが、今後の注目すべき分子種として知っていただければ幸いです。
超硫黄分子とは
硫黄を含む有機化合物にはチオール (RSH) やスルフィド (RSSR) などがあります。これらの官能基は生体のタンパク質を構成するアミノ酸にも含まれており、チオールはシステイン (Cys-SH)、スルフィドはメチオニン (Met-SMe) に見られる構造です。システイン残基のチオール基はグルタチオンによる異物の解毒作用などに関与します。それだけでなく、システインは硫黄原子を一つ添加されることによりシステインパースルフィド (Cys-SSH) (図1) という高反応性物質に変換されるという、生体内での新たな活性化機構がここ数年で明らかになってきました。超硫黄分子の権威である東北大学の赤池孝章(あかいけ・たかあき)教授は、2014 年にシステインパースルフィドの強力な抗酸化作用について論文を発表しています。
東北大学大学院医学系研究科環境保健医学分野の赤池孝章教授らは、アミノ酸の一種であるシステインに過剰にイオウが結合した活性イオウ物質が体内で生成され、さらにその物質が極めて強力な活性酸素の消去能力を発揮することで、生体内で主要な抗酸化物質として機能していることを発見しました。活性酸素が体内で過剰に働くと、酸化ストレス状態を引き起こして様々な病気が発症することが知られています。今回の成果は、生体内の活性イオウ物質が体内で活性酸素の働きをコントロールする重要な因子であることを解明した画期的な発見であり、今後、酸化ストレスに関連する疾病である、感染・炎症、癌、国民病である動脈硬化症・メタボリックシンドロームなどの生活習慣病のみならず、アルツハイマー病など神経難病の新しい診断法、予防・治療法の確立に大きく貢献するものと期待されます。本研究成果は、2014 年 4 月 14 日 (日本時間 4 月 15 日) に、米国学術誌 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS) の電子版に掲載されます。
“Reactive cysteine persulfides and S-polythiolation regulate oxidative stress and redox signaling“
システインを含むトリペプチドのグルタチオン (GSH) からも、グルタチオンパースルフィド (GSSH) という超硫黄分子 (図1) が生成することが分かっています。そして、さらに活性の高いポリスルフィドと呼ばれる化合物の存在も明らかになりました。例えば Cys-SSSH や GSSSH (図1) など、R-SSnH, n > 2 のような構造を有する分子です。 これらは元々のチオールよりも還元性が大幅に高まり、生体内のレドックス制御やシグナル伝達において重要な役割を担っているのではないかと考えられるようになっています。
図1 チオール化合物と超硫黄化合物
超硫黄分子を生み出す sulfane sulfur
Cys-SSH や GSSH などの超硫黄分子の生成に関わるのは、sulfane sulfur と呼ばれる 0 価の硫黄原子です。
sulfane sulfur (サルフェン硫黄) は 6 つの価電子からなる 0 価の S 原子のことであり,他の S 原子に可逆的に結合する性質を示し,elemental sulfur (S8),persulfide (R-S-SH),polysulfides (R-S-Sn-S-R) などの活性イオウ分子種を構成するものとなる.その生理作用としては細胞保護作用などが報告されている。
硫黄の単体の同素体については高校の無機化学で学んだと思います。斜方硫黄、単斜硫黄、ゴム状硫黄などです。このうち斜方硫黄・単斜硫黄は S8 の環状分子構造を取ります。0 価の硫黄原子が 8 個結合した構造で、それがファンデルワールス力により重なって、黄色い硫黄の結晶となります (図2)。このように、同種元素が共有結合によって連続した構造を取る現象をカテネーションといいます。硫黄原子は軌道の関係から非常にカテネーションをしやすく、先の 3 種の同素体以外にも 30 を超える同素体の存在が知られています。かいつまんで言えば、硫黄原子 (0価の硫黄、sulfane sulfur) は硫黄どうしの結合を形成しやすい性質を持っているのです。こういった性質によって、sulfane sulfur はチオール基へ割り込むことができ、パースルフィドやポリスルフィドを形成します。
図2 硫黄の結晶 (左) と 斜方硫黄 S8 の構造式 (右)
では、その sulfane sulfur の供給源はどこでしょうか。生体内において最も寄与の大きい分子は硫化水素 (H2S) と考えられています。硫化水素というと火山性ガスなどに含まれる毒性の高い分子で、腐卵臭という独特のにおいを持つ物質として有名です。超硫黄分子が注目される前、ガス状分子の生体内作用の解明が分子生物学の一大潮流となっていました。一酸化窒素 (NO) の血管拡張作用の発見はノーベル賞生理学・医学賞を受賞するほど著名でありますが、そのほかにも一酸化炭素 (CO) や硫化水素 (H2S) など、従来は毒ガスと考えられていた分子が生体内でのシグナル伝達などに関わっていることが示唆され、多くの研究者がその機能解明に注力しました。その結果の一つとして、H2S がそのまま生理作用を有するのではなく、sulfane sulfur を提供してパースルフィドやポリスルフィドを形成するという硫黄ドナーしての役割が示唆されてきました。2010 年前後から発展したガスバイオロジー研究に続く発展研究として、超硫黄分子の研究の興隆が起こったということになります。
超硫黄分子の生体内作用研究
超硫黄分子の生体内作用については、その強力な還元力などによる抗酸化作用や、他分子への sulfane sulfur の transfer など、多彩な役割が示唆されているものの、その詳細はほとんど未解明というような状態です。そういった超硫黄分子の生理作用を詳らかにする研究として、学術変革領域研究 (A) 「新興硫黄生物学が拓く生命原理変革」(領域代表: 本橋ほづみ 東北大学教授) が令和 3 年に発足しました。当該領域にはケミカルバイオロジー分野からも中川秀彦教授 (名市大院薬) や花岡健二郎教授 (慶應大薬) が参加されています。花岡先生は sulfane sulfur を検出する蛍光プローブ SSP4 を世界に先駆けて開発・実用化されており、今後さらなる高機能なプローブ分子の開発が期待されます。学変 (A) での研究公募も始まっていますので、ケミストの皆さまも革新的なアイディアを持って積極的に応募されてはいかがでしょうか。
おわりに
超硫黄分子はシグナル伝達や活性酸素種・酸化ストレスと密接に関わる新規軸の分子種です。しかしながら、その機能解明についてはちょうど今駆け出したばかりだと言えます。生命科学分野の機能解明においては、ツール分子の創成が欠かせません。そこで活躍するのがケムステ読者の皆様の知恵と知識、発想力だと思います。本記事をご覧いただいた皆様には、ぜひケミカルバイオロジーの新潮流と言える超硫黄分子に注目していただき、面白い分子を生み出していただければと思います。
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