このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。
今回は次世代の無線通信の可能性を探ります。
直観にも反しないかとは思いますが、一般に通信に用いる電波の周波数が高いほど、特殊な変調方式を用いずとも高速・大容量での通信が可能となります。
無線通信は長波(LF 30-300 kHz)から中波(MF 0.3-3 MHz)、短波(HF 3-30 MHz)、超短波(VHF 30-300 MHz)と時代を下るごとに高周波化してきましたが、2020年現在開発されている5Gまでの通信に利用される目途が立っているのはマイクロ波のうち極超短波(UHF 0.3-3 GHz)とセンチメートル波(SHF 3-30 GHz)です。
ミリ波・サブミリ波とその特性
これらよりも高い周波数の帯域には、ミリ波(EHF 30-300 GHz)とサブミリ波(0.3-3 THz)があり、これよりも短波長になると遠赤外線に分類されるようになります。
この領域においては、波長が短くなるにつれて回折しにくくなり直進性が増すとともに、大気中の水蒸気などによる吸収も無視できなくなります。
なお、電磁波のうち大気による吸収を受けない波長域を大気の窓と呼びます。地球大気は電波と可視光線以外に対しては透明ではないため、これら以外の波長(赤外線・紫外線の大半、X線、ガンマ線)は長距離の通信には不向きとされています(赤外領域になると再び透過率の高い波長域が現れます)。そのため、やみくもに高周波帯域を利用すればよいというわけでもありません。
このため、5G通信に用いる28 GHz帯程度のマイクロ波の領域においても、直進性が大きく吸収減衰が大きいために、無数の送受信機器を設置することが必要となります。今後さらに短波長の帯域が用いられるようになれば、この傾向は一層顕著となります。とはいえ、IoT化の進展によりそこかしこに送受信機能を備えた端末が配備されるのであれば深刻な問題にはならないかもしれません。電波の送受信に必要なアンテナは、短波長ほど小型化できることから、装置全体の小型化に利することもミリ波・サブミリ波帯無線通信の長所です。
ミリ波・サブミリ波の発振
これらの帯域の利用にあたってもう一点課題となるのが、いかに小型な装置で簡便に発信・検出を行うかという問題です。従来はこれらの帯域の発振と検出には超伝導素子を用いるほかありませんでしたが、これは大型で極低温を要するため実用的ではありませんでした。そこでミリ波とサブミリ波の半導体発振器が長年求められており、近年では窒化ガリウムGaNのような化合物半導体の発展により実用化の目途が立ちつつあります。
代表的な素子としては、共鳴トンネルダイオードと真空チャネルトランジスタが有力視されています。前者は複数の薄い化合物半導体を層状に積み上げたもので、特定の印加電圧の範囲で負性抵抗を示すことから発振に用いることができます[1]。
一方後者はソース・ドレイン間に150 nmほどの真空ギャップを設けることで物理的な接触なしにゲート間に電子が流れるもので、真空管を微細化したような構造です。高速応答が可能であるため高周波用途への応用が嘱望されます。
また、有機合成化学における脱酸素化フッ素化剤として名高い三フッ化N,N-ジエチルアミノ硫黄(DAST)による非線形光学効果による室温での発振も報告されているなど、有機材料の応用も期待されます(有機合成におけるDASTの利用については過去記事をご参照ください)。
世間ではようやく5G通信の商用化が本格的に始まったばかりであり、技術的問題をようやくクリアできても普及には忌避感が強い[2]など、その前途は多難といっても過言ではありません。
しかしながら、これらの技術革新は将来的には需要が極めて高く、いずれは人類が直面するものです。その実現には物理系・電子系の技術者のみならず、優れた特性を示す材料を提供する化学系研究者の存在が不可欠であります。
昨今の有機材料研究はOLED(有機EL)向けのTADF材料やOFET向けの有機半導体材料にやや傾斜している感もありますが、幅広い用途を見据えて多角的に研究が進展し、遠からず「ポスト5G」の時代が訪れることを願います。
関連リンク
[1] 高精度半導体結晶成長制御技術による 共鳴トンネルダイオードテラヘルツ発振器の実現 NTT技術ジャーナル, 2011, 7, 12-15. [2] 欧州5G基地局破壊、影の犯人は「コロナ拡散」のデマ(日本経済新聞 2020 4/25)特集:移動体通信用部品技術 テラヘルツ帯無線通信の技術(ローム社)