bergです。化学者のためのエレクトロニクス入門と銘打ったこのコーナーも、いよいよ最終回を迎えました。前回までエレクトロニクス産業の現状を見てきましたが、今回はこれまで微細化を続けてきた電子回路の将来を考えていきます。
かつて、米国のIEEE(電気電子技術者協会)傘下には国際半導体ロードマップ委員会(ITRS委員会)という機関が置かれていました(2016年にIRDSへ発展的解消されました)。ITRSは15年先までの半導体市場の予測や技術的課題の洗い出しを目的としており、その成果を、膨大な分量のITRSレポートとして毎年公表していました。国内の部会も2013年までの日本語版を公表しています。数百ページもの英文を仔細まで読む気が起こらないので、邦訳のうち配線微細化の項について詳しく見ていきたいと思います。
配線の微細化がもたらす現象
半導体は以前ご紹介したムーアの法則に則って微細化・高集積化の一途をたどり、現在(2020年)ではTSMC(台湾)とSumsung(韓国)が5 nmまで解像度を絞った素子の量産を控えています。n型/p型半導体のパターンがここまで微細化を追求したということは、それらをつなぐ配線も同様の微細化を要求されていることを意味しますが、これによって技術的な困難に直面することとなっています。
代表的な課題として挙げられるのが、①電気抵抗率上昇による信号遅延・消費電力増大、②エレクトロマイグレーション(EM)・ストレス誘起ボイド(SIV)の増加、③配線容量増加による信号遅延・信号ノイズ・クロストーク悪化と寄生発振の3点です。これらの重要な問題について、それぞれの詳細とその打開への処方箋、さらには化学や素材との関連についてもご紹介します。
①電気抵抗率の増大
概要
現在では通常、半導体内部の配線は銅を用いためっき技術で作成されています。銅は銀について電気抵抗の低い金属で、比較的安価に入手できることが最大の強みです。
しかし、配線の微細化が進み、そのサイズスケールは銅内部の自由電子の平均自由行程(およそ40 nm)のオーダーに到達しつつあります。その結果、結晶粒界や界面での電子散乱の寄与が無視できなくなり、バルクと比較して抵抗値が増加してしまいます。
配線の微細化によって抵抗が増大してしまいます(イメージ)
処方箋
a) 他の金属
電気をよく通す材料の代表格が金属である以上、単純に銅以外の金属で代替しようという発想です。最も電気伝導性の良い銀のほか、ニッケルシリサイドなども候補のようです。
利点:(特に銀)バルク抵抗値が小さい
欠点:問題を先延ばしにするだけで本質的な解決にならない(平均自由行程:Ag 58 nm、NiSi 5 nm)、信頼性が不明
b) バリスティック導体
一般に金属は微小な結晶の集合体であることから、結晶粒界や格子欠陥での電子散乱の問題から逃れられません。そこで、金属以外で結晶構造を持たない導体(バリスティック導体)を探索して代替するというのがこの方法です。具体的にはカーボンナノチューブ(CNT)やグラフェンナノリボンなどがあります。有機化学との関連が見えてきましたね。
カーボンナノチューブは次世代配線材料の例 (画像:Wikipedia)
利点:粒界散乱・EM(後述)が起こりえない、熱伝導率も良好
欠点:配線形成技術が未熟
c) 光通信・ワイヤレス通信
既にある技術を半導体内部でも利用できないかというアプローチです。これはこれで革新的ですが、新たな素材の登場の余地は少ないかもしれませんね。今後の進展に期待です。
利点:既存技術の転用
欠点:帯域の不足
d) スピン波デバイス
鉄やニッケルなどの高キュリー温度材料(磁性材料)を利用することでスピン波を利用した通信が可能かもしれないとのことです。もう少し先の次世代技術として楽しみですね。
②エレクトロマイグレーション(EM)・ストレス誘起ボイド(SIV)
概要
エレクトロマイグレーション(EM)は金属配線を流れる自由電子が金属原子と衝突して運動エネルギーを与え、輸送する現象です。電子の質量は原子に比べてはるかに小さいため、普通の送電線やコンセントケーブルなどでは問題にならないものの、高エネルギーの電子が繰り返し大量に衝突するとその寄与は無視できなくなります。具体的には電流密度の高い配線で、特に高温環境下においてEM由来の断線等が発生しやすいとされています。
近年の極度に高集積化された半導体集積回路では、内部の極めて微細な銅配線に大電流が流れることになり、電流密度は極めて高くなります。一般に、微細化で回路サイズが1/k倍になると、電流密度はk2倍になるともいわれており、今後ますます重要な課題となります。
これに対し、ストレス誘起ボイド(SIV)はストレスマイグレーション(SM)とも呼ばれ、電流の影響がなくても高温下で断線が起こる現象です。LSIはその製造プロセスにおいて酸化膜の形成など高温での処理工程を経ており、放冷時に内部応力が発生しています。固体中の原子の拡散現象はアレニウスの式に従い、温度が上昇するにつれて指数関数的に起こりやすくなります。したがって、配線金属にストレス(残留応力)がかかった状態で熱を加えると金属原子の拡散に拍車がかかり、ついには回路の断線に至ることがあります。銅は拡散しやすい元素で、半導体の総合的な信頼性に多大な影響を及ぼしています。
処方箋
a) EM耐性金属
タングステンW、コバルトCo、ルテニウムRuなどの金属は結晶中に束縛されて輸送・拡散されにくいため、EMやSIVなどに強いとされています。
利点:EM・SIVをかなり抑止できる
欠点:これらの金属はバルク抵抗値が大きい
b) 粒界拡散の防止
一般に拡散現象は表面や結晶粒界で起こりやすいことから、粒界を減らすめっき手法などが現在開発されています。
利点:技術難易度が比較的低い(現在取られている対処法)
欠点:表面からの拡散を防げない
c) バリアメタルの利用
表面からの拡散を防ぐために、配線表面を他の金属で覆う手法です。具体的にはCo-W-P合金のほか、CVDで製膜したCoなども有力視されています。
③配線容量の増加
高校で物理を選択されていた方は思い出してみていただきたいのですが、二枚の電極の間に誘電体を挟んで電圧をかけると、誘電体が分極することで一定の電荷を蓄えることができます。加えた電圧(電界)に対して蓄えられる電荷の量を規定するのが誘電率という指標で、分子の分極しやすさと相関があります。誘電率の高い物質を間に詰めることで蓄えられる電荷を増やした素子がコンデンサ(キャパシタ)で、蓄える能力をキャパシタンス(静電容量)と呼びます。
一方、電磁誘導を利用したコイル(インダクタ)という素子もありましたね。コイルは導線を巻いたもので、「電磁石」として作ったご経験のある方も多いかと思います。これは電気エネルギーを磁場の形で蓄えることができ、その能力をインダクタンスと呼びます。
このコンデンサとコイルを直列につないで電圧を加えると、交流電流が発生します(発振)。その周波数はキャパシタンス・インダクタンスが小さいほど高くなることが知られています。
さて、コイルは導線を巻いたものとご説明しましたが、実際には巻いていない導線にもわずかにインダクタンスが存在し、これは取り除くことが困難です。
さらに、微細な回路では2本の導線が並行して走る箇所が多数生じますが、これは2枚の電極に誘電体(絶縁体)を挟んだコンデンサの構造と同じです。
したがって、集積回路の中には意図せずしてコイルとコンデンサが直列につながれた構造が生じてしまい、これが発振などのトラブルの原因となってしまいます。そのインダクタンス・キャパシタンスは小さいため発振周波数は高くなりますが、高周波回路を作る際には問題となります。
そこで、なんとかしてキャパシタンスを低く抑え、さらに高い周波数まで発振の影響を受けないようにする必要があります。そのためには配線を仕切る絶縁材料を、誘電率の低い素材に代替する必要があります。現在絶縁膜として広く使用されているSiO2よりも低誘電率の材料(low-κ材料)を探索し、絶縁膜を形成する研究が日夜行われています。
このように、現在の電子回路は小型化の果てに様々な問題に直面しており、もしかすると既存技術の限界に差し掛かっているのかもしれません(2015年のITRSレポートでは2021年以降ムーアの法則が崩れ、半導体の縮小が頭打ちになるという予測も紹介していました)。
これらの問題を解決するのは新素材の活用であり、まさに化学の活躍できる舞台でもあります。
近い将来、私たちの身の回りをどのような電子機器が取り巻き、どのように暮らしをサポートしてくれるのか楽しみですが、ひょっとするとみなさんの研究の成果がこの分野の大きなブレイクスルーにつながるかもしれませんね。
全6回の「化学者のためのエレクトロニクス入門」のシリーズはこれにて終了です。今後もエレクトロニクス業界と化学のかかわりや、電気化学・分析化学に関する記事なども執筆していきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
関連リンク
国際半導体技術ロードマップ2013年版(和訳)-配線(半導体技術ロードマップ委員会)
半導体 信頼性ハンドブック(東芝デバイス&ストレージ株式会社)
LSI用銅配線の高性能化に関する研究(茨城大学工学部マテリアル工学科のプレスリリース)