化学者のためのエレクトロニクス入門と銘打ったこのコーナーも、今回で5回目となりました。前回はプリント基板の製造にかかわるファインケミカルと、その生産に携わっている企業をご紹介しました。今回はディスプレイやその他の素子に関連する製品・企業を見ていきます。
スマートフォンのディスプレイにも化学が関連しています(画像:photo AC)
スマートフォンの普及に伴って、ディスプレイ(表示装置)も発展しています。代表的な方式に液晶と有機EL(OLED)が挙げられます。
液晶ディスプレイ(LCD)はネマチック液晶の配向状態が電界によって変化する性質を利用した表示装置です。液晶分子の層を、分子の配列を整える配向膜で挟み、さらに透明電極で挟んだものを偏光板で挟んだ構造をしています。配向膜は微細な溝を刻んだ板ですが、二枚の配向膜をその溝の方向が直角になるようにおきます。すると電圧が加わっていないと液晶分子は二枚の配向膜に沿うように、少しずつ角度をつけて並んでいますが、電圧を印加すると分子は縦方向に配向するようになり、このときに旋光度が変化します。これを二枚の偏光板で挟むことで、明暗の変化として出力することが出来ます。カラーディスプレイにおいては、さらに光の三原色(RGB)に対応したカラーフィルタを被せることで、全ての色彩を表現することが可能になります。以下、構成部分別にみていきましょう。
①液晶材料
概要
現在は上記の性質を示すネマチック液晶が主流です。
供給元
メルク、チッソ、DIC、旭電化工業など
最近のトピック
電子ブックなど省電力ディスプレイの実現に向けたコレステリック液晶を利用する素素子や、応答性や視野角で優れるスメクティック液晶を用いた素子も開発が進められています。
②配向板
概要
ポリイミドなどのフィルムに溝を刻む(ラビング)ことで製造されています。
供給元
JSR(旧:日本合成ゴム)と日産化学がシェアをほぼ二分しています。
最近のトピック
透過率・応答性の向上と高精細化を目指した研究が日夜行われています。
③偏光板
概要
ポリビニルアルコール(PVA)などのフィルムにヨウ素化合物などを添加して染色し、一方向に圧延します。これにホウ酸を加えて架橋を施すことで製造されます。
供給元
日東電工、住友化学、LC化学(韓国)が三強です。その素材となるPVAフィルムはクラレ、日本合成化学が大手です。
最近のトピック
薄型化、フレキシブル化、タッチセンサーの偏光板内側への配置などの需要にこたえるための研究開発に、各社がしのぎを削っています。
④カラーフィルタ
概要
液晶そのものは光の透過量の変化しかできないため、色彩を表現する上では光の三原色に対応したカラーフィルタが必要です。優れた発色性を得るためには特殊な顔料を用い、適切に分散させる必要があります。分散剤にはブロックコポリマーが使用されており、リビングラジカル重合で製造されています。
供給元
顔料:東洋インキ、DICなど
顔料分散剤:大塚化学など
有機ELはOLEDともいい、有機半導体で構成されていることを除けば基本原理は発光ダイオード(LED)と同一です。
⑤有機EL
概要
有機ELは、p型半導体に相当し陽極から正孔を輸送する正孔輸送材料と、n型半導体に相当し陰極からの電子を輸送する電子輸送材料の間に、正孔と電子を再結合させて発光させる発光層材料を配置した構造となっています。さらに、耐久性や発光効率の向上を目的に添加されるドーピング色素材料も必要です。
供給元
出光興産、Merck、UDC、ダウ・デュポン、住友化学など
最近のトピック
電子と正孔との再結合により発光層の分子が励起されるとき、一重項状態と三重項状態になる分子の割合は1:3で一定です。ここで、一重項状態の励起分子は直ちに蛍光としてエネルギーを放出しますが、三重項状態の励起分子は燐光や無放射遷移などでエネルギーを放出しますが、有機分子で燐光を示すものは稀で、この場合エネルギー効率は最大でも25%にとどまります。燐光を発生させるには重金属錯体などが利用されますが、高い駆動電圧を要する点や青色に発行する材料の実用化が遅れているなどの課題もあります。
そこで、熱活性化遅延蛍光(TADF)と呼ばれる現象を用いた打開が試みられています。TADFは熱によって三重項状態から一重項状態へとさらに励起する現象で、これを用いることで効率はほぼ100%まで向上します。現在TADF材料の開発が競われており、一部は実用化に至っています。
ほかにも、CPUはクロックと呼ばれるパルス信号に合わせて動作しており、これを一定のリズムで正確に刻む素子も重要です。この、いわば電子機器の心臓とも呼べる役割を担っているのが水晶振動子です。
⑥水晶振動子
概要
CPUの駆動に使われるクロックを発生させる素子です。コンピュータの心臓といっても過言ではありません。
水晶(圧電体)には電圧に応じて変形する/変形に応じて電荷を生じる性質があります。これを電極に挟んで適切な回路(発振回路)に接続すると、固有振動数に従って高い精度で安定した正弦波を出力することが可能です。精密に加工された純水晶の結晶を用いると、誤差をppmオーダー以下に抑えることができます。この精度を活かし、吸着した物質などの微少な質量を測定する水晶振動子マイクロバランス(QCM)と呼ばれる分析法もあり、表面化学分野で活躍しています。QCMについては別途記事で触れる予定ですのでお楽しみに。
供給元
日本電波工業、リバーエレテック、京セラ、三田電波など
最近のトピック
PC、スマホなどのモバイル端末などの用途向けに一定の需要がありましたが、デジタル家電の普及やIoT化の進展によってさらに需要が高まる可能性があります。また、5G通信の実用化などにより高周波帯域の発振を目的とした製品も登場しています。なお、より優れた利点を有するMEMS発振器が猛追していることから、先行きは不透明です。
ソルダーレジストや金属めっきをはじめ、このあたりの分野は非常に奥が深く、一回の投稿では十分に記すことができませんので、別途シリーズを作るかもしれません。
長くなりましたが、今回はこのあたりで区切ります。次回はエレクトロニクスの今後についてご紹介する予定です。お楽しみに!
関連リンク
グローバルニッチトップ企業の5年後の現状と課題(令和元年6月 経済産業省製造産業局総務課)
2019年9月11日付 日経新聞朝刊全国版 スマートフォン特集