シアノスター (Cyanostar)[1]は、tert-butylbenzeneとacrylonitrileを構成単位とする環状分子である (図1)。
合成化学的に作られる大環状分子の一つである。2013年にAmar H. Floodらが合成した。合成でつくる環状分子の中では、比較的簡単かつ大量に合成できる (7 Step, 8.9 g, 52% total yield、下記参照)。環内孔は4.5 (モノマー)−5.2 (スタッキングダイマー) Å程度の電子不足な空間である。すなわち、アニオンなどの電子豊富な化合物を捕捉できる。この性質を利用し、超分子合成に展開されている。
構造
tert-butylbenzeneの3,5位と、acrylonitrileの2,3位とが、それぞれ交互に縮合した骨格を構成単位とし、5単位が円状に連なった環状分子である。分子の構造が星型に見えること、この分子の性質を決定づける官能基がシアノ基であったことから、シアノスターと名付けられた。
分子中心に五回回転軸をもつ。その軸に沿った軸不斉をもち、縮合方向ならびに環の巻く方向によってP体とM体が存在する。
結晶中では1対のスタッキング構造(スタッキングダイマー)をとっている。P体とM体は、全体の存在比が1:1である。しかしながら、スタッキングダイマーはP–M、M–P、P–P、M–Mのように複雑なダイマー構造をとっており、その存在確率は完全に等価ではない。(Whole-Molecule Disorder解析によって明らかにしている。詳しくは論文参照。)
環内孔は4.5 (モノマー)−5.2 (スタッキングダイマー) Å程度の大きさをもつ。超分子で用いられる環状分子と比較すると、α-シクロデキストリンと同じ程度の大きさである。
具体的な合成法
5-tert-butyl-isophthalicacidを還元してジオール化し、一方のヒドロキシル基をブロモ化、続いてシアノ化する。残りのヒドロキシル基をPCC酸化でアルデヒド化することでモノマーを得る (図2)。そのモノマーを、炭酸セシウム存在下でKnoevenagel縮合させて、シアノスターを得る。
全7段階を非常に簡単な反応でのみで合成でき、総収率は52%である。最大収量は8.9 gである。合成する環状分子の収率としては高い収率・収量である。
最終段階の環化収率が高い理由は、炭酸イオン(CO32-)のまわりに電子不足なモノマーが集り、それを鋳型として縮合反応が起きたからである。(テンプレート効果)
性質
環内孔は電子密度が低い。また、環内孔に向いた水素は、水素結合能が非常に高い。これらはシアノ基によって電子が引かれているためである。実際にNMRスペクトルを測定すると、環内孔のプロトンを低磁場領域に観測できる。シアノスターの構成単位のDFT計算と静電ポテンシャル計算によっても、この事実が支持されている。
開発者のFloodらは、シアノスターと様々なアニオンとの相互作用を検討した。シアノスターとアニオンで1:1もしくは2:1の錯体を作ることを明らかにした。1:1錯体の会合定数はKa = 108-1012であった。環内孔とのサイズが最も適合するPF6−とは特に強く相互作用した。すなわち、シアノスターは5Å程度のアニオンと最もよく相互作用できる環分子である。
参考文献
- Lee, A.; Chen, C. H.; Flood. A. H. Nature Chem. 2013, 5, 704-710, DOI:10.1038/nchem.166.