オーラノフィンは、抗リウマチ薬として用いられる有機金化合物。いわゆる金製剤のひとつ。アセチル化されたチオグルコースに、金原子と、トリエチルホスフィンが配位したかたちをしています。体内では、まず金原子と硫黄原子の間の結合が切れ、次に金原子とリン原子の間の結合が切れてから、効果が出ると考えられています。
詳細
リウマチ(rheumatism)は自己免疫疾患の1種であり、とくに関節痛や関節の変形などの症状が特徴的であり、この場合、関節リウマチとも呼ばれます。オーラノフィン(auranofin)は、いくつかあるリウマチ治療薬のひとつです。オーラノフィンは、開発されて以来、比較的に長くに渡って使用され続けている医薬です。
タンパク質は、リボソームが仲立ちとなって、20種類の標準アミノ酸から作られます。この20種類のアミノ酸とは別にリボソームで組み込まれる特別なアミノ酸がもうひとつあり、それがセレノシステインです。このアミノ酸は、システインの硫黄原子の部分が、セレン原子に置き換わっています。セレノシステインが使われるタンパク質は、ヒトでは何種類かあり、チオレドキシン還元酵素もそのひとつです。このチオレドキシン還元酵素が、オーラノフィンの標的タンパク質のひとつだろうと考えられています。
オーラノフィンからチオグルコースが外れると、チオレドキシン還元酵素の活性部位にあるセレノシステイン残基のセレノール基(-SeH)と、金原子が共有結合します。続いて、金原子とリン原子の間の結合が開裂すると、付近にあるシステイン残基のチオール基(-SH)と、金原子が反応して架橋を作ります。このような反応が起こりうることは、生化学実験[1]だけでなく、タンパク質結晶構造解析[2]でも確認されています。セレノシステインを含み細胞の酸化還元状態の調節に重要なタンパク質をオーラノフィンは標的とし、結果として免疫細胞による抗体産生や抗原提示の抑制を引き起こすことで、抗リウマチ作用を示すのだと考えられています。
金原子が結合したチオレドキシン還元酵素の立体構造
(構造データはProtein Data Bankより)
従来、オーラノフィンは抗リウマチ薬として使われてきました。しかし、最近[3]になって、オーラノフィンは、赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )にもよく効くことが判明しました。910種類の化合物コレクションから最もよく効く物質として、オーラノフィンが選び出されたのです。今まで赤痢アメーバの治療に使われてきたメトロニダゾール(metronidazole)よりも、オーラノフィンは半数効果濃度で比較して10倍ほど活性が強いことが分かりました。しかも、オーラノフィンの副作用は、メトロニダゾールよりも小さいと考えられます。赤痢アメーバに少量のオーラノフィンを投与したときの遺伝子発現パターンの変化から推測したところによると、どうやらオーラノフィンの標的はやはりチオレドキシン還元酵素のようです。赤痢アメーバに感染させたマウスを使った実験でも、オーラノフィンの効き目が確認されています。
分子モデル(GIFアニメーション動作確認: Internet Explorer, Google Chrome)
参考論文
- “Human placenta thioredoxin reductase: Isolation of the selenoenzyme, steady state kinetics, and inhibition by therapeutic gold compound.” Gromer S et al. J. Biol. Chem. 1998 DOI: 10.1074/jbc.273.32.20096
- “Inhibition of Schistosoma mansoni thioredoxin-glutathione reductase by auranofin. Structural and kinetic aspects.” Angelicco F et al. J. Biol. Chem. 2009 DOI: 10.1074/jbc.273.32.20096
- “A high-throughput drug screen for Entamoeba histolytica identifies a new lead and target.” Debnath A et al. Nature Medicine 2010 DOI: 10.1038/nm.2758