第45回目の研究者インタビューは第10回目のケムステVシンポ講演者である、東京大学の大栗博毅先生にお願いしました。
大栗研究室では、ユニークな戦略に基づく天然物やその類縁人口分子の合成と、これを起点とするケミカルバイオロジー研究が行われています。生合成の構造多様化戦略を模倣するアルカロイドの骨格多様化合成や、酵素合成と化学合成を組み合わせるサフラマイシン類の効率的合成についてはケムステ内でも紹介されたためご存知の方も多いかと思います。
天然物の合成、にとどまらず、天然物を何に使えるか、という視点で様々な研究を展開されている大栗教授なので、Vシンポのテーマである「天然物フィロソフィ」に関しても一家言お持ちかと思います。Vシンポを楽しみにしつつ、まずはインタビューの方をご覧ください。
Q. あなたが化学者になった理由は?
有機化学が好きでした。とはいっても、修士課程前半まで低空飛行、もともとアカデミック志向でもありませんでした。そのような学生が化学者になった最大の理由は“チャレンジを続けている化学者への憧れ”です。東北大学理学部での恩師、平間正博先生から絶大な影響を受けました。平間先生は、天然物合成化学の最先端を走りながら、学際的なアプローチで未踏の研究領域を開拓されておりました。当時平間研で有機合成のイロハを教えていただいた大石徹先生(九州大学理学部)をはじめとして、有機金属/有機触媒/キラルヘリセンオリゴマーを展開されていた山口雅彦先生(東北大学薬学部)、構造生物学や生物有機化学にも造詣の深い田中俊之先生(筑波大学生命環境系)からも、様々な観点から心のこもったご指導をいただきました。博士課程修了直後に平間研助手となってから、学部生・大学院生と一緒に化学の新しい可能性を追求しつつ、次代を担う研究者の成長と活躍をサポートする大学教員の重要性や素晴らしさを年々実感できるようになりました。
ケミカルバイオロジーへの第一歩を踏み出す念願が叶い、2003 年 Harvard 大学 Stuart L. Schreiber 先生の研究室へ一年間留学する機会を得ました。Schreiber 先生は、ケミカルバイオロジーをゲノムワイドに展開する壮大な挑戦の最中で、Broad Institute への研究室移転直前という時期でした。Schreiber 研では、Martin D. Burke (UIUC), Glenn C. Micalizio (Dartmouth), Seung Bum Park (SNU), Chuo Chen (UT Southwestern), Peter R. Andreana (Toledo), Jared Shaw (UC Davis), Annaliese Franz (UC Davis) ら意気盛んな若手化学者と知り合うことができました。あっと言う間の一年でしたが、化学を共通言語とする切磋琢磨や交流が第二言語を補完しうることを実感できました。有機化学の積み重ねで研究基盤が形成され、化学者を志したことで世界が大きく広がりました。
Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?
化学者としてこれ以上ない最高の機会を頂いたところで、毎年が勝負の一年という状況です。研究環境を着実に整備し、ラボメンバーが持ち前の能力を存分に発揮できるように最善を尽くしたいです。
小学生の頃に遡ると、最も夢中になって没頭できたのは、父に教えてもらった釣りです。ただ、海上ではどうしても船酔いしてしまうので、水面スレスレの空中に浮き上がって釣りができる乗り物を創りたいと夢想していました。超低空飛行でどのポイントにも自在にアクセスできれば、釣りはもちろん、水上での活動の可能性も広がりそうです。今なら、ホバークラフト+ドローン+軽量化素材技術でなんとかなりそう?というのは、もはや他力本願となった妄想です。
Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?
天然物化学を展開していくため、現時点では主に3つのテーマを手掛けています。
1)天然物や設計分子群の骨格多様化合成
分子骨格・立体化学や官能基を系統的に多様化しながら、アセンブリーライン合成するための戦略の提案と体系化に取り組んでいます。複雑な分子群を合成標的としているので、モジュラー式連続反応やピンポイント反応を実現する酵素変換を活用した化学−酵素ハイブリッド合成プロセスも開発しています。合成化学を駆使して生合成プロセスを自在に改変し、合理的に拡張するアプローチを追求します。
2)天然物ケミカルバイオロジー・創薬研究
生命進化の歴史が刻み込まれた天然物の構造・生合成・自然界での役割を学んで機能性分子群を設計します。共有結合性リガンドを活用したケミカルバイオロジー研究を積み重ね、次世代創薬研究に直結するリード化合物群を創製します。進化分子工学や AI 技術と天然物化学との融合を図り、分子構造・反応性・機能を検証して予見できるシステムの構築へつなげたいところです。
3)天然物骨格を活用した超分子形成・機能創発
高度に官能化された天然物の構造に潜在する精緻な分子認識能力を顕在化させながら、機能性ナノ構造体を組み上げていく研究に着手しています。天然物骨格を基盤として、機能性ユニット間の空間配置を系統的に多様化できる多官能性スキャフォールド群を創製しています。天然物類似中分子群を基盤として超分子を形成させ、センシング機能を創発するシステムを開発していきます。
Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?
日本人が脈々と受け継いできた心の持ち方や東洋的な事象の捉え方を学びたいです。教えを受けたい偉人として、志について空海、教育を吉田松陰、テーマ設定を葛飾北斎、心構えを上杉鷹山、生涯にわたる挑戦について伊能忠敬からお話を伺えたら…と思います。
Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?
北大・及川研の頃は、時々実験していました。農工大に異動後は、実験操作をやってみせる程度で、実験はラボメンバーに全てを託しました。東大に異動した本年度は、修士学生と一緒に装置を組んでピルビン酸誘導体の減圧蒸留を行ったのが最後です。
Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。
本ではワインバーグ がんの生物学 第2版です。以前購入した第1版も拾い読みに終わったので、時間をかけて学んでみたいです。
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音楽は、島で一つだけとなるとベートーベン交響曲ですかね。
[amazonjs asin=”B00007KMOX” locale=”JP” title=”Beethoven:Symphonies 5 & 7″]大きな音量で聴きいていると、希望の灯をともすことができそうです。音楽で気持ちを盛り上げながら、筏か気球の類いを作り上げ、島からの脱出を成し遂げたいです。あとは島での食料調達にもつながる釣り道具があると嬉しいですね。
Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。
とても貴重なアドバイスを頂いてきた少し上の世代からは、菅 裕明先生、上杉志成先生、長澤和夫先生、同年代では、磯部寛之先生、井上将行先生、内山真伸先生を挙げさせていただきたいと思います。
関連リンク
- 大栗研究室
- 第10回ケムステVシンポ「天然物フィロソフィー」
- 世界の化学者データベース「大栗 博毅 Hiroki Oguri」
- 生物に打ち勝つ人工合成?アルカロイド骨格多様化合成法の開発
- 酵素合成と人工合成の両輪で実現するサフラマイシン類の効率的全合成
関連動画
大栗教授の略歴
東京大学大学院 理学系研究科 天然物化学研究室 教授
専門は有機合成化学、天然物化学、ケミカルバイオロジー
1989年に東北大学理学部を卒業後、東北大学大学院理学研究科に進学。1998年に博士課程を修了し、博士(理学)を取得。その後1998年より東北大学大学院理学研究科にて助手(指導教員 平間正博 教授)に着任。2003年Harvard大学 化学・化学生物学科にて訪問研究員(Stuart L. Schreiber教授)の後、2004年から北海道大学大学院理学研究院にて助/准教授(及川英秋 教授主宰)。この間、2013年より科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者(兼任)。2015年東京農工大学大学院 工学研究院教授を経て、2020年より現職。
井上研究奨励賞(2000年)、天然物化学談話会奨励賞(2002年)、第55回 日本化学会進歩賞(2005年)、Banyu Chemist Award 2010(2010年)、長瀬研究振興賞(2017年)、東京農工大学 学長賞(2019年)、Asian Core Program Lectureship Awards 2019(China & Thailand)(2019年)
*本インタビューは2020年10月12日に行われたものです