なんと、本コンテンツ3年半ぶりの再開です!バーチャルシンポジウムとの連携により今後インタビューが増えていくと思われます。お楽しみに。
さて、第35回目の研究者のインタビュー。今回の研究者へのインタビューは青山学院大学理工学部教授の 長谷川美貴 先生です。
長谷川先生は金属錯体の光化学がご専門で、特に希土類金属という取り扱いが難しい元素を中心に、新規発光分子・発光デバイスの開発を展開されています。分子の開発にとどまらず、希土類元素を単分子膜やナノ粒子と組み合わせるという、ミクロな視点からマクロな視点まで通じた未開拓分野に果敢に挑戦し続けています。
独創的な研究は高く評価されていて、2020年現在は複合系の光機能研究会 第9期の会長や、材料科学につながる研究者を束ねたバーチャル研究所、未来材料化学デザイン研究所の所長なども務められています。また、化学啓蒙活動も大変活発にされている先生で、先生ほど研究と化学啓蒙を高いレベルで両立できる方は本当に少ないと思います。
第二回ケムステVシンポジウム「光化学へようこそ!~ 分子と光が織りなす機能性材料の新展開 ~」で基調講演をいただきます! タイトルは「未来に向けた希土類エレメント:発光を丁寧にうながす3つの工夫」!
よい機会でしたので、インタビューをお願いさせていただきました。多様な背景のChem-Station読者に光化学を紹介する第一人者として、本当に最適任な方ということがインタビューを通じて伝わると思います。それではインタビューをお楽しみください!
Q. あなたが化学者になった理由は?
ラッキーなめぐり合わせが続いたから。地学出身で小学校の校長だった母の影響で、幼い頃から漠然と理科の先生になりたかった。修士1年の時(小野勲教授・光反応物理化学)、隣の研究室の星敏彦教授(量子化学、分子分光学)から博士課程に来ないかと誘っていただき、かなり悩んだ。ここで不思議なエピソードがある。父(化学者)が私の愛読書「ふわっと宇宙へ」(毛利 衛 著)を持って同窓会にでかけ、帰ってきたら毛利先生(同じ研究室で父の後輩にあたる)のサインとともに本を渡してくれた。それはもう大感激!さらに、サインとともに「Reach to Stars!」とメッセージが添えられていた。これで、「星」先生に弟子入りすることを運命と受けいれ、化学者への道が始まった。博士課程の始まりは苦痛だったが、大らかで厳しい星先生の下でコーヒーと巨人軍の話題にも詳しくなり、ともかく続けていく中で、自由な発想が結構楽しくなったし、自分の性格に大学での研究が合っていると思い始めた。星研究室で4年間助手を勤めながら、自主的にウイーン工科大学のWolfgang Linert教授のもとに武者修行に通っていた。Linert教授の哲学に触れたのは私の人生観を大きく変える出来事で、自己肯定力を意識するきっかけとなり、中学校の先生ではなく大学で学生と研究をしようと心に決めた。その後、本学卒では初めてとなるPIとしてのポジションを預かり現在に至っている。
[amazonjs asin=”4022610220″ locale=”JP” title=”毛利衛、ふわっと宇宙へ (朝日文庫)”]Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?
今が必至過ぎて最近は考えたこともなかったです(笑)。強いて言うなら、大空を飛ぶ鳥。昔から自然の力をつかって空を飛びたくて、熱気球を自らミシンで縫って空を飛ぶことを夢見ていた。やがて自作は不可能と察し、旅行でニュージーランドに訪れたときに乗船、早朝から地上3000 mで空中散歩して、その夢はかなったということに。熱気球の原理は素晴らしいけれども、空を飛ぶのは簡単ではないことも学んだ(笑)。ブロッケン現象を見た時には、やっぱり空には別の世界があるんだ!と想像以上に感動した。私が鳥ならば、いつでもそういう風景を観に行かれるだろう。
Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?
一貫して、分子科学を駆使したエネルギー効率化を軸に研究を続けていきたい。研究室を立ち上げて10年間は、分子内エネルギー移動を理解するために希土類錯体に着手した。その後、その知識と独自に開発した分子を土台に、分子と分子の並びに起因する新しい光機能発現とそのマニピュレーションに主眼を置いて研究に取り組み始めた。今、ここです。例えば、分子配列による光の奇異な現象発現には希土類錯体が適している。例えば、ラングミュア-ブロジェット膜(LB膜:1935年くらいに開発された単分子膜を大気圧下湿式で固体基板に累積する方法)は、分子の配列をミクロにみると結晶よりも雑であるが、異方性を持っている。このため、マクロな機能としては、光吸収や発光に面偏光(直線偏光)を容易に発現できることが分かってきた。2006年に希土類錯体は有機分子の電子遷移モーメントがエネルギー移動により希土類の光吸収に転写され、その励起状態から希土類の偏光発光を促すことを世界に先駆け証明した。これは柔らかい分子膜が規則性と異方性をもって配列しないと生じない。この偏光発光の角度を変えられるような仕組みを理解すれば、素子になるだろうと期待しているところである。希土類の発光に寄与する電子雲は本来球体を保持しているので、偏光発光発現自体、この電子雲が歪んでいることを意味している。すなわち理学と工学の可能性を秘めた系であるのでとても期待している。仲間がどこにもいないので、ぜひ皆さん希土類のLB膜を始めてください。来年、研究室は20周年を迎える。あと5年くらいたったら「生命」をキーワードに次のフェーズに移りたいと思っている。人類の健康や平和にかかわる物質やヒントが、私たちの研究室から世の中で役立つ日が来たら嬉しい。
Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?
ココ・シャネル。新しいことを恐れない生き方や強い意志を保つ秘訣を学びたいので。シャネルは、洋服やジュエリーは手に届かないが(笑)、そういう点ではなく真のイノベーターだったところを尊敬している。女性のスーツもスティック型の口紅も、彼女は働く女性の所作の効率化をファッションとして初めて開発した。それまで、欧州の女性たちは仕事でもコルセットを巻きふわふわのスカートをはいて、口紅を塗るときは筆とパレットを両手で使う必要があった。この革新たるや、動きやすく、身支度しやすく颯爽と仕事に取り組めるようにしたのがシャネルである。しかも、こういった発明を独り占めするよりも、いろいろな人が真似することに心地よさを感じていたと本に書いてあった。現代ではメルセデスが開発したエアバッグについては、無償で特許を使用できる、というのと同じ発想だと思う。論文と同じように、他の人が広めてくれることで社会の潤滑油となる仕組みを早いうちから取り入れた度胸や度量やコンセプトは圧巻である。自身を信じて1番初めに誰もやっていないことを社会のために(あるいは社会に主張するために)本気で取り組む姿勢そのものも、社会に訴える強い力を感じる。彼女と行くレストランはやっぱりパリですかね。
Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?
新型コロナウイルス感染症の影響で、オンライン講義になったため、数週間前に講義でいつも演示している塩化コバルトのソルバトクロミズム、サーモクロミズムの実験をして、スタッフに撮影してもらった。私は合成のバックグランドが乏しいので、研究で必要な合成はスタッフと学生に任せています。研究としての実験は、2020年3月下旬(キャンパスがロックダウンになる直前)に新しく私が設計した外部試料測定用のアタッチメントの評価をするために発光スペクトル測定をしました。サイズ100 cm角くらいまでだったら測定できます。でも今人手不足で、簡単には共同研究しませんので、本当に必要だったらご相談ください。
Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。
難しい質問ですね。暑いところの砂漠の島だったら、魚料理の本とディズニー映画のサントラ。寒いところの砂漠の島だったら、ミヒャエル・エンデの「モモ」とエドシーラン「÷」。そういう隔離生活はちょっと憧れる。どうせならのんびりしてリセットしたい、という感じで想像しました。
[amazonjs asin=”4001141272″ locale=”JP” title=”モモ (岩波少年文庫(127))”] [amazonjs asin=”B01N4NR057″ locale=”JP” title=”÷(ディバイド)”]Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。
加藤昌子先生(北海道大学大学院理学研究院・教授)、石井和之先生(東京大学生産技術研究所・教授)、長谷川靖哉先生(北海道大学大学院工学研究院・教授)、森川淳子先生(東京工業大学・教授)、山中正道先生(明治薬科大学・教授)、キム ユナ先生(北海道大学電子科学研究所・准教授)。
関連リンク
- 青山学院大学 錯体化学研究室 長谷川研究室の最近の活動をゆるりと紹介しています。
- 青山学院大学 未来材料化学デザイン研究所 資源から分子を経由し素材になるまでの包括的視野にのっとって新しい物質を希土類と光をキーワードに開拓していきます。特に、発光性希土類ランタニド錯体の奇異な光化学の支配因子を解明し、ソフトクリスタルの界面制御による分子集合体の新たな光物性の開拓を目的とした研究を推進しています。
- 文部科学省科研費 新学術領域研究「ソフトクリスタル」 加藤昌子領域代表(北海道大学大学院理学研究院・教授)を筆頭にした、分子配列の規則性を保持したまま柔軟に外部刺激に応答し光機能変化をもたらす系の学術研究領域の創成を目指したプロジェクトに参画しています。
- AGU Research インタビュー記事が掲載されています。この内容は、近日中にブルーバックスのサイトから紹介されることになりました。]
- Chemistry International IUPACの季刊誌に、国際周期表年企画として“Elements of Sports: from IYPT2019 to TOKYO2020”と題しエッセイを寄稿しました。表紙にも選ばれました。
- 朝日小学生新聞「ハセミキ先生の科学なぜなぜな~ぜ???」 2020年4月から隔週火曜連載の企画に寄稿しています。
関連動画
2020年5月15日 第二回ケムステバーチャルシンポジウム「光化学へようこそ! ~ 分子と光が織りなす機能性材料の新展開 ~」より
長谷川教授の略歴
名前:長谷川美貴
所属: 青山学院大学 理工学部 化学・生命科学科 & 未来材料化学デザイン研究所
専門: 錯体の光化学
略歴:1970年東京都福生市に生まれる。1989年4月青山学院大学理工学部化学科に入学し、同大学博士前期課程および後期課程を経て1998年3月に博士(理学)取得。同年4月から青山学院大学理工学部物理化学研究室助手、2002年4月から専任講師として独立して同錯体化学研究室を主宰、2008年4月に准教授、2011年4月に教授に就任し現在に至る。この間、2008年に東京大学先端科学技術研究センター橋本和仁先生率いるプロジェクトに研究課題が採択され客員研究員を兼務。2008-2010年分子科学研究所客員准教授、ウイーン工科大学博士論文審査教授(2013および2016年)、2016年ストラスブール大学招聘教授、2018年ストラスブール大学客員教授を併任。2009-2016年 JST CREST「太陽光利用」領域アドバイザー、2011-2017年JSTさきがけ「分子技術」領域アドバイザー、2010-2012年 文部科学省研究振興局学術研究助成課学術調査官を兼務。2008年から国際純正応用化学連合メンバー、2017年から日本学術会議連携会員幹事。2020年から複合系の光機能研究会の会長。
*本インタビューは2020年5月7日に行われたものです