またまた久しぶりになってしまいましたが前回の竜田邦明先生から一転して、今回、第18回は若手の第一線を走る研究者として京都大学化学研究所の笹森 貴裕准教授にインタビューいただきました(第10回の若宮先生からの紹介です。)。笹森先生の専門は有機へテロ原子化学。不安定なゲルマニウム、スズなどの高周期元素間多重結合をサクサクとつくりだしてしまう化学者です。さらに合成したものの性質や、既存の知られている元素の多重結合との違いを詳細な研究により明らかにしています。一見マニアックに見えますが、「重くて悪いか!」と軽快かつ明瞭にその通常の多重結合との違いや、自身の研究意義を話してくれる笹森先生の講演をきけば、皆研究分野のみならず笹森先生のファンになってしまうこと間違い無しです。そんな、元素の気持ち知る「化学の職人」を目指す笹森先生はどうして化学者になったのでしょうか?いつもどおりそこから聞いていきましょう。
Q. あなたが化学者になった理由は?
一番の理由は、化学が好きだったから、です。
小さい頃から、学者と職人にあこがれていました。学者も職人も、自分は誰にも負けない自分の世界を一つ持っている、というところが格好いいと思いました。
幼少時、友達のお父さんが大工さんでした。この方は、普段はなんだか怖い雰囲気で話しかけにくいおっちゃんだったのですが、ある日、いすや机、犬小屋をあっという間に作り上げる姿を見ました。普段は怖いおっちゃんが、ものすごくキラキラ輝いていて、とても印象的でした。この体験が、職人「プロ」というのはすごい!という思いが芽生えたと思います。
そして、中でも「化学」に心が動いた何よりの決定打は、高校二年生の時の化学の先生(A先生)との出会いです。実は、中学生のとき以来ずっとお世話になっている恩師の先生(H先生)は、数学の先生で、強く影響を受けていました。人との縁を大切に、人としての礼節、など、人としての教育を大切にされた先生でしたが、そのH先生に教わっていた影響で「数学っておもしろい」と思うようになりました。とことんまでの合理性を追求する感じが「職人気質」を感じさせてくれたからです。それで、高校生になっても「数学職人」を目指そうと思っていたのです。・・・ですが、高校二年生でのA先生との出会いが私の人生を変えました。もともとH先生とA先生が仲良しだったことから、この出会いがあったわけで、やはりH先生は大恩人にはかわりないのですが。A先生には、とにかく実験の大切さを教わりました。毎週二時間続きの化学実験授業、とにかく実験結果を真摯に見つめることを教わりました。自然現象を観察するおもしろさに加えて、それを合理的に説明する化学、そして、その合理的な説明に基づいて、さらに新しい現象を引き出すことのおもしろさを、体感させてもらいました。高校三年生では、無機化学をA先生、有機化学を、A先生が慕う化学職人Y先生に教わる機会をもらいました。当時、受験シーズンで予備校では周囲の人々は問題集にがっついている中、Y先生もA先生も常に実験、実験。お陰で今でも化学の「問題を解く」のは苦手です。でも、確実に僕はこのお二人のおかげで、本当に化学を好きになることができ、「化学の職人」を目指す決心がつきました。
大学に入り、いよいよ卒業研究、研究室配属という時、迷わず有機化学の研究室に入ろうと思ったのは、高校時代にY先生に有機化学のおもしろさを教わったからです。それだけではなく、卒研の指導教官であった岡崎廉治先生の授業を受けたときから、この先生の下で研究したい、と思いました。すごく丁寧でそして詳細な授業でした。一番印象的だったのは、化学用語の使い方にかなり気を配っていらっしゃいました。後にお酒を飲んでいるときに聞いた言葉ですが、「専門用語というのは、歴史的な背景や、沢山の知恵をひとことで表現するためにできているのだから、それを間違えて使ったら正しい現象は見えないよ。」とおっしゃっていました。岡崎先生からも「化学職人」の気質を感じ、ますます化学研究の魅力にとりつかれたのだと思います。実は岡崎先生のご退職が近かったこともあり、研究室配属競争のライバルがほとんどいない、というのもこの研究室に決めた理由の一つでもあったのですが・・・(^^;
そして、岡崎研では、敬愛する川島先生との出会い、今もお仕えしている時任先生との出会い、こうして今の化学者としての自分がいます。
最初に「化学が好きだから」と理由を書きましたが、結局のところは、人との出会い、が理由だと思います。化学を大好きな人々に出逢って、その先生方のようになりたいと憧れをもった、というのが理由です。自然を観る大切さ、人とのつながりの大切さ、自分のプロ意識の大切さ、教わったこれらのことを忘れないように、日々研究しています。
今でも、たくさんの人との縁、出会いがあり、支えられています。いろんな人に助けてもらわないと生きていけない気がします。これまで出会いを全て書くと、Chem Stationのサーバーに負担をかけて「どれだけ画面をスクロールしてもおわりが見えない」状態になってしまうのでやめましょう。
Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?
化学者でなかったら、音楽家になりたいです。大学時代、合唱団に入っていました。鍵盤を弾けるわけでもなく、楽器もなにもできないので、「歌」を選んだのです。(←混声合唱団でたくさん女の子がいるかも?!という邪心もあった。)
この合唱団で出逢った指揮者のS先生との出会いは、私が芸術家と接した初めての機会でした。大勢の心に残る、感情を揺さぶることができる「音楽」というのはスゴイ力を持っている、と今でも思っています。S先生には、いまだに仲良くしてもらっていて、いまだに沢山のことを教わっています。結局私は人との出会いに影響を受けやすいのです・・・。
Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?
すべての元素の気持ちを知りたい、という研究です。
どうやって分子ができあがっているか、どうして原子が結合を作らなくてはいけないのか、どうして、結合を切らなくてはいけないのか。いろんな現象の多くは化学現象であって、なんらかの理由があって起きている現象のはずですから、その理由を理解したい。なにか理解するための共通の概念があるはずだ、という考えで、その答えを見つけるための研究(のつもり)です。いつの日か、それが理解出来れば、自分の思い通りの分子設計、思い通りの反応、どんなことでも思い通りにできるのではないかと信じています。「化学職人」になりたい、という研究・・・ってわかりにくいですかね。
展開・・・・?!あんまり考えていません。ただただ、理解を深めて、化学の世界を深めて、どんな依頼もこなす職人を目指します。 最終的には、すべての元素、化学現象の総合的な知識に基づいて、社会に役立つ物質の創製をめざしたいです。今抱えている社会の問題を、化学が解決できることはいくつもあるはずですから、その適切な方法を「すぐに」導きだせる、そんな化学者になりたいと思っています。
Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?
ラボアジェ、ドルトン、アボガドロ、など、どうして元素の存在を思いついて、原子、分子、というイメージが浮かんできたのか、考えの過程を聞きながら美味しいお酒を飲みたいです。
Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?
自分の研究室では2012年9月です。2012年10月から12月まで、ドイツのボン大学で実験をしていました。実際は、2012年9月の実験までは3年以上のブランクがあったのですが。9月の実験は10月以降の短期留学の準備です。低配位リン化合物の合成準備をしていました。10月〜12月は、低配位リン化合物の合成・単離を目指して実験していました。
Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。
マスターキートン(漫画)→ 砂漠の島でも生き抜ける知識が満載な気がします。
自分が歌ってきた合唱曲 → みんなで頑張っている感じを思い出して元気が沸いてきます。
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Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。
依光英樹先生(京都大学)、橋爪大輔先生(理研)、大須賀篤弘先生(京都大学)、岩本武明先生(東北大学)です。
笹森貴裕准教授の略歴
専門は有機元素化学、有機金属化学、有機へテロ原子化学。1997年東京大学理学部化学科卒業 、その後1997年大学院理学研究科化学専攻修士課程進学、 1999年修了。 1999年九州大学大学院理学研究科博士後期課程入学、2002年修了、博士(理学)2003年 京都大京都大学化学研究所助手、 2006年より助教を経て2009年より現職(平成21年)7月1日~現在 京都大学化学研究所准教授 (時任宣博教授)主な受賞は 2007年、2012年有機合成化学協会 研究企画賞、 2009年ケイ素学協会奨励賞、 日本化学会進歩賞(第59回)2011年 文部科学大臣表彰若手科学者賞