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日本人化学者インタビュー

第13回 次世代につながる新たな「知」を創造するー相田卓三教授

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代表のサボりで前回から長らく時間が空いてしまいました。この度、再び何人かの著名な化学者にインタビューをお願い致しましたのでこれからしばらく継続したいと思っています。

さて、研究者へのインタビュー(日本人化学者へのインタビュー)第13回目は、第5回目の浜地格先生からの紹介で東京大学大学院工学研究科の相田卓三先生です。相田先生は研究の「表現力」が大変豊かな化学者です。それは氏のプレゼンテーションにも溢れており、高分子化学という一見マクロな化学をバックグラウンドに武器としてもち、様々な光捕集デンドリマー、分子ペンチ、グラファイトおよびタンパク質ナノチューブなどというナノ世界の新材料の創造を成し遂げています。最近合成に成功したアクアマテリアルに関しては当サイトでも紹介させていただきました(記事:95%以上が水の素材:アクアマテリアル)。どうして化学者になったのか?そこから始めたいと思います。

 

Q. あなたが化学者になった理由は?

化学は得意な科目でしたが、化学の道に進むつもりは毛頭ありませんでした。なぜなら、当時、化学および化学産業は即「公害」だったからです。思いもかけなかった事情で「工学部の化学」に進んでしまったとき、「人生なんてこんなもんだよ」と達観せずにはいられませんでした。

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私は、学生運動がおさまった後のノンポリ世代(表現が古すぎる)で、その当時、「煩わしいことは抜き」という退廃的な雰囲気がキャンパス内に溢れていました。それでも、一年間全く勉強などしない退廃的な生活をすると、さすがに揺り戻しがあるもので、やめるか続けるかの選択を自分ですることになりました。結論は、本当に好きなのか嫌いなのかをはっきりさせるために勉強してみようーーでした。
次第に化学がおもしろくなり、4年生の時に物理化学の研究室に入りました。そこで、完全に自信を失い、再び迷走しそうになったわけですが、大学院で現職の大学に進学し、恩師である井上祥平先生と鶴田禎二先生に巡り会い、研究のおもしろさと醍醐味を教えていただきました。
博士課程に進学しましたが、それでも大学に勤めるつもりはありませんでした。しかし、博士課程二年の秋に小さいながらも「発見」に遭遇し、期せずして体が震える経験をしました。その瞬間、人生の方向が決まったように思います。
必要な実験を終了した後、朝帰りの自転車を運転しながら、これほどまでに自分を感動させることがあるなら、これからもこんな生活を続けたい、と強く思ったことを今でも覚えています。幸い、学位取得後に助手に採用いただき、今に至っています。人との出会いも含め、一歩間違えば、全く異なる人生が待っていたことは事実です。

 

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

Angewandte Chemieのインタビューに対して「高校の時は歯医者になりたかった」と書きましたら、ずいぶん反響(まじー?)がありました。
親戚に医歯薬系が多く、その中でもっとも楽ちんに見えた歯医者が自分に向いているかもしれないと、ナマケモノの習性として直感していたのかもしれません。
しかし、人の口の中をのぞいて一生を終わるような仕事(砂糖水を売って一生終わるのか?:はJobsがScullyをペプシから引き抜いた時に使った有名な台詞です)につかなくて良かった(自戒を込めて、あえてこのような表現にさせていただきました)と、今では思っています。

1984_jobs_and_sculley.

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Q.概して化学者はどのように世界に貢献する事ができますか?

最近「役に立つ」という言葉が若干誤解されていると思います。「私は世の中の役に立ちたいので企業に就職します」と威勢良く旅立っていく学生諸君が企業に入ってわかることは、「企業は営利追求団体だ」ということです。良いものが売れるわけではなく、これだと思って一生懸命開発したものが「高い」というだけで自社技術として採用にならないことは少なくありません。
一方、化学者としての活動は、文化、言語、地域を越えて、より多様な形で物質や原理に関する新たな価値を提案することだと考えています。そこには、本来、経済的な束縛は無いはずですので、良いと信じていることをとことん追求することができます。その結果、世界の不特定多数の方々から、直接的に、あるいは間接的にフィードバックをいただくことになります。これは役に立たない活動でしょうか?
惜しむらくは、化学で感動するのに、受ける側にも基本的な知識が必要になる場合が少なくない、ということです。絵画や音楽は人の直感に訴えますので、感動するのに基礎知識や経験を必要としません。これは大変うらやましいことです。

ちょっと一言:「すぐに実用になること」に高額の研究資金が流れる昨今の風潮に若干首をかしげています。それは既存の知識を組み合わせることなしでは達成しずらく、言い換えると、アイデア消費型の研究活動だといえます。もう後先ないならこれでもいいのですが、膨大な資源を消費している21世紀に生きる大学の研究者であるが故に、次世代につながる新たな「知」を創造する責務があると思うのです。「知」も消費するなら、何も残せません。

 

Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

F1レーサーのアイルトン・セナ

かAppleの創設者Steve Jobsです。理由は明確で、少なくともあるひととき、自分と同じ時代を生き、「不可能を可能にする瞬間」を身をもってみせてくれたことです。彼らが達成したことは、フィクションではなく、現実そのものです。「そんなこと、できるのか」といった不毛な議論をするのではなく、そのものずばりを見せることが最大の説得力であることを見せつけた点が、すごいですね。
但し、夕食をともにするチャンスをいただいても、食事がのどを通らないでしょう。

Ayrton Senna da Silva

Ayrton Senna da Silva

 

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

最後の実験からすでに20年以上たっていることは間違いありません。測定機器がアナログからデジタルに急速に移行した時代でして、測定装置の前で、操作方法が分からずにギブアップしたことを覚えています。

 

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

本や音楽は必要ありません。その希有な環境をそのまま楽しみたいと思います。

 

Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。

名古屋大学の八島栄次先生か東工大の彌田智一先生です。許されるならコテコテの「関西弁」にてご寄稿いただければと存じます。八島先生は、関西プロレスの「えべっさん」に関する造詣がとても深い方です。彌田先生は、友人の間では「組長」と呼ばれています。お二人とも破壊的な行動力を持っています。

 

将来展望のない日本の人材育成に関して

最後に番外編として現在の日本の人材育成に関しましてご意見をいただきましたのでご紹介いたします。

過日、某有名超一流サービス業の会長さんと食事をさせていただく機会を得ました。その中で、企業の採用に関して話が進みました。
会長さん曰く、「新入社員の30%は今や外国人で、25%が女性、残りが日本男子です。語学力だけでなく、元気度からどうしても外国人が増えてきています。女性も元気で、将来に向けたビジョンが比較的明確です。

一方、日本人男子は海外経験も少なく、英語力が今ひとつで、小粒。見劣りがします。弊社が日本企業であり、日本国内で日本人に活動の場を提供することが義務の一つであるとの意識が揺らげば、この比率はもっと変わってきます。大きなグローバル化の波の中、今そのボーダにたっています。企業ですので、これ以上はビジネス的に難しいとの判断にたてば、日本人新卒を好んで採用することは全くなくなるでしょう」でした。

新卒日本人学生を競って採用してきた日本企業。何色にも染まることが大事だとされてきた新卒の価値は、今や薄らぎつつあります。学生諸君にわびることなく、企業はその舵をかってに切ろうとしています。真の実力と豊富な経験こそがものを言う時代なのです。その大きな流れに日本の学生諸君はついていけるのでしょうか? 新卒の採用が60%に満たない時代に突入していますが、ライバルは、近隣のアジア人です。

テレビを見ていましたら、就活に向けたある私学の取り組みが放映されていました。内定をもらった学生が講師となり、これからの就活戦線に向かう後輩に模擬面接をするというものです。先輩の学生は、「靴は紐付きが望ましく、ネクタイの結び目にはくぼみが必要」などと細かくアドバイスをしていました。私は、思わずこの国の将来が心配になりました。その場限りのノウハウで運良く入社できても、企業への貢献度が低ければあっさり解雇される時代に、まだこんなことを、しかも大学が率先してやっているいという状況に唖然としました。

アップルやGoogleは、人気ソフトを開発したなどの破格の経験がない限り、新卒は採用しないそうです。本物とはなにか?ーー今その答えが日本の学生諸君に求められはじめています。今の企業に人材を育成する余裕はありません。手がかかると判断すれば、簡単に方向転換をします。日本は技術力なしではなりたたない国です。研究者・技術者を目指す理工系の学生さんは、世の中の身勝手な動きに振り回されることなく、本物を目指していただきたいと思います。それが自分の人生に納得しながら健康に生きる唯一の方法だと思うからです

 

関連リンク

 

相田卓三教授の略歴

takuzo_aida相田卓三

1956年生まれ。工学博士。1979年横浜国立大学卒業後、東京大学大学院工学研究科へ移り、1984年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京大学工学部助手、助教授を経て、1996年から東京大学大学院工学研究科教授となり現在に至る。2000年〜2005年までERATOプロジェクトリーダー、2009年より理化学研究所グループディレクター兼任。受賞歴は2009年日本化学会賞、2010年藤原賞、フンボルト賞、紫綬褒章をはじめ多数。

 

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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