第九回目は若手化学者の登場。これまでのインタビューで最年少者となります。第二回目の伊丹健一郎先生からのご紹介で、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻野崎研究室講師の山下誠先生(現・名古屋大学大学院工学研究科・教授)です。山下先生とは私的にもお世話になっており非常にアクティブな先生であり、昨年日本化学会進歩賞、今年はBanyu Chemist Awardを受賞している独立直前の注目研究者です。タイトルにもあるように「石油化学に変革を目指す」と大きな夢を持っています。それではインタビューを御覧ください!
Q. あなたが化学者になった理由は?
もちろん格好いいからです!自分の人生の中で化学者の格好良さ(=印象)は時と共に変わってきていますが。
小学校低学年の頃:「化学者=フラスコで怪しい液体を混ぜて新しいものを作り出す人」というイメージ。
小学校高学年の頃:「ジキル博士とハイド氏」を読んで高揚、?カッコいいじゃないか!と印象が変わる。
中学校の頃:ブルーバックスなどで低温物理と新しい元素の発見に関する本で興奮。
高校生の頃:化学の授業、単体Naによる水柱・無機定性分析・高分子合成・有機化学の溶媒抽出に心を奪われる。最終的にこの時点で化学者になることを決めました。
大学に入って以降は学部・修士・博士・ポスドクを経由している間に「どんな化学者になるか?」というイメージが変遷してきましたが、自分が将来化学者になる時のために現在何をやるか、を中心に考えて生きてきました。
Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?
今すぐ無条件で何かになれるなら間違いなく宇宙飛行士になります。理由は一つ、昔から憧れている宇宙に行きたいから。宇宙の神秘とかいう意味ではなく、単純に微小重力空間、大気圏外に身を置いてみたいだけです。
小さい頃から宇宙には興味がありました。ガンダムのプラモデルを作ったことはありませんが、スペースシャトルのプラモデルは作りました。宇宙に興味を持った理由は間違いなく、学研から出ていた「ひみつシリーズ」の「宇宙旅行・スペースシャトルのひみつ」という本の影響です。今でも東大に所属していることを良いことに、野口さんや山崎さんが東大を訪問する際は「休憩」をとって見に行っています。
実は2008年 度の宇宙飛行士公募も受けたのですが、残念ながらさすがに500倍の倍率は突破できませんでした。50/1000人までは行ったんですけどね。しかしこの時に最終合格した宇宙飛行士候補者の方、他の受験者、宇宙飛行士でもある面接官との対話は自分の中で良い経験となっています。
また、他にも裁判官や議員になってみたいですね。未だに裁判員の呼び出しがかからないのですが、早く行ってみたいものです。
Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?
最終的にはエネルギー面で石油化学の変革を起こすための均一系触媒反応の開発を目指しています。そのための手段として、ボリルアニオン類の化学の探索、熱安定性の高い新規錯体触媒の開発を行っています。
前者は、通常ルイス酸として利用されるホウ素化合物を、金属と強引に結合させることでルイス塩基として振る舞うホウ素化合物へと変身させる研究です。ホウ素配位子は非常に電子供与性が高いことが知られているため、ホウ素を有する錯体を用いて炭化水素の末端CH結合を選択的に官能基化することを夢見ています。
また、後者では多座配位子を有する錯体群が非常に高い熱安定性を有することを利用して、既存の触媒反応の超高効率化、複数段階の触媒反応の短工程化などを行っています。またこれらに加え、炭化水素の末端選択的官能基化などの超高難度反応の開発も視野に入れた検討を進めています。
今後の展開は上記目標に向かって近づくことが展開です。新しい展開があるとすれば、それは「石油化学の変革」に変わる目標を自分が見つけたときになると思います。現段階で頭の中には「石炭」をなんとかしたいという想いはありますので、そのうち・・・
Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?
化学者ではLinus Pauling, Herbert. C. Brown, Geoffrey Wilkinson, John K. Stilleですね。Paulingとは結合論について深く深く語りたいなあ。現代の我々は結合に対してまだまだ理解が足りないなあと感じていますから。H. C. Brownには自分たちの合成した求核的ホウ素アニオンを見せて、ホウ素の大家の意見を聞いてみたいです。求核的ホウ素アニオンはホウ素化学者なら誰もが一度は作りたいと考える化合物であったということを聞いていますし、自分たちが作ったものは確かにホウ素アニオンだがまだまだ多くの制限を 持つため、これの限界を超えるモノを作りたいということ、が理由です。
WilkinsonとStilleとは、彼らの死後、21世紀に知られた均一系触媒の最先端の知見を彼らと共有した後に、均一系触媒の未来とその可能性、について熱く語りたいと思います。
化学者以外であれば、Isaac NewtonとCarl F. Gaussを挙げさせてもらいます。大学生の頃、もしこれらの人々がいなかったら現代の生活を成り立たせるための全てのサイエンスが無くなるなあ、と考えてました。会えるならその時点で彼らが問題にしていたことを共有して一緒に問題解決を図ってみたいです。結局科学者になってしまいましたが、他の「いわゆる」歴史上の人物にはあまり興味がないかもしれません。
Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?
合成実験に関しては、三ヶ月ほど前にPd錯体触媒による有機化合物のカルボニル化を仕込んで全くうまくいかなかったのが最後です。測定については昨日含ホウ素化合物の単結晶X線構造解析を行ったことですね。
Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。
音楽だとHelloweenでしょうか。十数年前までならX Japanを選択していたかもしれません。私の音楽を聴く耳というのは、これらのグループの共通点でもあるツインリードギターに染まりきってしまっています。高校生の頃はモテたいがために自分でもギターを弾いていたので少しは耳が慣れており、今でも時々はツインリードギターを頭の中で分離して聴いています。(モテたのかどうかは聞かないように。)
本を選ぶのは難しいですね。師匠のJohn F. Hartwigが最近出版した”Organotransition Metal Chemistry:From Bonding to Catalysis”と言いたい所ですが、無人島に行ってまで化学はやらないと思うので、ここはあえて、神戸女学院大学文学部の内田樹先生の著書を読みつつ自分の人生と社会のことを考える、ことにします。
Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。
中尾佳亮先生@京都大学工学系研究科材料化学専攻
若宮淳志先生@京都大学化学研究所
中西尚志先生@物質・材料研究機構
春田正毅先生@首都大学都市環境
水野哲孝先生@東京大学工学系研究科応用化学専攻
宮脇敦史先生@理研
瀬川浩司先生@東京大学生産技術研究所
などでしょうか。最初の若い先生二人は近い分野におけるバリバリのやり手です。中西先生はお話したことはありませんが注目している若手です。春田先生と水野先生は自分が目指している工業触媒を最先端で研究している大家です。宮脇先生と瀬川先生は分野が違いますが、講演を聴いた時に自分の気持ちが熱くなってきた先生方です。
関連リンク
- 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻野崎研究室
- ボリルアニオン: 新しいボリル金属種の合成と性質(有機合成化学協会誌・要パスワード)
- 有機元素化学研究室(山下誠教授)名古屋大学大学院工学研究科有機・高分子化学専攻
関連動画
2020年5月1日 第一回ケムステバーチャルシンポジウム「最先端有機化学」より