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日本人化学者インタビュー

第七回 生命を化学する-非ワトソン・クリックの世界を覗く! ー杉本直己教授

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さて、前回から1ヶ月ほどあきましたが、今回は第5回目の浜地格先生のご紹介で、甲南大学先端生命工学研究所(FIBER)所長・甲南大学フロンティアサイエンス学部(FIRST)教授である杉本直己先生にインタビューを行いました。杉本先生は核酸およびその関連タンパク質を対象とした物理化学研究や、生命化学における分子クラウディング(Molecular Crowding)の研究の第一人者です。それでは御覧ください。

Q. あなたが化学者になった理由は?

私の世代は湯川秀樹先生や朝永振一郎先生に憧れていた最後の世代かもしれません。幸いに両先生の謦咳に接することができました。漠然と論理的な思考が好きで、応用指向の学問よりも真理を追求する純粋な学問が好きでしたから、理学部に進学しました。私が入学した当時の京都大学理学部は、学科制ではありませんでした。つまり、化学科とか、物理学科とか、生物学科には分かれていなかったのです。これも漠然とですが、物理が面白そうだなあとは感じていました。教養部時代(学部の1,2回生の時)に、ヴェルナー・ハイゼンベルグのところから戻られていた山崎和夫先生の「熱・統計力学」の講義を受け、分子レベルでの不思議な化学現象(例えば、エネルギー・ポテンシャルの障壁をすり抜けて反応が起こるトンネル現象など)に興味をもちました。この頃から、分子が集団として行う化学的現象を定量的(物理学的)に取り扱いたいと思い、物理化学者への道を歩み始めました。

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湯川秀樹と朝永振一郎

 

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

「何になりたかったですか」なら、小説家です。空想するのが好きですから。文才があれば、是非ともなっていたかったです。現時点で「何になりたいですか」という問いなら、やはり文筆家かなあ。小説もですが、随筆や評論を書いていたい。文学、科学、歴史、政治、宗教、スポーツ、音楽など森羅万象に関して、随筆や評論を書いて過ごせたらいいなあと思います。

 

 

Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?

核酸およびその関連タンパク質を対象とした物理化学研究を行っています。  ジェームス・ワトソンとともにDNAの二重らせん構造を発見した、フランシス・クリックは、遺伝情報の発現に関して「セントラル・ドグマ」と呼ばれる仮説を提唱しました。遺伝子情報の流れは、「DNA→RNA→タンパク質」の方向に進むというものです。この仮説から、RNAの塩基配列(コドン)とタンパク質のアミノ酸配列の対応が見出され、このRNAとタンパク質の関係は「遺伝暗号」、英語では「genetic code」と呼ばれています。教科書にもそのように記載されて、人口に膾炙されています。しかし、この暗号は、配列に関するのみの暗号であって、タンパク質の構造を規定するものではありません。タンパク質の高次構造を決めるものは何なのか。RNAの高次構造がタンパク質の高次構造を規定している可能性はないのか。配列におけるコドンのような構造規定ユニット(プロテイン・フォールディング・コドン、 Protein Folding Codon)がRNAの高次構造に潜んでいるのではないか。そのような新たな仮説を立てて、核酸とタンパク質の構造安定性のエネルギー研究を進めています。

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もう一つは、生命化学における分子クラウディング(Molecular Crowding)の研究です。化学の実験でよく使う試験管内の溶液状態と細胞内で行われる反応の溶液状態は大きく異なります。特に異なるのは、分子の濃度です。試験管内の生命分子(核酸やタンパク質など)の濃度は1g/L程度ですが、細胞内では数百g/Lにもなります。そのような分子が混み合った状態、分子クラウディングが生命分子の構造、安定性、機能などにどのような影響を与えるのかを研究しています。その成果として、分子クラウディング状態では、DNAの二重らせん構造は不安定化することが明らかになってきました。つまり、ワトソン・クリックの二重らせん以外にも、細胞内(核内)では重要な構造があるのではないかと感じています。このように従来の常識とは異なった、分子レベルでの生命現象を次々と発見しています。将来的には、細胞内での生命現象を、分子レベルで物理化学的に取り扱うことつまり定量的に予測できることが、理想であり目標です。

 

 

Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

煬帝、弓削道鏡、ニコラウス・コペルニクス、織田信長、ルネ・デカルト。悪人と呼ばれている人もいますが、全ての方が当時の常識の限界に挑んだ超非常識人です。その超非常識によって圧倒的な存在感を示した人と言ってもいいでしょう。  近代の科学分野なら、ウィラード・ギブス、ウイルヘルム・オストワルト、マックス・プランク、ライナス・ポーリング、フランシス・クリック。こちらも、当時の常識を打ち破ることにより、新しい科学の分野を拓いた人たちです。

 

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

最後ということではないのですが、一番印象に残っている実験は、米国のロチェスター大学でポスドクをしていた時の実験です。20歳代後半から30歳頃だったでしょうか。私が、物理化学から核酸化学に進出した時期でした。RNAが触媒機能をもつことが発見され、リボザイムと命名された頃のことです。発見者であるコロラド大学のトーマス・チェック教授がリボザイムの発現メカニズムを研究し始めた時期でもあります。慣れないバイオの実験の毎日でしたが、大腸菌の培養やゲル電気泳動など全ての実験が新鮮で楽しかった。定量的にリボザイムを解析できる研究者がいないのが幸いしたのか、チェックらよりも早く成果を発表できました。1988年のことです。翌年、彼はノーベル化学賞を受賞しました。

 

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

本なら、あらゆる歴史的事象が詳述されている大全集がいいですね。それも読みきれないほどの大部なものを希望します。音楽なら、60年代から70年代のヒット曲がいいです。グループサウンズ、演歌、フォークなど、一世を風靡した曲全てがほしいですね。島の砂浜で、のんびりと好きな音楽を聞きながら、温故知新の生活を送る。生死の問題や究極の孤独感を超越した、至高の一時になるような気もします。

 

Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。

性格ではなく、思考が個性的な方を紹介しましょう。私よりも若い方がいいと思います。浜地格先生(京大)は既に登場されていますので、馬場嘉信(名大)、三原久和(東工大)、塩谷光彦(東大)、深瀬浩一(阪大)、二木史朗(京大)、和田健彦(東北大)などの先生方でしょうか。これらの個性的な化学者が何と一同に介して、日本化学会の中に生命化学研究会を設立されたのは、十数年前です。化学界におけるエポックメイキングな出来事でした。

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杉本 直己教授の略歴

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甲南大学先端生命工学研究所(FIBER)所長・甲南大学フロンティアサイエンス学部(FIRST)教授。1985年京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。理学博士(京都大学)。1985年米国ロチェスター大学リサーチアソシエイト、1988年甲南大学理学部(理工学部)講師、1991年同助教授を経て、1994年より同教授。堀場雅夫賞(第1回、2004年)、ICA(International Copper Association)Distinguish Scientist Award(米国、 2005年)、兵庫県科学賞(2006年)、日本化学会学術賞(第25回、2008年)などを受賞している。

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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