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日本人化学者インタビュー

第二回 伊丹健一郎教授ー合成化学はひとつである

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第二回目は第一線で活躍している若手研究者として、筆者のボスである名古屋大学伊丹健一郎教授のインタビューをご紹介します。伊丹教授は「合成化学はひとつ」を合言葉に幅広い分子レベルのものつくりを展開されています。

Q. あなたが化学者になった理由は?

大学受験のときに自分勝手につくったロジックのためですね。  子供の頃の趣味はスーパーカーとレゴとスポーツでした。大学受験のときに将来の方向性を決めるとき、新聞などで「石油がなくなる!」という記事を読み、大変なショックを受けました。なぜならスーパーカーを乗り回すという子供の頃からの夢がかなわないかもしれないと思ったからです。いろいろと調べていくと、京大工学部に「合成化学科」という魅力的な学科があることを知りました。しかも、学科案内には「新しい物質を生み出す」とまで書かれていました。父の知り合いを通じて、京大合成化学科の研究が素晴らしいとの情報も伝わってきました。そして決心しました。合成化学科にいってガソリンに替わる新燃料を合成(レゴ)しようと。レゴも得意だし、体力もあるので、勉強ができなくてもどうにかなるのではないかと。さらに調子に乗って、その新物質は「イタミン」にしようとまで決めていました。受験と趣味の相互作用が生み出した自分勝手なロジックですが、本当にこうやって化学の世界に飛び込むことを決めてしまいました。  ただ、まずかったと若干後悔することは、このことを高校のクラスメートにしゃべってしまったことですね。余程強烈なインパクトがあったらしく、同級生の多くが今でも覚えていて、同窓会に行く度に「イタミンできた?」と聞かれます。当然、そんなものはまだ手にしていないので、同窓会に行きづらくなっています。

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新物質は「イタミン」をつくる

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

これは大変答えにくいですね。  今、大好きな「化学」と「学生」に囲まれた申し分ない環境にいますので、その他のオプションが考えられない状況ですね。ただ、同じような興奮が得られるのは、やはり「ものづくり」と「ひと」が決定的に重要な仕事でしょうか。こだわりのラーメン屋?すみません、今ラーメンが無性に食べたいだけでした。

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化学者でなかったらラーメン屋?

Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?

有機化学と合成化学を基礎と応用の両面から研究しています。「誰もがほしがる有機骨格を、誰もが望む方法で提供する」、「医農薬・複雑天然物や機能性有機材料をつくる」、「前人未到の有機骨格をビルドアップする」という課題に焦点を当てながら、分野横断型の合成化学研究を推進しています。  一見、有機化学全体にわたった散漫なイメージを与えるかもしれませんが、これにはこだわりがあって、敢えてこのような体制の研究室にしたいと思っています。「触媒の人」とか「材料の人」とか「天然物の人」とか、分野を細分化しレッテルのようなものを張るのがとにかく嫌いなんです。分野横断型の合成化学を志向するにはいいことが沢山あります。まず、様々な化学関連分野が抱えている合成化学の「問題」と「解決法」を共有できる強みがあると思っています。そして何より、このようなプログラムが、私を含めた研究室構成員全員の成長につながると信じているからです。そして、最終的には「合成化学はひとつである」という境地に実感をもって達し、合成化学の新パラダイム構築に少しでも貢献したいと考えています。

ちょっと格好つけましたけど、要するにいろいろな分子レゴをしたいだけですね。 参考までに以下を研究室のモットーにしています。 自然に感動し、分子を愛し、夢を語る、 有機化学者でありたい 人に感謝される、かけがえのない「ものづくりの匠」でありたい 分子をつなげ価値を生み、人をつなげ輪を生む、 研究室でありたい これが私たちの思いである うちの研究室ではこれを英訳(?)すると、Work Hard, Play Harder! となってしまいます。

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分野横断型の合成化学を志向

Q. あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

化学者をあげるならば、福井謙一先生、Robert B. Woodward先生、平田義正先生です。  福井謙一先生は大学受験で京大化学を目指そうと思ったもう一つの理由でした。その美しい化学理論(フロンティア軌道理論)はいつでも憧れの的です。ちなみに私の最も好きな本の一つは福井先生の「学問の創造」です。  Woodward先生の存在は、学部のときにフロンティア軌道理論とセットでWoodward-Hoffmann則を習ったときに初めて知りました。当時、説明できないがなぜか選択的に進行することが知られていた一連のペリ環状反応を見事に法則として体系化したWoodward-Hoffmann則に心の底から感動しました。その後、UV吸収におけるWoodward-Fieser則、数多くの天然有機化合物の芸術的全合成、フェロセンの構造推定、というWoodward先生の偉業を知り、正直あり得ないと思いました。数々の伝説を聞きますが、この目で確かめたかったですね。

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平田義正先生は、私が主宰させて頂いている名大・有機化学研究室の「大先生」です。どのようにして、かの有名な「平田スクール」をつくられていったのか。中西香爾先生(コロンビア大)、岸義人先生(ハーバード大)、後藤俊夫先生(名古屋大)、上村大輔先生(名古屋大・慶応大)、下村脩先生(ボストン)に代表される圧倒的にオリジナルかつユニークな科学者をどうすればプロデュースできるのか、その秘訣を知りたいですね。偉大なる研究教育者、私にとっては本当に「大目標」です。

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Woodward-Hoffmann則

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

実験ノートに記載してあるのは、3年前の実験が最後だと思います。私の研究室では毎年4年生が入ってくると2週間ほど練習実験をします。そのときにSuzuki-Miyauraカップリングをモデル実験にして仕込み、反応追跡、単離精製、構造解析などを一通り教え込むことをしています。以前は私も実験をして、「どうだ。僕に収率で勝てないだろ」といやらしいことをしていました。これが最後ですね。学生が単結晶をとれないとき、たまにちょっかいを出すこともありますが、成功率がかなり低いので最近はあまりやりません。尊敬する大嶌幸一郎先生(京大名誉教授)のようにできない自分が歯がゆいです。

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

Guns N’ Roses のAppetite for Destructionをもっていきます。小学生の頃からHard Rock, Heavy Metalばかりを聞いていました。高校生のときに出会ったAppetite for Destructionの衝撃は忘れられませんし、今でもたまに聞いています。私のGuns好きを知っている外国人のある教授には、Gunsグッズを見つけては私に送ってくれる人もいます。インタビューに答えながら思いましたけど、今ならアルバム1枚ではなく、iPodに全部入れてもっていくんでしょうね。

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Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。

同じ世代なら寺尾潤先生(京大准教授)や村橋哲郎先生(阪大准教授)、ちょっと上なら大井貴史先生(名大教授)や上杉志成先生(京大教授)や金井求先生(東大教授)、もう少し上なら浜地格先生(京大教授)、もっと上なら鈴木啓介先生(東工大教授)や八島栄次先生(名大教授)や藤田照典さん(三井化学取締役研究本部長)、ちょっと下なら若宮淳志先生(京大准教授)や山下誠先生(東大講師)ですね。勝手にお名前を挙げさせてもらいましたが、みなさん本当にユニークで熱い方ばかりです。

最後に私からのお願いです。私はChem-Stationの大ファンです。このサイトによって化学好きが増えていることは間違いない事実です。これを運営しているChem-Stationスタッフに心の底から感謝しています。そして、今後もずっとChem-Stationを通じて、化学大好きっこ、分子大好きっこを増やし続けて下さい。

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2020年5月1日 第一回ケムステバーチャルシンポジウム「最先端有機化学」より

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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