[スポンサーリンク]

ケムステニュース

紅麹を含むサプリメントで重篤な健康被害、原因物質の特定急ぐ

[スポンサーリンク]

 

健康食品 (機能性表示食品) に関する重大ニュースが報じられました。血中コレステロールを下げると謳っているサプリメントの服用者十数名に、腎疾患など健康被害が生じたことが明らかになったとのことです。

(2024年3月31日追記) 製品に混入していたカビ毒の成分が同定されました。ただし、本件の原因物質かどうかは未だ明らかになっておりません。)

紅麹問題に進展。混入物質を「プベルル酸」と特定か!?

(2024年9月18日追記) 厚生労働省は、腎毒性の原因物質がプベルル酸であることを特定したと発表しました。

【速報】小林製薬「紅麹」問題 原因物質は「プベルル酸」と特定 厚生労働省「複数の化合物で腎毒性を調査も確認されず」

Yahoo!ニュース 9/18(水) 14:17配信

厚生労働省資料

 

大阪市に本社がある「小林製薬」は、「紅麹(べにこうじ)」の成分を含む健康食品を摂取した人が腎臓の病気などを発症したことが報告されたと明らかにしました。
会社では「健康食品が原因となった可能性がある」として、この成分を含む3つの健康食品を自主回収するとともに使用を中止するよう呼びかけています。

会社が自主回収することを発表したのは、
▼「紅麹コレステヘルプ」、
▼「ナットウキナーゼさらさら粒GOLD」
▼「ナイシヘルプ+コレステロール」
の3つで、いずれもコレステロールや血圧を下げる効果を掲げた健康食品です。
会社の発表によりますとことし1月、「紅麹コレステヘルプ」を摂取した人が腎臓の病気などを発症したことが報告されたということです。
その後体調不良が報告された患者の数は13人に増え、このうち6人が入院が必要となったということで、一時、人工透析が必要になった人もいるということです。
会社によりますと、腎臓の病気を発症した人が摂取した製品には同じロットの原料が使われていて、分析の結果、想定していない成分が含まれている可能性があることがわかったということです。

NHK NEWS WEB 2024年3月22日の記事より引用

小林製薬「紅麹」摂取後の入院26人に 専門医「冷静な対応を」

「小林製薬」の「紅麹」の成分を含む健康食品を摂取した人が腎臓の病気などを発症した問題で、会社は25日、あらたに20人が入院していたことが判明したと発表しました。この問題で入院が確認された人はあわせて26人となりました。
一方で、名古屋大学特任教授で総合内科専門医の柴田玲医師は、「紅麹そのものが悪者というわけでは決してない」として、消費者には冷静な対応を呼びかけています。

NHK NEWS WEB 2024年3月26日の記事より引用

紅麹とは

麹菌には大きく分けて「黄麹菌」「白麹菌」「黒麹菌」「紅麹菌」「カツオブシ菌」の5種類があり、我々が摂取する味噌や醤油は黄麹菌から産生されています。一方、紅麹菌 (ベニコウジカビ、Monascus purpureus) という糸状菌を用いて米などを発酵させたものを紅麹と呼び、中国や台湾および琉球諸島において、紹興酒などお紅酒や豆腐ようなどの発酵食品の生産や食品添加物 (着色料) に利用されています。今回問題になっている紅麹には、血中コレステロール値を下げる成分が含まれており、サプリメントとしても日本や欧州で広く利用されています。

紅麹に関する注意喚起

紅麹を含むサプリメントに関しては、2014年頃より欧州において健康被害に関する複数の注意喚起がなされています。

欧州において、以下の注意喚起が行われています。

 「血中のコレステロール値を正常に保つ」としてヨーロッパや日本などで販売されている「紅麹で発酵させた米に由来するサプリメント」の摂取が原因と疑われる健康被害がヨーロッパで報告されています。EUは、一部の紅麹菌株が生産する有毒物質であるシトリニンのサプリメント中の基準値を設定しました。フランスは摂取前に医師に相談するように注意喚起しており、スイスでは紅麹を成分とする製品は、食品としても薬品としても売買は違法とされています。

紅麹を由来とするサプリメントに注意(欧州で注意喚起)- 内閣府食品安全委員会HPより引用

欧州で問題になったのは、カビ毒 (マイコトキシン) であるシトリニン (citrinin、下図) の影響です。

シトリニンは紅麹菌以外のカビ類からも産生され、詳細な機序は不明ですが、腎毒性 (腎細尿管上皮変性) を引き起こすことが知られています。また欧州が定めたシトリニンのサプリメント中の基準値 (0.2μg/kg体重/day) を下回る量の摂取においても、遺伝毒性や発がん性の懸念は払拭できないとされています。

しかしながら、今回の小林製薬の発表では、回収対象となった製品からはシトリニンが検出されなかったと報道されています。もともと小林製薬の中央研究所ではシトリニンに関する厳密な研究も行われており (関連リンク)、今回の騒動の原因物質である可能性は低そうです。

紅こうじ関連食品を巡っては欧州などで健康被害が相次いで報告され、有毒物質としてシトリニンの存在が知られているが、同社 (*筆者注: 小林製薬) の調査では原料からはシトリニンは検出されなかったという。

Yahoo!ニュース、3月22日掲載記事より引用

紅麹に含まれる薬理活性成分

さて、紅麹由来のサプリメントには、実際に血中のコレステロール値を下げる薬理活性成分が含まれています。それは紅麹由来ポリケチドであり、その主要な成分が「モナコリンK」と呼ばれる物質です (小林製薬バリューサポートHP)。モナコリンKは「ロバスタチン」とも呼ばれ、いわゆるスタチン系薬剤の一つに分類されます。スタチン系薬剤は、1973年、当時の三共株式会社の遠藤章によってメバスタチン (コンパクチン) が発見されて以来、同社を中心に精力的な研究が行われ、ロバスタチンは1987年にメルクから Mevacor の商品名で、初のスタチン系薬剤として発売された画期的医薬品 (ブロックバスター) です (ただし日本では未承認)。

スタチンは肝臓でコレステロール産生に関与する HMG (ヒドロキシメチルグルタリル) -CoA 還元酵素を阻害することで脂質異常症改善効果を示します (下図)。

現在までに多くのスタチン類が医薬品として上市されています。そのうち現在日本で承認・処方されているプラバスタチンやシンバスタチン (いわゆる第一世代スタチン) とロバスタチン (モナコリンK) の構造は特に似通っています (下図)。
ちなみに名前も似ているのは医薬品の「ステム (stem, 幹)」という薬効に従った語尾を付けているからでで、HMG-CoA 還元酵素阻害薬のステムは「バスタチン [-vastatin]」となります。

つまるところ、紅麹含有サプリメントに含まれるコレステロールを下げる成分は、外国では医薬品として承認されている成分の一つであり、その含有量は医薬品と比べ少量であるものが大部分であろうとは言え、強力な薬理活性を有するものになります。小林製薬の以外の製品でもモナコリンKの効果を謳っている商品は沢山見受けられ、使用については慎重になる必要があるでしょう。

そもそも敢えてロバスタチンと言わず、モナコリンKと呼んでいるのは、なんだか裏があるような感じがします。

モナコリンKは本邦でも使われているスタチンとほとんど同じ構造式を持っており、その副作用・有害事象や薬物動態もプラバスタチンやシンバスタチンと同様であることが予想されます。スタチンに共通する重篤な副作用として横紋筋融解症があり、筋肉痛、脱力感、CK上昇、血中及び尿中ミオグロビン上昇のこれに伴って急性腎障害等の重篤な腎障害が現れることがあるとされています。横紋筋融解症はスタチンと同効薬のフィブラート系薬剤を併用することで現れやすいとされており、昔は両薬剤の併用は禁忌とされていました (現在は「慎重に投与すること」となっています)。フィブラート系薬剤で脂質異常症を治療中の患者さんが紅麹サプリメントを手に取ってしまうことは充分考えられますので、同様の製品を購入する前には医師や薬剤師に相談する (おそらく止められますが) 必要があるでしょう。

またモナコリンKやシンバスタチンの代謝は主に肝臓の CYP3A4 によって行われますが、 この酵素はクラリスロマイシンなどの一部の抗菌薬やイトラコナゾールいった一部の抗真菌薬、そしてグレープフルーツジュースの成分によっても阻害されます。それらの薬剤やグレープフルーツジュースをモナコリンKと併用すると、効果や副作用が強く現れ、重篤な腎障害につながる可能性もあります。

原因となった成分は未知?

しかしながら、小林製薬の発表では、今回の回収対象となった製品について、“意図しない成分が含まれている可能性が判明し、現時点 (2024/3/22) でこの成分の特定や本製品の腎疾患等との関連性の有無の確定には至っておりません” と発表しています。もし原因物質が既知のモナコリンKであるとすればその分析結果はすぐに出るでしょうから、どうも今回の原因物質はモナコリンKそのものでは無い可能性が高そうです。すると何が予想されるかと言えば、独自に培養していた紅麹菌株が何らかの変異により未知のスタチン類縁成分またはカビ毒などを産生するようになってしまった、という可能性があります。また予期しない分解物や代謝物が生成している可能性もあります。成分分析は HPLC や LC-MS/MS など使って行われますが、未知構造の場合、例えばメチル基やヒドロキシ基が一個増えただけでも迅速な構造決定は困難です。おそらく今回の原因物質の同定にもかなりの時間を要するでしょう。

広がる影響

小林製薬の産生した紅麹は、他社に広く供給されていたことが明らかになりました。既に宝酒造の製品でも、自主回収が始まっています。

「紅麹」の8割、他社に供給 健康被害の恐れ、影響拡大も 小林製薬

小林製薬が、健康被害の恐れがあるとして自主回収を決めたサプリメントに含まれる「紅麹(べにこうじ)」を、他の食品メーカーなどに幅広く供給していたことが24日、分かった。 同社が生産している紅麹のうち、自社製品への使用は2割程度で、約8割は他社に原料として販売していたという。

Yahoo!ニュース 2024年3月24日掲載記事より引用

 

小林製薬の「紅麹」国内外の飲料や食品メーカーなど約50社に供給 原料使用の「日本酒や米菓子」で自主回収相次ぐ 影響拡大の恐れ 他社向け供給は2016年から開始

小林製薬の「紅麹原料」を使ったサプリメントを摂取した人に健康被害が出ている問題で、原料は生産する約8割が他社向けに販売されていたことが分かりました。販売先は国内外の飲料や食品メーカー約50社にのぼるということです。原料を使用する日本酒や米菓子などで自主回収が相次いでいます。

Yahoo!ニュース 2024年3月24日掲載記事より引用

 

宝酒造は23日、日本酒の「松竹梅白壁蔵『澪』PREMIUM<ROSE>」を自主回収すると発表した。原料に使っている紅麹(こうじ)について、供給元の小林製薬が健康被害の報告があったとして自主回収を始めたことを受けた措置。宝酒造は自社商品での健康被害は今のところ確認されていないとしている。

自主回収するのは「松竹梅白壁蔵『澪』PREMIUM<ROSE>」の750ミリリットル入りと300ミリリットル入りの2商品。期間限定商品として1月から全国で発売していた。対象の商品については着払いで同社まで送付するよう呼びかけている。

日本経済新聞、2024年3月24日掲載記事より引用

天然由来成分はサステナビリティの面から注目もされていますが、不意な変異による成分変化のリスクなどもあり、厳格な管理が重要であることは想像に難くありません。本件は天然由来の物質に関するレギュラトリーサイエンスの重要性が改めて認識できる一件であると考えられます。

原因物質の詳細が判明し次第、本記事も追って更新したいと思います。
* 2024/03/30 関連リンクを追加しました。

関連リンク

紅麹関連製品の使用中止のお願いと自主回収のお知らせ (小林製薬)
紅麹問題に進展。混入物質を「プベルル酸」と特定か!?

関連書籍

食品衛生法対応 はじめての食品安全: 本当にあった食品事故に学ぶ

食品衛生法対応 はじめての食品安全: 本当にあった食品事故に学ぶ

食品安全ネットワーク
¥2,970(as of 12/11 20:29)
Amazon product information
エッセンシャル食品化学 (KS農学専門書)

エッセンシャル食品化学 (KS農学専門書)

中村 宜督, 榊原 啓之, 室田 佳恵子
¥3,520(as of 12/11 20:29)
Amazon product information
医薬品のレギュラトリーサイエンス

医薬品のレギュラトリーサイエンス

豊島 聰, 黒川達夫
¥2,750(as of 12/11 20:29)
Amazon product information
Avatar photo

DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

関連記事

  1. 紅麹問題に進展。混入物質を「プベルル酸」と特定か!?
  2. 11年ぶり日本開催、国際化学五輪プレイベントを3月に
  3. DNAに電流通るーミクロの電子デバイスに道
  4. ヒアリの毒素を正しく知ろう
  5. 世界の中分子医薬品市場について調査結果を発表
  6. 田辺製薬、エイズ関連治療薬「バリキサ錠450mg」を発売
  7. 2009年10大化学ニュース【Part2】
  8. セントラル硝子、工程ノウハウも発明報奨制度対象に

注目情報

ピックアップ記事

  1. ノーベル化学賞、米仏の3氏に・「メタセシス反応」研究を評価
  2. 【十全化学】核酸医薬のGMP製造への挑戦
  3. 自律的に化学実験するロボット科学者、研究の自動化に成功 8日間で約700回の実験、人間なら数カ月
  4. Post-Itのはなし ~吸盤ではない 2~
  5. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑥
  6. 三菱化学、来年3月にナイロン原料の外販事業から撤退=事業環境悪化で
  7. sp2-カルボカチオンを用いた炭化水素アリール化
  8. 【超難問】幻のインドールアルカロイドの全合成【パズル】
  9. 積極的に英語の発音を取り入れてみませんか?
  10. カルベン触媒によるα-ハロ-α,β-不飽和アルデヒドのエステル化反応

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年3月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

早稲田大学各務記念材料技術研究所「材研オープンセミナー」

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下材研)では、12月13日(金)に材研オープンセミナーを実施しま…

カーボンナノベルトを結晶溶媒で一直線に整列! – 超分子2層カーボンナノチューブの新しいボトムアップ合成へ –

第633回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科有機化学グループで行われた成果で、井本 大…

第67回「1分子レベルの酵素活性を網羅的に解析し,疾患と関わる異常を見つける」小松徹 准教授

第67回目の研究者インタビューです! 今回は第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化す…

四置換アルケンのエナンチオ選択的ヒドロホウ素化反応

四置換アルケンの位置選択的かつ立体選択的な触媒的ヒドロホウ素化が報告された。電子豊富なロジウム錯体と…

【12月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスのエステル化、エステル交換触媒としての利用

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

河村奈緒子 Naoko Komura

河村 奈緒子(こうむら なおこ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の有機化学者である。専門は糖鎖合…

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初め…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP