[スポンサーリンク]

ケムステニュース

モナリザの新たな秘密が化学分析によって判明

[スポンサーリンク]

Leonardo da Vinci is renowned to this day for innovations in fields across the arts and sciences. Now, new analyses published in the Journal of the American Chemical Society show that his taste for experimentation extended even to the base layers underneath his paintings. Surprisingly, samples from both the “Mona Lisa” and the “Last Supper” suggest that he experimented with lead(II) oxide, causing a rare compound called plumbonacrite to form below his artworks.  (引用:10月11日ACS discover chemistry)

以前、レンブラントの名画、夜警について絵具の化学分析を行った結果を紹介しましたが、今回JACSにモナリザの分析に関する論文が発表されたので本ケムスケニュースで取り上げます。

レオナルドダヴィンチは有名な芸術家であり、今回の題材となったモナリザや最後の晩餐などの作品は、多くの人が名前を聞いただけでどんな絵画なのかを想像できるかと思います。そんなレオナルドダヴィンチの絵画の技法は、現代でも謎が多く重要な研究テーマとなっています。特にレオナルドの場合、画材に関する手掛かりはほとんど残されておらず、さらに絵画によって画材が異なることが分かっています。

モナリザについては、先行研究においてマクロXRFとX線分析によって鉛の色素が使われていることが分かり、また塗料の層の構成についても明らかになりました。

レオナルドダヴィンチの聖アンナと聖母子を分析結果。Pb3(CO3)2(OH)2と PbCO3の割合の違いによるPb3(CO3)2(OH)2の板状粒子の厚さの違いと変化(出典:Microchemical analysis of Leonardo da Vinci’s lead white paints reveals knowledge and control over pigment scattering properties

そして2007年には、モナリザの絵画の端から剥がれ落ちたサンプルを使って、断面のSEM-EDSによる分析が行われ、青色にはラズライト(Na7Ca(Al6Si6O24)(SO4)(S3)·H2O)由来と考えられるAl, Si, Kが検出され、黄色からはカルサイト(CaCO3)のCaが検出されました。Pbは白の下地層から検出され、Lead white(LW)が使われていることが示唆されました。このLWは、15から19世紀のイーゼル絵画で広く普及した塗料であり、大気中の酸や二酸化炭素、水、酸素などと長い年月をかけて反応することによってPb3(CO3)2(OH)2[HCer:hydrocerussite]とPbCO3 [Cer:cerussite]の結晶が合成されることが分かっています。そのためPbの化学種を調べ、芸術家がどのようなLWを使ったかを調べる研究が行われています。レオナルドの絵画についても近年いくつかの研究が報告されており、様々なLWが使われたことが分かっています。このような背景がある中、レオナルドが絵画で使用した塗料について新たな発見を目指してシンクロトロン放射光とFTIRを用いてモナリザに加えて最後の晩餐の下地層の調査を行いました。

サンプルはモナリザの右上、木製のパネルの境界から下地層の破片が採取され、欧州シンクロトロン放射光研究所のID22のビームラインで分析が行われました。得れたXRDパターンを分析するとHCeやCer, LWに加えて、Pb5O(OH)2(CO3)3:PNの組成を持つ鉛ナクル石が含まれていることが分かりました。このPNが検出されたことは筆者らは、イタリアのルネサンス時代の絵画においては検出されたことが無く予想外であるとコメントしています。

分析を行った破片(出典:ACS PressPacs

PNが安定的に存在するにはアルカリ性での環境が必要です。例えばThéodore de Mayerneは、油の乾燥を促進するためと暑いペーストを作るためにPbOを使用しており、このPbOがけん化によってカルボン酸鉛へと変化します。同様の化学変化がモナリザで起きていないかを確認するためにFTIRのマッピングを行いました。結果、大量の鉛石鹼分を含む高いケン価の油をレオナルドは使用したことが推測されました。この点についてレオナルドが残した文章の解読や最後の晩餐をはじめとした他の作品の分析によってPbOを油の乾燥のために使用したと筆者らは推定しています。

夜警の分析と同様に、鉛化合物について主に議論されており、鉛化合物が絵具として重要だったことを認識させられます。現在では画材の入手は難しくはないため、画家が自ら絵具を調整することは少ないと思いますが、本論文の通り昔は画家が独自のいろいろな調合テクニックを持っていたと想像できます。そしてその調合を検出される化学種から推測していることは、なかなか接点が無い芸術と化学を繋げており、興味深いことです。レオナルドダヴィンチの自画像は、荘厳ですが、化学実験のようにいくつかの原料を調合していたならば、親近感を感じてしまいます。今後の有名な絵画に関する化学的な調査の続報に期待します。

関連書籍

文化財分析 (分析化学実技シリーズ 応用分析編 7)

文化財分析 (分析化学実技シリーズ 応用分析編 7)

早川 泰弘, 高妻 洋成
¥2,750(as of 12/22 01:16)
Amazon product information
錬金術の歴史: 秘めたるわざの思想と図像 創元世界史ライブラリー

錬金術の歴史: 秘めたるわざの思想と図像 創元世界史ライブラリー

池上 英洋
¥2,600(as of 12/22 01:16)
Release date: 2023/04/12
Amazon product information

美術に関するケムステ過去記事

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 大幸薬品、「クレベリン」の航空輸送で注意喚起 搭載禁止物質や危険…
  2. 化学企業のグローバル・トップ50
  3. 住友製薬-日本化薬、新規抗がん剤で販売提携
  4. 「ニコチンパッチ」6月1日から保険適用
  5. 国際化学オリンピック、日本の高校生4名「銀」獲得
  6. <アスクル>無許可で危険物保管 消防法で義務づけ
  7. 112番元素が正式に周期表の仲間入り
  8. 支局長からの手紙:科学と感受性 /京都

注目情報

ピックアップ記事

  1. Aza-Cope転位 Aza-Cope Rearrangement
  2. このホウ素、まるで窒素ー酸を塩基に変えるー
  3. 根岸 英一 Eiichi Negishi
  4. 技術セミナー参加体験談(Web開催)
  5. 元素の和名わかりますか?
  6. クロスカップリング反応にかけた夢:化学者たちの発見物語
  7. iPhone7は世界最強の酸に耐性があることが判明?
  8. 保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発
  9. 小林 洋一 Yoichi Kobayashi
  10. ふにふにふわふわ☆マシュマロゲルがスゴい!?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年2月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
26272829  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP