[スポンサーリンク]

ケムステニュース

産総研で加速する電子材料開発

[スポンサーリンク]

産総研 マルチマテリアル研究部門の研究チームは、使用原料の種類・成形方法・焼結条件などの製造プロセス情報を用いて窒化ケイ素セラミックス焼結体の熱伝導率を高精度に予測する人工知能(AI)技術の確立に成功しました。 (引用:産総研プレスリリース12月22日)

産総研 新原理コンピューティング研究センターの研究チームでは、次世代の不揮発性メモリー SOT-MRAMの実用化の鍵となるアモルファスW-Ta-B合金を開発し、スピン流を高効率に生成することによって消費電力の大幅な低減に成功しました。 (引用:産総研プレスリリース12月27日)

本ケムステニュースでは、昨年末に産総研より発表された電子材料に関するプレスリリースを紹介します。

まず一件目は、窒化ケイ素セラミックスの熱伝導率をAIで予測する技術についてです。

鉄道や電気自動車、太陽光発電などでは、電気を直流から交流に変換する必要があり、その制御を行うのがパワー半導体と呼ばれる電子部品です。パワー半導体は発熱するため、放熱性が高くかつ絶縁性に優れた基板が使われており、材料としては窒化アルミニウムや窒化ケイ素などが一般的です。性能を左右する基板のパラメーターは、基板の薄さ、熱伝導率、絶縁破壊電圧であり、この研究では窒化ケイ素の熱伝導率について研究が行われました。

絶縁放熱基板の概略図と絶縁破壊(出典:産総研プレスリリース

窒化ケイ素の熱伝導率を向上させるには、高密度化や粒子サイズの増大化、不純物の除去などが効果的であり、焼結条件や焼結助剤の選択によってこれらを達成することができます。しかしながら、条件が少し異なるだけで窒化ケイ素の熱伝導率は30~180 W(mK)-1の範囲で大きく変化するため、線形回帰による予測例は報告されていませんでした。そこで本研究グループでは、産総研の実験条件(説明変数)と熱伝導率(目的変数)と論文から取得した実験条件と熱伝導率を使ってサポートベクター回帰を行いました。その結果、酸化イットリウムや酸化マグネシウムといった焼結助剤を組み込まない予測モデルを用いた場合は、決定係数(R2)が0.7未満とそれほど高精度の予測ができなかったのに対し、焼結助剤のパラメーターを組み込んだ予測モデルを用いた場合は、R2が0.8を超え、予測精度が向上することが確認されました。

熱伝導率の実測値と予測値の関係(a)焼結助剤の知見無し (b)焼結助剤の知見有り (出典:産総研プレスリリース

また説明変数の重要度について分析を行ったところ、焼結時間が最も重要であり、その次に焼結助剤と窒化時間が重要であることが分かりました。よって焼結助剤が熱伝導率の向上に対して一定の寄与があることが確認されました。

各説明変数の重要度 (出典:産総研プレスリリース

二件目は、メモリー材料に関する研究成果です。電子デバイスの省電力化が求められており、メモリー分野ではMRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)が有望視されています。MRAMは不揮発性のメモリーであり、待機電力を必要としないため省電力化が期待できます。しかしながら、商用化されているMRAMは超高速の動作(数ナノ秒以下の書き込み時間)を苦手としているため、超高速かつ待機電力ゼロの次世代型SOT-MRAMの実用化が切望されています。

微細配線上に記憶素子(MTJ)を載せた不揮発性メモリー SOT-MRAMの概略図と本成果の原子の様態 (出典:産総研プレスリリース

MRAMの高速化のカギは高性能な配線材料の開発で、より少ない電流でスピンホール効果と呼ばれる物理現象を起こし、スピン流を発生させる必要があります。これまでに種々の材料が開発されていますが、実用化に必要な電流密度と耐熱温度を両立できる材料はありませんでした。そこで本研究グループでは、これまで注目されてこなかったアモルファスの配線材料に着目しました。

配線材料の特性、とMRAM実用化に必要な性能 (出典:産総研プレスリリース

結果W-Ta-Bのアモルファス構造の合金では、結晶のβ-Wに匹敵する高効率のスピン流生成に成功しました。β-Wの場合、耐熱性が低く300 ℃以下の温度で変質してしまうので、半導体製造工程で壊れてしまいます。一方、この合金は350~400 ℃で熱処理しても変質や劣化が無いことが分かり、実際に400 ℃で熱処理したSOT-MRAM素子の書き込み動作に成功しました。

アモルファス(W100-xTax)-B合金のスピン流の生成効率。点線はβ-Wのスピン流の生成効率。b) SOT-MRAM素子の情報書き込み特性(出典:産総研プレスリリース

一件目のプレスリリースに関して、焼結助剤の知見による決定係数の向上には別の解釈が欲しいところですが、熱伝導率を線形回帰で予測したこの手法は、製造プロセスの研究にも役立つと考えられ、例えば特に限られた条件で成功/不具合が出る時にその原因究明に役立つと思います。二件目について、産総研では高性能化および素子アレイの集積化に取り組むとともに、開発された材料・素子技術の産業界への橋渡しを推進していくとのことで、この材料の実用化を期待します。これらの研究成果は、固体物性、応用物理に近い内容かと思いますが、背景や研究内容が理解しやすいと感じました。これからも材料研究のウォッチを続けていきたいと思います。

関連書籍

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 家庭での食品保存を簡単にする新製品「Deliéa」
  2. ノーベル受賞者、東北大が米から招請
  3. DNAに電流通るーミクロの電子デバイスに道
  4. NEC、デスクトップパソコンのデータバックアップが可能な有機ラジ…
  5. マレーシア警察:神経剤VX検出で、正男氏は化学兵器による毒殺と判…
  6. 信越化学、排水・排ガスからの塩水回収技術を開発
  7. 最も安価なエネルギー源は太陽光発電に
  8. 痛風薬「フェブキソスタット」の米国売上高が好発進

注目情報

ピックアップ記事

  1. 存命化学者達のハーシュ指数ランキングが発表
  2. スピノシン Spinosyn
  3. 光触媒で新型肺炎を防止  ノリタケが実証
  4. 第15回光学活性シンポジウム
  5. 【書籍】『これから論文を書く若者のために』
  6. エミリー・バルスカス Emily P. Balskus
  7. これで日本も産油国!?
  8. Classics in Total Synthesis
  9. ハメット則
  10. 新風を巻き起こそう!ロレアル-ユネスコ女性科学者日本奨励賞2014

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年2月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
26272829  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP