エーザイ株式会社(本社:東京都、代表執行役CEO:内藤晴夫、以下 エーザイ)とバイオジェン・インク(Nasdaq:BIIB、本社:米国マサチューセッツ州ケンブリッジ、CEO:クリストファー A. ヴィーバッハー、以下 バイオジェン)は、ヒト化抗ヒト可溶性アミロイドβ凝集体モノクローナル抗体「レケンビ®点滴静注200mg」「同500mg」(一般名:レカネマブ、以下「レケンビ」)について、日本において、薬価基準収載予定日である12月20日に新発売することをお知らせします。本剤は、日本において、2023年9月25日に「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」の効能・効果で製造販売承認を取得し、本日開催された厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会総会において、薬価基準収載および最適使用推進ガイドラインが了承されました。日本での発売は米国に次いで2カ国目となります。エーザイが本剤の製造販売元として販売を行い、エーザイとバイオジェン・ジャパンが共同販促を行います。
既に多くのニュースで取り上げられてきましたが、アルツハイマー病の画期的新薬レカネマブが米国に続き、日本でも承認され販売開始されました。さらに2024年1月9日には中国でも承認され (関連ニュース)、創薬における一大ニュースとして話題に尽きない状態となっています。
バイオ医薬に分類される本剤ですが、アルツハイマー病治療におけるパラダイムシフトとなる可能性を秘めた新薬ですので、是非ケムステでも紹介したく本記事を執筆しました。詳しい作用機序や適応などの解説は他サイトに譲りますが、創薬における一大ニュースとして是非興味を持っていただければ幸いです。
これまでのアルツハイマー病治療薬
アルツハイマー病は世界で最も罹患者数の多い神経変性疾患であり、老年期認知症の原因の半分以上を占める重篤な疾患です。2022 年までに本邦では、コリンエステラーゼ阻害薬 (脳内で減少したアセチルコリンの量を維持する) のドネペジル塩酸塩、リバスチグミン、ガランタミン臭化水素酸塩および NMDA 型グルタミン受容体拮抗薬 (異常に活性化した脳内物質受容体の働きを抑える) のメマンチン塩酸塩の 4 剤が治療薬として承認・使用されていましたが、いずれも症状を緩和するのみの対症療法薬であり、病気の進行を遅らせたり止めたりすることはできませんでした。下図に示す通り、上記 4 剤はモダリティとしてはいずれも低分子薬になります。
図1. アルツハイマー病の既承認薬の構造式 |
ところで、アルツハイマー病の原因とされる物質にアミロイドβというタンパク質があります。アルツハイマー病患者の死後脳では老人斑と呼ばれる病理所見が見られ、これは不溶性のアミロイドβが凝集し沈着したものであることが知られています。脳内にこの異常タンパク質が蓄積することで神経毒性を及ぼし、アルツハイマー病を発症するというアミロイド仮説が1990年代に提唱されて以来、アミロイドβをターゲットとした創薬研究が盛んに展開されました。主流なアプローチとしては、① アミロイドβを作り出す酵素 (β/γセクレターゼ) を阻害する方法と、② アミロイドβ自体を直接除去する方法、の2つにに大別されます。前者に関して 2023 年までに上市された医薬品は無く、開発は難航しています。一方、後者の医薬品としては 2021 年にアデュカヌマブ (アデュヘルム®) が FDA に条件付きで承認されました (ケムステ関連記事: アルツハイマー病に対する抗体医薬が米国FDAで承認)。しかしながらアデュカヌマブの効果に関しては疑問視する意見も多く、現在も条件付き承認のまま臨床試験を並行して行なっている状態となっています。またアデュカヌマブの承認申請は日本やEUでも行われたものの、やがて取り下げられました。
新薬レカネマブとアデュカヌマブの違い
アデュカヌマブは抗体医薬というモダリティに分類され、その名の通り抗体-抗原作用を利用し、目的の分子をピンポイントで認識する薬になります。この度承認されたレカネマブも同じ抗体医薬ですが、アデュカヌマブとはどこが違うのでしょうか?
アデュカヌマブは抗体としてのターゲット (抗原) が主にアミロイドβ凝集体であるのに対し、レカネマブはアミロイドβ凝集体のほか、その前駆体タンパクである可溶性のプロトフィブリル (分子量 75-5000 kDa) に強い親和性を有するとされています。実は近年、老人斑の主成分であるアミロイドβ凝集体よりもプロトフィブリルの方が強い神経毒性を示し、アルツハイマー病の発症や早期の進行に関与するとする説が主流になってきました。レカネマブはアミロイドβに加えてプロトフィブリルをターゲットとしその除去を促すことができます。そのため、発症早期の神経毒性を抑え、アルツハイマー病の進行自体を遅らせることができると考えられます。なお、このような作用機序の差は、薬効のみならず副作用にも影響している可能性があるとのことです。
アミロイドβ (Aβ) は、単量体 (モノマー)、小さな二量体及び三量体から、より大きなオリゴマー及びプロトフィブリルまでの可溶性 Aβ凝集体、そして不溶性のフィブリルと、さまざまな形態で存在する。このうち Aβプロトフィブリルがシナプス機能を障害し、神経細胞毒性を示すことが示唆されており、これがアルツハイマー病の進行に伴って臨床的に観察される認知機能低下、そして最終的には認知症を引き起こすと考えられている。
本剤は、アルツハイマー病の病理の一つである Aβのうち、毒性が示唆されている Aβプロトフィブリルに対して選択的に結合し、脳内の Aβプロトフィブリル及びアミロイド斑 (Aβプラーク) を減少させると考えられ、アルツハイマー病による軽度 認知障害及び軽度の認知症の進行抑制が期待される。
図2 アミロイドβの蓄積・毒性発現機序とレカネマブの作用点 レケンビ®点滴静注インタビューフォームを参考に作成 |
レカネマブの化学的側面
正式な一般名称はレカネマブ (遺伝子組み換え) であり、モノクローナル抗体を表す 「マブ (-mab, Monoclonal AntiBodyの略)」をステムとして持っています。 また商品名のレケンビ (LEQEMBI) は、『一般名であるレカネマブ (Lecanemab) と、健やかさ・美しさ (健美) をイメージした「QEMBI」を組み合わせて 「LEQEMBI」とした』とインタビューフォームにあります。分子式は C6544H10088N1744O2032S46で示され、CAS 登録番号 は 1260393-98-3、化学的本質は以下のとおりです。
レカネマブは、遺伝子組換え抗ヒトアミロイドベータペプチドモノクローナル抗体であり、その相補性決定部はマウス抗体に由来し、その他はヒト IgG1 に由来する。レカネマブは、チャイニーズハムスター卵巣細胞により産生される。レカネマブは、454 個のアミノ酸残基からなる H 鎖 (γ1 鎖) 2 本及び 219 個のアミノ酸残基からなる L 鎖 (κ鎖) 2 本で構成される糖タンパク質 (分子量:約 150,000)である。
モノクローナル抗体医薬は化学合成されるわけではなく、遺伝子組み換え技術を利用し培養細胞から産生されます。チャイニーズハムスター卵巣細胞 (CHO) を利用したモノクローナル抗体の産生は一般的な産生法であり、レカネマブに限ったものではありません。
レカネマブの薬物動態 – BBBの透過性に関して
レカネマブは糖タンパク質であり、剤形は必然的に注射薬となります。静脈注射された薬剤が標的部位である脳に到達するためには、血液脳関門 (Blood Brain Barrier; BBB) と呼ばれる構造体を透過する必要がありますが、一般的にタンパク質のような高分子はBBBを透過できないとされています。ではレカネマブはどのようにして脳並行するのでしょうか?
実はその機序は不明とされており、BBB を通過するように狙って設計されたわけではないようです。インタビューフォームにも、BBB通過性に関しては該当資料なしと記されています。しかし投与されたレカネマブのうちの 0.5% 程度が何らかの機序でBBBを通過し、薬効を発揮するとの報告があります[1]。ちなみに同論文では、アデュカヌマブの BBB 透過率は <1.5% とされていますが、こちらもなぜ BBB を透過するかは不明とされています。
臨床試験で観察されたレカネマブの副作用として脳浮腫や脳の微小な出血が12~17% 程度の割合で報告されていますが、これらの副作用はアミロイド関連画像異常 (ARIA) と呼ばれ、薬剤分子による BBB の破壊が関与しているとも言われています。同様の副作用はアデュカヌマブなど他のアルツハイマー病を適応とした抗体医薬にも認められているため、同様の薬剤の開発にあたっては避けて通れない問題と言えます。
レカネマブとアルツハイマー病治療薬の今後
画期的大型新薬として登場したレカネマブですが、課題は山積しています。まずは投与の対象となる患者数が非常に少ないことです、レカネマブの適応は早期アルツハイマー病の有病者のうち、受診、治療意思の確認、禁忌症の有無、認知症スコアによる判定、PETによる画像診断や髄液検査などを経て判断されますが、罹患者のおよそ 1 % 程度しか投与の対象とならないと言われています。さらに、投与しても完全に病気を止めることはできず、進行をある程度遅らせるに過ぎません。また先述の副作用の問題もあり、定期的な検査が必須となっています。
また高額な薬価も問題です。本邦では患者さん1人あたり年間約 298 万円 (体重50 kg 換算) 掛かるとされています。さらに 2 週間に 1 度、点滴静注のために通院する必要があり、副作用の検査も含め実質的な負担はさらに大きくなることが予想されます。しかしながら、アルツハイマー病の進行に伴う介護療養費といった社会的負担を考慮した場合、充分な費用対効果が見込めるとの試算もあり、薬価の高さだけで一概に使用可否を論じるのは現時点では難しいと考えられます。
さまざまな問題を孕みつつも、多くの専門家はレカネマブについて、アルツハイマー病治療の転換点となると期待を寄せています。提唱から30年以上経過したアミロイド仮説がようやく治療に結びつき、わずかでも進行を抑制できたということは神経変性疾患の創薬化学において注目すべき成果と言えるでしょう。
アルツハイマー病治療薬の開発はなおも続いており、例えばイーライリリーの開発したドナネマブという抗体医薬が2023年9月に日本で承認申請されています。ドナネマブはアデュカヌマブと同様にアミロイドβ凝集体を主なターゲットとしており、レカネマブとの差別化が期待されます。審査結果は 2024 年中には出るとの見通しです。他にもイーライリリーはレムテルネタグ (remternetug) という抗体医薬を開発中です。またエーザイは、 TREM2 と呼ばれる免疫関連受容体分子をターゲットとした新たな作用機序を有する薬剤の臨床試験を2024年に始めるとの報道がありました (https://www.traders.co.jp/news/article/1_1866235?rfr=yh、2024年1月2日閲覧)。
今後も罹患者数の大幅な増加が見込まれるアルツハイマー病、少しでも治療選択肢が増えるに越した事はありません。神経変性疾患創薬の一層の発展を祈ります。
*本記事の執筆にあたり開示すべき利益相反はありません。
レカネマブの臨床試験結果などについての参考サイト
・新薬情報オンライン – レケンビ(レカネマブ)の作用機序【アルツハイマー型認知症】