産業技術総合研究所は、2023年10月1日に新たに先端半導体研究センター(略称:SFRC)を設立しました。半導体は、私たちの生活のさまざまな場面で活用され、社会課題の解決や産業競争力強化になくてはならない存在になっています。経済産業省の「半導体・デジタル産業戦略」において、半導体製造基盤をわが国に確保するとともに、次世代技術の確立や将来技術の研究開発を推進する方針が明記されています。産総研はこれまでも、「次世代コンピューティング基盤戦略」を策定するとともに、戦略の目標実現に向けた研究開発を行ってきましたが、今回、これらの活動を加速し、わが国に先端半導体技術を確保することを目標に、当研究センターを設置します。 (引用:産総研プレスリリース10月1日)
今回のケムステニュースでは、産総研の半導体研究に関するニュースを紹介します。
産総研では研究推進組織として、大きく分けて7つの領域・総合センターに分かれて研究を行っていますが、電子機器に関連するデバイスとその製造技術の開発を行っているのがエレクトロニクス・製造領域です。このエレクトロニクス・製造領域の中には7つの部門とセンターがあり、その一つとして先端半導体研究センターが新設されました。
この先端半導体研究センターの特徴は、特徴は、研究開発、共用パイロットラインの構築、社会実装、人材育成を一貫して推進することとしており、研究開発においては、以下の五つの課題に重点的に取り組む予定だそうです。
(1)2 nm世代で実用化されるゲートオールアラウンド(GAA)構造の電界効果トランジスタ(FET)の基盤技術と先端構造技術の確立
(2)2 nm世代以降に向けた極限デバイス・材料開発
(3)微細化によらずに性能を向上する3次元集積技術
(4)最先端システムオンチップ(SoC)設計
(5)半導体製造の環境負荷評価およびグリーン化
それぞれの内容を見ていくとまず(1)について、半導体は構造を微細化することで性能を向上させてきました。パソコンやスマホの頭脳であるCPUはトランジスタの集積体であり、半導体の製造メーカーはそのトランジスタの微細化の世代をX nmプロセスと名付け熾烈な開発競争を行っています。微細化の手段として構造を小さくすることが一つ挙げられますが、同じ構造では小さくするにも限界がありますので、一定のサイズ以降の微細化には構造を変えて対応していきます。
トランジスタの初期はPlanar FET(Field Effect Transistor:電界効果トランジスタ)と呼ばれている平面の構造でしたが、2013年頃から新しい構造、FinFETの生産が開始され、最新のCPUにはこのFinFETが主流となっています。FinFETは各社細かな構造の改良を行っていて、初期と比べると大幅に小さくなっていますが5 nm世代ぐらいが限界と考えられています。
そこで、さらなる微細化を達成するために考えられている次世代の構造が(1)で挙げられているゲートオールアラウンド(GAA)構造で、この構造のトランジスタを量産するための技術開発を行います。
Sansungの技術紹介動画、FETの構造の変遷が示されている。
次に(2)2 nm世代以降に向けた極限デバイス・材料開発とは、(1)の先を見据えた研究を指しています。GAAが主流になった後は微細化によってGAAの性能向上が図られますが、Planar FETやFinFETで限界に行き着いて次の構造に移ったようにGAAでも限界が訪れた時に別の構造に移行すると予想されています。
そこで先端半導体研究センターでは(2)で掲げるように、少し先に量産となる技術にも世界の競争で遅れないように今から着手していくようです。
(3)は、(1)や(2)以外のアプローチから半導体の性能向上を図る研究です。例えば、IntelではPowerViaという技術を発表しています。これは、従来は動作に必要な電力線と信号線を基板の表面に配置されるものを、電力を裏面から供給するように構造を変えるものです。
先端半導体研究センターでも、微細化とは異なる改良を行う研究も行うとみられます。
(4)では、数の機能を統合したシステムをひとつの半導体チップ上で実現したSoCについて、高性能を発揮するための半導体の設計について研究するとみられます。(5)は半導体製造のサスティナビリティについての研究で、たくさんの電力と化学品を使って半導体は製造されており、それらが環境に与えている影響を評価し、低減するための方法を研究すると予想されます。
上記の活動は、産総研の共用設備や連携拠点である下記を活用して行われます。
https://youtu.be/jRWa_c82lKY
先端半導体研究センターではこのような設備を用いて、5つの重点課題における研究開発と企業への試作サービス提供、人材育成を一体として実施することにより、先端半導体のオープンイノベーションを推進する中核拠点となることを目指すそうです。
TSMCよる熊本での製造拠点建設やマイクロンの広島工場への拡張投資など、日本での半導体製造に明るいニュースがいくつかは発表されていますが、製造の主舞台は海外であるのが現状です。一方で2 nm世代の半導体量産を目標に掲げたラピダスが、国と主要企業から支援を受けて設立され、北海道の千歳市に建設準備が進められています。そもそも半導体製造装置や電子材料の分野では、日本企業の世界シェアは高いの現状です。このような状況の中、産総研にて半導体のオープンイノベーションを加速することは、各社の研究活動のサポートとなるため重要だと言えます。特に電子材料を研究する化学メーカーにおいては、製造ラインを自前で整備することは莫大な費用が掛かりますので、このような場を活用して競争力のある材料を開発してほしいと思います。
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