がん研究会がんプレシジョン医療研究センターの芳賀淑美主任研究員、植田幸嗣プロジェクトリーダーらの研究グループは、少量の抗体医薬品から8分間の分析時間で100種類以上の糖鎖構造を精密定量解析できる技術を開発しました。本研究は、株式会社島津製作所、がん研究会がん研有明病院薬剤部(濱敏弘部長(研究当時))の研究グループとの共同研究で行われました。(引用:11月8日がん研究所ニュースリリース)
日本電子株式会社が代表機関となり、2018年3月に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(以下「AMED」)と委託研究開発契約を締結した医療研究開発革新基盤創成事業における課題「タンパク質構造解析のハイスループット化へ向けた装置開発」において、計画通りに高速撮影可能なクライオ電子顕微鏡を開発し、当初目的を達成しました。(引用:10月28日AMEDプレスリリース)
理化学研究所、ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社、東京工業大学、日本電子株式会社、科学技術振興機構 の共同研究グループは、ビスマス系高温超電導コイル技術を用いることで、従来機と比べて約10分の1の重量に抑えた世界一軽量・コンパクトな超1ギガヘルツ(1ギガヘルツは10億ヘルツ)核磁気共鳴(NMR)装置の開発に成功しました。また、従来機では年間数百リットル以上を消費していた希少資源である液体ヘリウムの蒸発を、本装置ではゼロに抑えることに成功しています。(引用:10月25日JSTプレスリリース)
10月と11月に分析機器の開発に関するプレスリリースがいくつか発表されましたので、紹介させていただきます。
1件目は、糖鎖構造の超高速解析技術に関する発表です。開発の背景として抗体医薬品の発展があり、現在の医薬品販売額の上位には抗体医薬品が多くランクインしている他、750種類以上の抗体医薬品が試験中であり新薬研究も盛んに行われています。これらの抗体医薬品のほとんどはマイムノグロブリン(IgG)タンパク質で、重鎖のFc領域のアスパラギン残基(297残基目)に2つのN型糖鎖が結合しています。この糖鎖の構造によっては抗体医薬品の効果を増強されることが知られている一方、医薬品の製造で本来ヒトには存在しない糖鎖構造が付加されてしまうこともあり、それが安全性に影響することが問題視されています。そのため、抗体医薬品の効果や安全性を制御するために、糖鎖構造の解析は重要です。従来の糖鎖の解析では、HPLCやキャピラリー電気泳動、レクチンマイクロアレイ解析が使われていますが、処理速度や再現性、分析の深さの面で不十分でした。そこで本研究では質量分析を活用し、高速かつ定量が可能で高感度な糖鎖分析方法を開発しました。
具体的にSFC-MSでの分析を試みました。SFC(Supercritical Fluid Chromatography:超臨界流体クロマトグラム)は、超臨界状態の二酸化炭素を移動相に使用し、早い分離と高分解能を実現するクロマトグラフィーです。一方糖鎖の分析では、その低い溶解性により適用できていませんでした。そこで本研究では糖鎖をアセチル化し極性を下げることでSFC-MSでの分析を可能にしました。さらに高い感度と包括的な糖鎖のプロファイリングを両立するためにエレクシム法を採用しました。エレクシム法は衝突エネルギーのスキャンにより多段反応を調べる技術であり、定性的・定量的な糖鎖のプロファイリングを可能にしています。これにより糖鎖の各種イオンを検出することに成功しました。検出限界と定量限界は、それぞれ5 amolと10 amol (アトモル:10-18モル)となり従来法を大幅に上回る感度を達成しました。
いくつかの抗体医薬品を使ってSFC-MSとHPLCを比べても同じような結果を示し、低濃度においてはHPLCではピーク分離が難しいもののSFC-MSでは定量に成功しています。分析時間も他の手法と比べて大幅に短縮されていることが確認されました。
さらに抗体医薬品のロットごとの違いをSFC-MSで検出できるか試行しました。結果、ロットにより特定の構造の存在量が変わることを確認しました。さらに、5種類の抗体医薬品糖鎖プロファイルの主成分分析を行い産生細胞が同じでも、培養条件の違いなどによってそれぞれ固有の糖鎖プロファイルをもつことを確認しました。
結果、SFC-MSを用いて糖鎖構造の高感度、定量分析に成功しました。この方法は、蛍光標識を使用しないためシンプルでローコストな方法であり抗体医薬品の品質管理だけでなく新薬開発や細胞の基礎研究にも活用できるとしています。
2件目は、クライオ電子顕微鏡についてです。クライオ電顕を用いて単粒子像解析によるタンパク質分子の構造解析を高分解能で行うためには、タンパク質分子のクライオ電顕像を数千枚取得する必要があります。従来技術では、画像取得スループットは1時間あたり40~50枚であり、データ取得に数日を必要としました。そこで2018年3月に始まった医療研究開発革新基盤創成事業の課題「タンパク質構造解析のハイスループット化へ向けた装置開発」では、タンパク質構造解析のスループット改善を試みてきました。
具体的には、AIを用いた試料選別ソフトを大阪大学と理化学研究所SPring-8センターが開発し、試料移動後のドリフト量を低減させる新クライオステージを日本電子が開発しました。さらにデータ取得の新しいワークフロー開発が大阪大学を中心として行われ、電子ビームの高速制御によって試料ステージ側の移動を抑える方法を見出しました。これにより画像取得スピードとして毎時約1200枚を達成し、プロジェクト開始時に比べて約20~30倍の高速化に成功しました。今後は、クライオ顕微鏡を使用するユーザーから改善点についてフィードバックを得ながら装置およびワークフローのブラッシュアップを継続していくそうです。
3件目は、NMRについてです。NMRによる構造解析は、生命科学、医薬、有機化学、食品、材料科学といった幅広い分野で利用されていますが、より高感度での測定を目指しマグネットの開発が進んでいます。実際、過去数十年で発生できる磁場が著しく向上し2015年には、1.02 GHzの磁場のNMR装置が開発されました。その後も各国でより高い磁場を持つNMRの開発が進められていますが、1GHz を超える NMR 装置は、マグネットのサイズが大型かつ高価であるため、導入できる研究機関は限られます。そして大型のNMRほど液体ヘリウムを多量に使用・消費します。これらのことが、1GHzを超えるNMR 装置の幅広い社会実装へのボトルネックとなっていました。
本研究グループでは、高温超電導コイルの電流密度を高め、マグネット全体における高温超電導コイルの磁場配分を増やすことで、マグネットのサイズを小さくできることを検証しており、本研究ではマグネットをコンパクトしたNMR装置の開発を行いました。
開発では、マグネット内部の内層側に設置するビスマス系高温超電導コイルの電流密度を1.5 倍にし、マグネット全体における高温超電導コイルの磁場分担を 50%以上に増やしました。これにより高温超電導コイルの中心部には超強力な電磁力がかかりコイルが破壊されるリスクがかかりますが、耐えられるよう、高強度金属で補強された高温超電導線材を、緻密に整列させて巻く技術を開発しました。これにより大幅にコンパクト化を行い、1.01 GHzという高い磁場での運転にも成功しました。
さらに、低温冷凍機をNMRに搭載し、液体ヘリウム容器の内部を冷やす機構を設けました。これにより約二か月ヘリウムの液面は変化せず、ヘリウムの継ぎ足しが不要なことが確認できました。
実際にサンプルを測定したところ、良質な信号が得られており、本開発機が超 1GHz コンパクト NMR 装置として実際に NMR 計測に
使用できることが実証されました。
今後は、開発したNMRを用いて先端研究を進めるそうです。そして今回の開発で得られた知見を世界最高磁場NMRの開発にも活かし、1.3 GHzの達成を目指すそうです。
1件目に関して、この質量分析法をLC-MSに用いて他の糖鎖を分析することで、がんの診断精度を向上することにも成功しています。そのため、糖鎖の分析に対して広い分野での活用を期待します。2件目のプレスリリースでは、各研究機関が役割を明確に分担しそれぞれの成果を合わせることで撮影速度の高速化に成功しています。機器分析の改良は、分析機器メーカーにしかできないことだと考えていましたが、産学連携で分析技術の向上がなされており興味深いと感じました。3件目は、宇宙船のようなスケールだったNMRがよく見るNMRのサイズに大幅に小型化しており、インパクトがあります。ヘリウムの蒸発抑制は1 GHz以下のNMRにも応用できないか気になるところです。分析機器の高速化、高性能化を見ていると13年前のスパコンに関するあのやり取りを思い出してしまいますが、分析機器の性能向上はちょっとずつ進んで、ぼんやり見えていたのものがはっきり見えてくるわけであり、新しい発見のため、研究開発の加速のために分析機器の技術開発も産学連携で進める必要があると思います。