コンニャクの主成分のグルコマンナンを使い、1kg当たりたった2ドル(約250円)と安価でありながら1日に13リットルもの水を生成することが可能な新素材が発表されました。(引用:Gigazine5月30日)
人が生活していくうえで水は必要不可欠ですが、蛇口などから水を自由に使うことができる環境なのは、ほんの一部の地域です。今回は、どこでもきれいな水を得るために空気中の水分を凝縮させることができる新素材を論じた論文について紹介します。
まず研究の背景ですが、世界人口の3分の2は何らかの水不足を経験しています。これまでに水の脱塩と精製に関する技術については数多く研究されてきましたが、大気中の水分は淡水を得るための持続可能な別の水源であり、これを活用することで水不足を緩和できると論文中では主張しています。特に何らかの水源に依存する従来型の水精製技術と比べて、大気中から水を得るアプローチは地理学的や水文学的な環境に依存しないことが特徴です。
Atmospheric water harvesting (AWH:空気中水分採取)において、霧捕捉と露凝縮には高い湿度(90%以上)が必要で、地上の3分の1は年間湿度が40%以下で適しません。ゼオライトやシリカゲルといった多孔質吸着剤は、水分吸着能を広い湿度領域で示しますが、取り込み量は少なく、水の脱着には高いエネルギーを必要とします。吸湿性の塩として LiClやCaCl2,MgCl2は高い水の取り込みを低い湿度でも示しますが、水和による塩結晶の集合が不動態化を引き起こし反応速度論的な緩慢とAWHサイクルの減衰をもたらします。そのため、塩の構成を変えたりやMOFを使った研究が進められています。
別の方法としてポリマーゲルの活用が検討されており、高い水の保持能による低い湿度でも高い水の取り込み量や調節可能な構造とポリマー/水相互作用を示すことが見出されてきました。そこで本研究では、乾燥地帯でも水を抽出できるsuper hygroscopic polymer films(高い吸湿性の高分子膜:SHPFs)を開発しました。
SHPFは、コンニャクのグルコマンナン(KGM)とヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、塩化リチウムで構成されています。KGMによって階層的な多孔質構造が形成されており、これにより吸着剤の表面積を拡大し、素早い水蒸気の移動経路が形成されています。温度応答性ポリマーであるHPCは、ポリマー鎖と水分子の相互作用を制御し10分以内の水の放出を可能にしていることに加え、塩の集合を抑制しAWHサイクルにおいて安定的な水の吸着を保証しています。
具体的な実験結果に移ります。この高分子膜の作り方として、塩化リチウムをHPC水溶液に加えます。pHを調節したこの水溶液にKGM粉末を加えボルテックス後にペトリ皿で成型します。これにより、水素結合による自己集合によってKGM/HPCゲルとなります。そして膜を冷凍後、12時間フリーズドライにします。すると型から剥がせるようになり、そのまま使うことができます。
この膜をSEMで観察すると20-50μmのミクロ孔をもつことが分かりました。これは親水性のKGMによって形成したものであり、これにより表面積を拡大しています。膜厚を変えて水の吸着能を調べたところ100μmが最も多くまた早い吸着を示したため、本研究では100μmの膜を使用しました。
FTIRを測定したところ、SHPFのスペクトルには全てのKGMとHPCの特徴的なピークを含むことが確認され、二つが共存していることが分かりました。それと同時にOH伸縮振動に帰属されるピークの明らかなシフトによりKGMとHPCの間で水素結合が形成されていることも示唆されました。
XRD測定では、KGMのアモルファス構造とHPCの結晶とアモルファス構造が確認され、混合膜では、フラットかつブロードなピークに変化したことから二つの良い混和性が確認されました。塩化リチウムが加わったSHPFにおいては配合された塩化リチウムの濃度が低いため塩化リチウムのピークは観測されませんでした。上記のように潮解性の塩は水和によって性能を低下させるため、この塩化リチウムのSHPF内での分布は安定な水の吸着を示すと考察しています。
では実際に水蒸気の吸着能を評価しました。一定の湿度の空気をチャンバー内に供給しマイクロバランスで膜の重量変化を追跡しました。水の吸着能に関しては、SHPFはKGM+塩化リチウムと同等の性能が示されました。
SHPFに配合する塩化リチウムの量を増やしていくと取り込み量も増加しますが取り込み速度が遅くなることが確認されました。SHPFの最適化の結果、湿度15%で0.64 g g−1 、湿度30%で0.96 g g−1 、湿度60%で1.53 g g−1 の水を吸着し飽和取り込み量の80%に到達するまで67,36,28分それぞれかかることが分かりました。他の先行研究と水の吸着能について比較すると、調べた中では最も高い性能を示すことが分かります。
取り込んだ水は60℃というマイルドな加熱でも10分以内に70%以上の水を放出でき、これは最適化されたHPCの組成とpHによって達成されました。DSCによりSHPFの水の蒸発ピークは44℃とKGMと塩化リチウムの53℃より低くなっていることが確認され、HPCによって低い温度で大きな割合の吸着された水が蒸発することが分かりました。繰り返し性についても評価が行われ、湿度15%の場合、1日に14サイクル、湿度30%の場合、一日に24サイクルを行い安定した性能が示されました。
最後にSHPFを使用して水回収システムを試作しました。25 mm × 40 mmのSHPFをヒーターの上に置き、その上に45度の角度をつけてPCのCPUクーラーのようなコンデンサーを乗せました。水を回収する時には密封し壁にはヒータを取り付けて壁で結露が起きないようにしました。
このシステムで0.53 g g−1 (湿度15%) と 0.83 g g–1 (湿度30%)の水を回収し、含まれるリチウムも十分に低いことを確認しました。また3月にテキサス州オースティンにて屋外での実験も行われ、湿度が10.6から41.6%と低い環境でも水を回収できることを確認しています。
まとめとして、本研究では乾燥した気候でも大気中から水を回収できる新しい吸着材の開発に成功しました。KGMとHPCにより階層的な細孔構造が水の吸脱着を加速させ、加えてKGM/HPCのネットワークが潮解性の塩の集合を防ぎAWHのサイクルを安定化しています。吸着した水はHPCの親水ー疎水性の切り替えに支援されて13.3 L /kg日以上の水の収率を可能にしました。さらなる水の生産量を向上するためにはSHPFを複数層にしたり、垂直に配置することが想定されます。このようにSHPFは安価で非毒性かつバイオマス原料で構成されており、乾燥や水不足地帯において需要が高いAWHの技術的なギャップを埋める可能性があります。
冒頭の通り、川や海の水を精製して飲料水にする技術はメジャーですが、大気中から効率的に研究も進められていることは知らず興味深いと思いました。自然の水は環境によって全く異なり精製方法も多岐にわたりますが、大気から水を得る場合には、気温と湿度だけが大きな違いであり、一つのシステムでどこでも同じ水を得ることができる予想されます。さらに太陽光などで電気を得れば、水の生産を一つのシステムで完結できるかもしれません。世界の深刻な水不足を解決するためにこの技術の実用化に期待します。
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