積水化学工業株式会社の高機能プラスチックスカンパニーは、独自の高難燃樹脂(塩素化塩ビ)と繊維強化複合技術の活用により、高容量リチウムイオン電池の激烈な発火に耐える「難燃軽量シート」を開発しました。今後は、パートナーと共に試験販売に向けて開発を加速していきます。(引用:積水化学プレスリリース3月31日)
リチウムイオン電池は、現在の2次電池の主流として様々な電子機器に使われており、電気自動車においてもリチウムイオン電池が多く搭載されています。しかしながらリチウムイオン電池にはリチウムが電極としてに用いられており、何らかの原因で電池がダメージを受け取ると自然発火して火災に至る可能性があります。
電気自動車においても電池による火災は深刻で、事故による自然発火の危険に加えて、完全消火に手間と時間がかかることがわかっています。実際に2022年2月の自動車運搬船FELICITY ACE号の火災では、電気自動車のリチウムイオン電池が燃えていて消火を困難にしたとの情報もあります。このようにリチウムイオン電池においては高性能化だけでなく、安全性を高めることもニーズが拡大する中で求められています。
このリチウムイオン電池の安全性に対しては、無機鉱物含有シートや無機多孔質シートを使うことがすでに提案されていますが、重量が増えてしまったり、シートから無機の粒子が脱落したり、成形時の問題があると言われています。
そこで積水化学では、この問題に対して新たに樹脂繊維複合材料を開発しました。実際に開発した製品はガラスマットと塩素化ポリ塩化ビニルの複合材料で、電池パックカバーとして高い遮炎性と断熱性を持ち、そして軽量であることが特徴です。
実際に耐久試験を行ったところ、トーチバーナーの炎を7分当てても材料の表面状態は変形もなく穿孔もありませんでした。
また、電池パックを試作しセルを意図的に熱暴走させました。アルミの板の場合、セルが発火して2秒で火炎が噴き出ててきましたが、開発品では、火炎が噴き出ることもなく高い遮炎性が確認されました。
塩素化ポリ塩化ビニルの樹脂は溶融状態でも粘度が高く、高比率な繊維含有の複合材を作るには技術的な障壁がありましたが積水化学独自の技術で高比率繊維含有での複合化を可能にしました。
この材料に関する詳細な情報は公開されておらず複合材の詳しい製法は分かりませんが、積水化学からは、周辺技術の特許がいくつか出願されており、複合材以外にも塩素化塩化ビニル系樹脂自体の製法について開発が進められているようです。多くの特許において重合度や付加塩素化量に加えて、パルスNMRを用いて1Hのスピン-スピン緩和の自由誘導減衰曲線を測定し、その緩和時間で発明の範囲を設定しています。
具体的に特許出願2022-46776では、自由誘導減衰曲線を波形分離によってA:分子運動性が低く硬い成分、C:分子運動性が高く柔らかい成分、B:AとCの中間の成分の3成分に分け、これらの比率によって成形体の形状や強度に違いが出ることが示されています。塩素化ポリ塩化ビニル以外にも様々な樹脂についてバッテリーを保護する発明に関連した特許が多数出願(例えば2020-147734)されており、積水化学としては力を入れて開発に取り組んでいることが推測できます。
積水化学としてはこの複合材料に関して自動車向けの開発を進めていますが、将来的には住宅や航空機、発電所など様々な用途への展開を考えているようです。
簡単にプレスリリースの内容を紹介しましたが、電気自動車の普及が進む中で問題となる課題に対応する興味深い技術だと思いました。リチウムイオン電池より安全性が高い全固体電池の開発が進んでいますが、すぐに普及するとは考えにくく、当面はリチウムイオン電池が広く使われると予想されます。交通事故を防ぐ衝突回避や自動運転技術も世間では採用されていますが事故がゼロになることはなく、また事故以外の要因で電池が破損することはあるため、安全性を高める素材の開発は需要が高いと思います。この素材が広く採用され、バッテリーの安全性が高まることを期待します。