奈良県立医科大学 微生物感染症学講座の中野竜一准教授、矢野寿一教授、神奈川県立産業技術総合研究所の砂田香矢乃研究員、永井武主任研究員、石黒斉サブリーダー、東京工業大学 物質理工学院 材料系の山口晃助教、宮内雅浩教授の研究グループは、酸化銅と酸化チタンの複合体からなる抗ウイルス材料が、デルタ株などの新型コロナウイルス変異株も不活化することを実証した。また、抗ウイルス機構を解析した結果、暗所でも新型コロナウイルスのスパイクタンパク質と RNAが損傷し、白色蛍光灯の照射によって更にこれらの損傷が進むことがわかった。新型コロナウイルスがヒトに感染する際には欠かせない要素・機能であるスパイクタンパク質や RNA を損傷させられるため、本抗ウイルス材料は、今後出現の恐れがある様々な変異株にも有効であると考えられる。 (引用:奈良県立医科大学プレスリリース4月14日)
COVID-19の蔓延により、手指だけなくドアノブや手すりなど様々なところが頻繫にアルコールで消毒されています。そんな消毒の手間を省くことができるかもしれない抗ウイルス材料の研究成果が発表されましたので詳細を見ていきます。
2019年の終わりから続いているCOVID-19の流行ですが、ウィルスは飛沫やエアゾルによる伝播に加えて、公共の場所にある物の表面にウイルスが付着し、それを人が触って感染が広がることが判明しています。感染拡大を防ぐためにアルコールや過酸化水素、次亜塩素酸で身の回りの場所を拭くことが広く行われています。これは、これらの化合物がウイルスのタンパク質を変性させて無効化することができるからですが、蒸発したり分解してしまうため長い効果は期待できません。一方、抗ウイルス性の固体の化合物は、構造安定性がありコーティング剤としての利用が可能であるため、いろいろな材料が研究されています。特に酸化チタンを使用して光触媒の作用でウイルスを無効化させるアプローチは、毒性や経済性、安定性などの面から有望であると主張されています。ただし、ウイルスの感染する状況について考えると、人から人への感染が起こるのは密になりやすい室内であり、紫外光でのみ触媒活性を示す酸化チタンでは抗ウイルスの効果を十分に発揮できないことが予想されます。そこで本研究では酸化チタンに酸化銅を併用することを検討しました。酸化銅は、光触媒活性を持たないことは分かっていますが、1) 界面電荷移動メカニズムによって可視光応答性が上がる 2)CuxOナノクラスターにより暗所条件でも抗ウイルス効果を示すことを狙ってこのアプローチをとりました。
では実験に移ります。CuxO/TiO2 粉末は、TiO2をCuCl2 水溶液に加えて90℃1時間撹拌後、NaOHとグルコースを加え、洗浄とろ過を経て合成されました。TEMを測定すると100から200 nmの酸化チタンに数nmのCuxOナノクラスターが移植されているのが確認され、また種々のX線解析によってアモルファスの酸化銅であることも同時に確認されました。
紫外可視吸収スペクトルを測定すると、酸化チタンでは見られなかったブロードな可視光バンドが確認されました。400から500 nmの吸収については、酸化チタンの価電子帯から2価の銅の空軌道に電荷移動が起きているためであり、加えて500から600 nmの吸収については、酸化銅のバンド遷移、650 nm以降は2価の銅のd-d遷移によるものだとしています。先行研究では可視光吸収の中で青色光(400から500 nm)による界面電荷移動のみが光触媒酸化活性を持つことが確認されており、本研究においてもこのCuxO/TiO2に青色光を照射し2-プロパノールが酸化されることを確認しました。
次にSARS-CoV-2への不活性化の効果を調べました。CuxO/TiO2をエタノールに懸濁させ、ガラスに塗布し100℃15分で乾燥させました。この操作を二回繰り返すこと 5 cm角のガラス片に1.2 mgのCuxO/TiO2が塗布されました。このCuxO/TiO2塗布あり/なしのガラスにウイルスの懸濁液を滴下して種々の条件で放置しました。反応後、ウイルスを回収してプラークアッセイにて感染価を調べました。
結果、UVをカットした白色光では、CuxO/TiO2 を塗布したガラスでは2時間で測定限界までSARS-CoV-2の感染価が低下し、光なしの条件でも3時間で測定限界まで低下しました。塗布なしのガラスでは濃度が変化しなかったことからCuxO/TiO2 によってSARS-CoV-2を劇的に無効化できることが分かりました。
次にα, β, γ, δ変異株で同様の効果を調べました。 結果、変異していないSARS-CoV-2と同様に可視光では2時間で検出限界までウイルスの濃度が低下しました。酸化タングステンの光触媒活性でSARS-CoV-2を無効化する先行研究では、暗所条件では有効ではなく、可視光でも無効化の効率は本研究よりも低い結果となっています。性能以外にも酸化チタンの方が安定性も高いため、総じて酸化チタンをベースとした光触媒の方が利点があると本文中では主張しています。
酸化銅がウイルスを無効化するメカニズムについて、タンパク質の吸着だとする研究結果が報告されていますが、バクテリオファージQβによる結果であり、本研究ではSARS-CoV-2のスパイクタンパク質とRNAの変性に着目して調査を行いました。まずSDS-PAGEを時間ごとに行ったところ、コロナウイルスのスパイク糖たんぱく質とその容体結合ドメインを示すバンドのシグナルが低下していることが確認され、ELISAによる定量でも同様の結果となりました。
よってCuxO/TiO2 は光触媒の効果によってコロナウイルスのスパイク糖たんぱく質とその容体結合ドメインを変性させるだけでなく、暗所条件でも銅の効果で変性させることが分かりました。先行研究では、似たような変性が他のタンパク質でも確認されており、そのメカニズムは一価の銅の強い吸着による効果だと分かっています。そのため、本研究の暗所条件でも銅への強い吸着によってタンパク質が変性していると本文中では考察しています。
RT-qPCRによってRNAの定量においても上記と同様の結果になり、CuxO/TiO2 が SARS-CoV-2のRNAのフラグメンテーションを引き起こしていることが分かりました。
これらの結果をまとめると SARS-CoV-2の無効化のメカニズムは下記のようになり、早い段階でタンパク質の変性とRNAのフラグメンテーションが起きて無効化され、続く変性やフラグメンテーション、酸化によってウイルスは分解されることが示唆されました。
このメカニズムによれば、テストした変異株だけでなくオミクロン株といった他の変異種も無効化でき、コロナウィルスだけでなく、様々なウイルスを無効化できると主張しています。一方、このCuxO/TiO2 の毒性についてはエームズ試験を実施しており、リスクが極めて低いことを確認しています。
まとめとしてCuxO/TiO2 の SARS-CoV-2の無効化について調べました。結果として可視光照射下および暗所条件にて効果を確認し、それがスパイクタンパク質の変性やRNAのフラグメンテーションに起因することを確認しました。すでにこのCuxO/TiO2 は製品化されており、いろいろな場所でこの光触媒が活用されることが期待されます。
コロナウィルスが無効化される程度だけでなく、メカニズムまで実験的に検証しており興味深い内容でした。不特定多数の人が触るドアノブや手すり、つり革に塗布できれば大きな感染対策となると思います。一方、コーティングされたCuxO/TiO2 の物理的な耐久性が気になるところであり、抗菌の効果を保ちつつ長持ちするコーティング方法が開発されることを期待します。