[スポンサーリンク]

ケムステニュース

ウクライナ危機で貴ガスの価格が高騰、半導体業界も緊張高まる

[スポンサーリンク]

ロシアがウクライナを侵攻したことで、半導体用の貴ガスであるネオンの価格が急騰している。しばらく半導体の希少ガス需給に支障を来たさざるを得ない状況だ。 (引用:コリア・エレクトロニクス3月3日)

少し前はコロナウィルスのニュースがほとんどでしたが、現在はウクライナでの戦争の様子に代わってしまいました。この戦争は、日々の生活にも影響しており燃料の価格は上昇を続けています。そして半導体製造に必要な貴ガスの価格も上昇しているようです。本ニュースでは、その貴ガス高騰の原因半導体製造における利用について見ていきます。

今回の問題になっているのは貴ガスのうち、ネオンクリプトンキセノンです。実際に価格変化を見てみると、この三つのガスの価格は高騰しており、特にこの3か月での価格の上昇幅が大きいようです。ヘリウムも相変わらず高騰しており供給が不安定ですが、ヘリウムに関してはロシアからの供給は他国に比べると少ないようです。

韓国における輸入価格の変化(参考:コリア・エレクトロニクス

原因はこれらのガスの供給を多くをロシアやウクライナに強く依存しているからであり、ウクライナの企業ではこれらのガスの製造を止めているとの報道もあります。

韓国における輸入先の割合(参考:コリア・エレクトロニクス

ではなぜ、これらのガスの製造は両国に依存しているのでしょうか。これらのガスはヘリウムのように天然資源ではなく、空気中に微量含まれる成分を分留して純度の高いガスが製造されます。そのため、原理的には何処でも製造できるわけであり、空気を分留する装置、空気分離装置(air separation unit: ASU)は、日本を含む世界各国で純粋な窒素酸素アルゴンを製造するために稼働しています。

ASUでの分留の仕組み(2:13位から)

しかしながらこれらのガスが空気中に含まれる量は極めて少なく(Neで18.2 ppm, Krは1.14 ppm、キセノンは0.087 ppm)、大規模なASUでないと割に合わず、これらのガスを製造している拠点は限られています。また、その製造拠点がロシアやウクライナに多くあるのは歴史が関連しており、1980年代にソビエト連邦がこれらのガスを戦略的な資源としていたからです。ミサイルや衛星からの攻撃を防衛に有用なレーザー兵器を作るためにガスの需要があるとソビエト連邦は信じていました。そのため全てのASUにはネオンやクリプトン、キセノンを分離できるようになっており、加えて分離したこれらのガスを精製する設備もいくつか保有していました。

ソ連によるレーザー兵器と言えば、007のゴールデンアイを思い出します。

ソビエト連邦の崩壊後、ASUとしてはロシアとウクライナの鉄鋼業を支えましたが、ネオンの需要は低く1990年から2012年の間は回収したネオンは、精製されることなく大気に放出されていました。

ロシアやウクライナのASUは近年、老朽化して使用を停止したり、装置を更新してもネオンを回収できる設備を備え付けない場合もあり生産量は減少しています。さらに中国をはじめとした他国の大規模ASUでもネオンの分離が行われていますが、依然として大部分の供給をこの二か国に頼っています。

クリプトンとキセノンもネオンと似ておりソビエト連邦が戦略的な資源としてガスをASUから回収していましたが、その使用目的は宇宙事業でした。クリプトンとキセノンの場合ネオンほど集中しておらず、各国で分離と精製が行われています。日本でも分離と精製が行われています。しかし上記の通り、多くの供給をロシアとウクライナに依存しています。

ウクライナの製造企業に関して、Iceblick Ltdは一時期、ネオンの70%、クリプトンとキセノンの25%といった極めて高いマーケットシェアを持っていましたが、2016年にこの企業は解散となってしまいました。しかしその元社員が立ち上げたCryoin Engineeringによって製造が続けられており、貴ガスの大手グローバルサプライヤーの地位を守っているようです。

Cryoin Engineeringで開かれたJapanese culture dayの様子、写っておられる方が無事であることを願います。

ここからは、ガスの半導体製造における利用方法について見ていきます。ネオンやクリプトン、キセノンは、リソグラフィと呼ばれる感光性の物質を塗布した物質の表面をパターン状に露光する工程で使われています。露光には短い波長のレーザー光が必要で、アルゴンとフッ素(ArF:193nm)、クリプトンとフッ素(KrF:248nm)、キセノンと塩素(XeCl:308nm)、キセノンとフッ素(XeF:353nm)といったガスで発振するレーザー(エキシマレーザー)が使われています。

エキシマレーザーの仕組み

これらの貴ガスとハロゲンが結合した励起分子が基底状態に戻る際に光が発せられるわけですが、ネオンはその反応過程のイオン化に関与しています。原理的にはこの反応は可逆変化であるためガスは化学的に変化しませんが、ハロゲンガスは反応性が高く、ガスに極微量含まれる不純物やチャンバを校正する金属、ガスケットの不純物と反応しフッ化物を生成します。これがレーザーの出力低下の原因となるためガスは定期的に交換する必要があり半導体製造ではこれらのガスを大量に消費しています。クリプトンについては、リソグラフィ以外にもエッチングにも使われているようです。

貴ガスは化学的に安定であり反応に利用されることは稀ですが半導体製造においては重要なガスであり、このウクライナにおける戦争は、改善の兆しが見えた半導体不足をまた悪い方向にもっていくかもしれません。ニュースの報道では、住宅や原発、航空機までも破壊された様子が映し出されており、大変心が痛みます。工場の被害はあまり取り上げられていませんが、被害が少ないことが望まれます。そして何よりすぐに戦争を止め、これ以上の人的被害が出ないことを強く望みます。

関連書籍

[amazonjs asin=”4492444661″ locale=”JP” title=”新しい世界の資源地図: エネルギー・気候変動・国家の衝突”] [amazonjs asin=”4907002637″ locale=”JP” title=”リソグラフィ技術 その40年”]

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 梅干し入れると食中毒を起こしにくい?
  2. 結晶構造と色の変化、有機光デバイス開発の強力ツール
  3. トムソン:2007年ノーベル賞の有力候補者を発表
  4. 住友チタニウム、スポンジチタン生産能力を3割増強
  5. 盗難かと思ったら紛失 千葉の病院で毒薬ずさん管理
  6. ADEKAの新CMに生田絵梨花さんが登場
  7. MUKAIYAMA AWARD講演会
  8. 夏本番なのに「冷たい炭酸」危機?液炭・ドライアイスの需給不安膨ら…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり : ② 「ポスト・イット アドバンス」
  2. アメリカの大学院で受ける授業
  3. 【マイクロ波化学(株) 石油化学/プラスチック業界向けウェビナー】 マイクロ波による新事業 石油化学・プラスチック業界のための脱炭素・電化ソリューション
  4. 第二回 水中で超分子化学を探る-Bruce Gibb教授-
  5. 北原武 Takeshi Kitahara
  6. 細胞の中を旅する小分子|第二回
  7. ククルビットウリルのロタキサン形成でClick反応を加速する
  8. 産官学の深耕ー社会への発信+若い力への後押しー第1回CSJ化学フェスタ
  9. 大環状ヘテロ環の合成から抗がん剤開発へ
  10. タンニンでさび防ぐ効果 八王子の会社

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年3月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー