資生堂は、高い乳化安定性と使用感・効果感を高次元で両立させる、画期的な乳化技術の開発に成功しました。さらに、東京理科大学との共同研究により、世界で初めて本技術による乳化界面の撮影に成功し、本乳化メカニズムを解明しました。今回開発した新たな乳化法では、乳化剤が界面(油と水の境界)に扁平な「ナノディスク」という構造で存在することで、極めて安定な乳化粒子を形成します。また、ナノディスク構造が肌に塗布されると均一なコーティング膜に変化し、べたつきのない心地よい使用感と高い機能性を実現します。 (引用:資生堂プレスリリース1月25日)
1月に資生堂より乳化方法の開発に関するプレスリリースが発表されました。研究の詳細が掲載されていて、興味深い内容だったのでケムスケニュースにて取り上げさせていただきます。
企業がプレスリリースで新技術を紹介する場合、結果のみが紹介される場合が多いですが、資生堂のプレスリリースでは、このプレスリリースに限らず、背景や手法、今後の展望などを複数の図とともに紹介しています。そのため、化粧品開発に対する化学の寄与を知ることができる良い内容だと思い、過去のプレスリリースも併せて本記事でレビューします。
まず、乳化方法の開発に関してですが、化粧品には、化粧品として肌をきれいに見せるだけでなく、肌の健康を保てるようにすることも重要で、さらには塗布して不快にならないことや塗布しやすいことも求められています。そのため、パッケージの成分表を見ればわかる通り、様々な成分が配合されていて、それらを乳化によって系を均一に混合・安定化することが必要です。代表的な乳化剤として界面活性剤が挙げられ、その濃度が高いほど安定性が高まりますが使用感触が損なわれる傾向があるそうです。また化合物によっては乳化できない場合もあり、化粧品としての性能は高くなるものの安定化が障壁となり配合に制限がありました。
そこで、新たな乳化の方法としてベシクルを形成する界面活性剤を検討しました。すると、ベシクルを含む水溶液を油と混合すると油滴にベシクルが接近し、ナノディスクと変形して油滴に吸着することが分かりました。この構造は安定であり微量の界面活性剤でも極めて安定な乳化物を作ることが可能になったそうです。
この技術が活躍するのは、紫外線防御効果や機能性を持つ化合物を配合するのに必要なエステルや高級アルコール、高級脂肪酸溶媒を使用する時であり、従来は界面活性剤も溶媒に溶けてしまうという問題がありました。しかしこのナノディスクを形成する界面活性剤では、溶媒に溶解せずに油滴の表面に吸着し安定な乳化粒子を形成します。これにより溶媒を約3倍配合できるようになり、機能性成分をより多く、安定に配合できるようになったそうです。
さらにこの乳化物を肌に塗布すると界面活性剤が油層と肌表面の間に入り、逆に保湿剤などは肌に浸透されやすくなり、良好な使用性になったと報告されています。従来の技術では、大量のグリセリンを配合すると強いべたつきを感じるものの、このナノディスクを形成する界面活性剤では「べたつき」や「油っぽさ」「のびの重さ」が抑えられ、「みずみずしさ」「さっぱりさ」「はり感」などが感じられるようになったそうです。
この技術は、すでに製品に使われており最近発売された美容液やリキッドファンデーションに使われているそうです。
この技術が応用された新商品マキアージュ ドラマティックエッセンスリキッド
化粧品のような混合物が製品となる場合は、長期間保管しても製品が分離や析出・変色しないことは製品開発においては重要な条件です。性能が優れた試作品ができたが、安定性が悪く配合の変更が必要になることは良くあり、性能と安定性を両立する技術がキーになることもあります。乳化は比較的、不安定な状態であり、配合が少し変わると安定性も大きく変わってしまうと想像できます。そんな中、新しい乳化コンセプトのこの新技術は、配合条件を緩和できる貴重な技術だと思います。もちろん、自分は美容液やリキッドファンデーションは使わないので感じることはできませんが、どんなミクロの構造がどう使用感の違いに表れているのは興味深いところです。
このように資生堂のプレスリリースでは研究に対して丁寧な解説がなされており、技術者にとって興味深いプレスリリースとなっています。そのため過去のプレスリリースについて化学に関係した内容を見てみます。
紫外線を肌に良い作用をもたらす光へと変換する革新技術を開発
紫外線は肌に有害なものであることは広く知られていますが、この紫外線を逆に活用できないかと考え、光変換物質の探索を行いました。するとSpirulinaエキスと蛍光酸化亜鉛が可視光へ変換でき、かつ安全性が高いことが分かりました。実際に効果を調べたところ、表皮活性化効果や真皮細胞活性化効果、抗炎症効果があることが分かり、実際に肌に使ったところ紫外線による肌の赤みを抑制することが確認されました。
世界初のハイブリッド処方を採用した新価値の口紅を開発
コロナウィルスの影響でマスクに付着しにくいことが口紅には求められています。ドリンクのカップに色がつきにくい技術は開発されてきましたが、こすれが発生するマスクなどへの対応は課題が残されていました。そこで、口紅中の油分を改良し、容器の中では混ざりあっているものの、唇に塗ったり、唇をこすり合わせた時にコート油分と密着油分が分離する機構を見出すことに成功しました。これによりマスクへの色移りのしにくさと、みずみずしい透明感のある仕上がりの持続を両立させることができました。
スポンジ相を活用した革新的なクレンジングウォーターを開発
メイク落としとして使われるクレンジングウォーターは、一般的にミセルを形成する界面活性剤が使用されています。ミセルは洗浄後の感触は良いものの洗浄力に課題がありました。そこで、スポンジ相と呼ばれる界面活性剤の分子が網目状に集合する状態を作ることができる配合を検討しました。結果、スポンジ相を形成する製剤が従来よりも高いメイク落としの能力を持つことが分かり、クレンジング後の肌の感触についても高い洗浄力が反映された結果となりました。
世界初 ノネナールが肌ダメージを引き起こすことを発見
資生堂では、香りに関する基礎的な研究を1980年代から取り組んできており、1999年には加齢に伴い発生する特有の香り(加齢臭)の原因物質がノネナールであることを発見しました。この研究ではノネナールが肌に直接的にどのような作用を及ぼしているか明らかにしました。結果、ノネナールは表皮細胞にダメージを与えることが明らかになり、さらにノネナールに対するマスキング効果がある香り成分があるとこのダメージを抑制できることが判明しました。
世界初の成分アプローチ 粉末の特性を最大限に引き出す新技術を開発
ファンデーションやアイシャドウに水や汗への耐久性を持たせせるために粉体材料に疎水化処理を行うことがありますが、化粧品として液体に分散させるためには油や界面活性剤を使用する必要があり、それが原因で使用感や仕上がり、発色などが悪くなることがありました。そこで、疎水化処理粉末と保湿剤と水を特殊な方法で適切に配合することで油や界面活性剤に頼らずに水に分散することに成功しました。これにより粉体が本来持つ感触や艶、輝きなどを維持することができるようになりました。
もちろん、使われている化合物は明かされていませんが、少なくとも化粧品に関してどんな課題があり、それに対してどのようなアプローチで克服したのかを知ることができます。企業においてノウハウの保護は大変重要であり、コア技術を論文や学会で公開することは困難です。一方で、学会サイドからは、企業からも何か発表してほしいという声も耳にします。発表には自社の技術をアピールできるメリットもありますので、出し方を工夫して技術を発表する場を多くの企業が持ってほしいと思います。