岡山大学学術研究院自然科学学域(工)の渡邉貴一研究准教授と同大学院自然科学研究科博士前期課程の安原有香大学院生と同学術研究院自然科学学域(工)の小野努教授は、マイクロ流路と呼ばれる髪の毛ほどの細い流路内で油と水を混合した後、液滴を紫外光で固めるという簡便な手法を用いて、大きさのそろった多層構造のマイクロカプセルを連続的に調製する技術を開発しました。 (引用:12月26日 PRTIMES)
粒子径が数μm程度の球状で、内部に機能性の成分を入れて種々の刺激によって内部の成分を放出することができるマイクロカプセルは、柔軟剤や潜熱蓄熱材といった身近なところで活用されている技術です。今回紹介する論文では、簡便な方法で多層マイクロカプセルを調製することに成功しました。
まず研究の背景ですが、イオン液体 (ionic liquid: IL)を高分子にしたポリイオン液体(Poly(ionic liquid)s: PILs)は、イオン液体特有の高い熱安定性やイオン移動度と、ポリマーの特性である加工の容易性や粘弾性を併せ持つため、高分子電解質や触媒、センサーなどへの応用が期待されています。実用化においては、PILsを薄膜やファイバー、粒子といった応用に応じた形とスケールで作り出すことが課題であり、PILsの粒子の製法に関する研究が続けられています。具体的にPILsは、分散重合や懸濁重合、相分離によって合成されます。最近報告されたのは、冷却しながら相分離でPILのマイクロ粒子を合成する方法で、化学反応は必要なく、安定剤も含まれていないため大スケールでの合成に適していると考えられます。
話題は液液相分離というコロイドと界面化学の分野で研究されている現象に移ります。これは、水中に存在する高分子が相互作用により集合し、高分子を多く含む相と希薄な相の2相に分かれる現象で、複雑な構造を持つ高分子で構成された多数のエマルジョン液滴をワンステップの乳化で作り出すことができます。種々の研究内容のうち、3成分混合物を使って多数のエマルジョンを作る研究では、油、水、共溶媒で構成された溶液を水溶液にマイクロ流体デバイスで連続的に流し込むと両性溶媒が3成分混合物系外に出て、水系溶媒が中に入るため、多層のエマルジョン液滴が作られます。
この現象について、様々な3成分混合物で研究が進められており、最近になってGaoらがイオン液体を使った多層のエマルジョン液滴を報告しています。このアプローチはユニークであるものの、浸透圧で多層を作るには長期の時間がかかり、また多層を維持したたまま液滴を固化させるのはチャレンジであると本文ではコメントしています。
以上の研究背景を踏まえて、本研究ではマイクロ流体プロセスで液送し、液液相分離の現象でポリイオン液体の多層エマルジョン液滴を合成することを行いました。まず混合物の成分比率を変えて多層エマルジョンの形を観測しました。
- イオン液体:1-butyl-3-vinylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)imide ([C4vim][Tf2N])
- 溶媒:DMF
- 水:水
- 水溶液:水とPVA
結果、イオン液体100%から水とDMFの割合を増やしていくと、液滴が多層になることが確認されました。第一層目の液滴の直径は、多層化するにつれてだんだんが小さくなることから、特にDMFの水溶液への拡散が相分離を促進していると本文中では考察されています。加えて、の系では第一層目が形成される際にスピノーダル分解が起きて、周期的に次の層が液滴内に形成されているとしています。
次に時間変化を確認するために47.8%のイオン液体, 12.2%の水, そして40% DMFの割合で3成分混合物を調製し、多層のエマルジョンが形成する過程を撮影しました。混合液が水溶液に注入されると、DMFが液滴の外に、水が液滴の中に入っていくのが確認されます。浸透圧を利用した多層形成と比較して本方法はより明確に相分離がされており、イオン液体/水/イオン液体/水と交互に層が形成していることも蛍光スペクトルの測定から確認されています。
層の数が少ない配合の液滴形成も確認したところ、多層の条件ほど早い段階で2層目、3層目、4層目が形成されていくことが分かりました。3成分混合物に水が多く含まれているほど、液滴内でイオン液体を多く含む相と水を多く含む相とに分離するからだと考察されています。
続けて、イオン液体を高分子化してマイクロカプセルにするために、液相ノズルの15cm先で液滴にUVを照射しました。すると、液滴は透明から黄色に変化しました。光学顕微鏡とSEMで高分子化した後も内部の構造が層の数に関係なく保持されていることが確認されました。よって3成分混合物の配合によって自在に層の数を変えたマイクロカプセルが合成できることを確認しました。
最後に、マイクロカプセルがイオン交換可能かどうか実証するためにクロスリンクしたイオン液体を使ってマイクロカプセル調整し、LiBr溶液に17時間静置しました。イオン交換前後のマイクロカプセルを蛍光水溶液に静置し、蛍光顕微鏡で観察したところ、Brで置換された親水性膜のマイクロカプセルでは内部からも蛍光が観察され、分子透過性が制御できることが示されました。
まとめとして、液液相分離でポリイオン液体のマイクロカプセルの合成に成功しました。3成分混合物のDMFと水の割合を増やしていくことで層の数が増えることを確認し、スピノーダル分解によって素早く相分離が起きていると考察しました。UV照射によるマイクロカプセル化とそのイオン交換も可能であることが示され、機能材料に応用可能であることが示唆されました。
Supporting informationとして多層液滴形成の動画が公開されていますが、まるで生命のように膜が形成されていくように見え神秘的でした。自由自在に層の数を操れるということで、化合物を内包する応用の開発が期待されます。この研究成果では、秒単位で膜形成が完了し、化学反応や加熱なども膜形成に必要ないということで、不安定な化学種を内包して必要なところで解放することに活用できるかもしれません。無限の応用の可能性を秘めたマトリョーシカ微粒子の今後の発展に期待します。
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- 自己多層乳化を用いたマトリョーシカ微粒子の調製〜油と水を混ぜてすぐ固めるだけ〜:岡山大学プレスリリース
- Multilayer Poly(ionic liquid) Microcapsules Prepared by Sequential Phase Separation and Subsequent Photopolymerization in Ternary Emulsion Droplets:原著論文
- 岡山大学大学院自然科学研究科応用科学専攻界面プロセス工学研究室:発表研究室