2021年10月頃から韓国では深刻な尿素水(アドブルー)不足が発生しています。一方で、韓国での不足理由とは異なる要因で11月頃より日本でも尿素水(アドブルー)の品薄状態が発生し、実店舗やインタネット上では価格高騰が問題視されていました。そうしたなかで、2021年12月21日に経済産業省はTwitterにて「尿素の生産事業者に対し、最大限の増産を要請」をおこなったことを明らかにしています。 (引用:くるまのニュース12月22日)
韓国のアドブルー不足は深刻だったようで、トラックの運転手さんがポリタンクを持ってアドブルーの配給の行列に並んでいた写真を鮮明に覚えています。そんなアドブルーが日本でも不足気味になっているということで、尿素水のトラックにおける役割や製法、不足の背景、規格と代替使用の危険性について解説していきます。
尿素水の役割
役割の説明の前にアドブルー(AdBlue)という言葉について紹介します。アドブルーはドイツ自動車工業会(VDA)の登録商標名で、尿素水の品質を確保し、流通過程での混乱を避けるためにドイツ自動車工業会が世界的規模で一括管理を担っているようです。そのため、車用の尿素水=アドブルーという理解が広く知れ渡っています。アドブルーという名前の由来ですが、「先進」を意味するAdvancedと「青空」をイメージさせるBlueを組み合わせたものであると言われています。アドブルーそのものは無色透明の液体です。
尿素水の役割を一言で表すと、有害な排ガスの浄化です。エンジンで燃料が燃焼される際には、空気中の窒素も酸化されてNOやNO2(NOx)が発生します。NOxは人体に有害なので大気に放出する前に低減する必要があり、尿素はこれらを還元するために使われています。すべての車で尿素水が必要というわけではなくディーゼルエンジンを搭載する車で特異的に必要で、これはディーゼルエンジンはガソリンエンジンと比べて、NOxが多く発生しやすい燃焼の条件だからです。また、ディーゼルエンジンでもNOxの排出量が少ないように工夫されたエンジンや燃料でNOxを還元するシステムもあり、軽油を燃料とする全ての車が尿素水も必要としているわけではありません。自動車の排ガスの有害性に対しては、古くから問題になっており、世界各国は年々排ガスの規制を厳しくしてきました。そのため大型車の多くにこの尿素水を使った浄化装置が組み込まれています。
マツダ社SKYACTIV-Dエンジンと他社の廃棄低減技術の比較(6:15付近から)
TotalのYoutube動画にて還元の仕組みを詳細にまとめられております。
具体的な化学反応を見ていくとディーゼルエンジンから排出された廃棄ガスは、酸化触媒を通過しNOやCO、HCが酸化されます。NOxを分解するSCR(Selective Catalytic Reduction)触媒の後段にも酸化触媒は配置されていますが、SCR触媒で効率よく還元できるようにNOも適量NO2に変換しています。次にDPF(Diesel particulate filter)でススなどの粒子状物質が吸着されます。
2CO + O2 → 2CO2
HC (炭化水素) + O2 → xCO2 + yH2O
2NO + O2 → 2NO2
そして排ガスは尿素水が噴射される流路を通過します。排ガスの温度は高いため、尿素は加水分解を起こしてアンモニアに変化され、その混合ガスがSCR触媒で窒素に還元されます。
(NH2)2CO +H2O → CO2 + 2NH3
4NO + 4NH3 + O2 → 4N2 + 6H2O
6NO2 + 8NH3 → 7N2 +12H2O
NO + NO2 +2NH3 → 2N2 +3H2O
SCR触媒には、酸化チタン/酸化バナジウムや銅/ゼオライト、鉄/ゼオライトなどが使用されているようで、ゼオライトを使用する系では、そのBrønsted酸点にアンモニアが吸着し反応が進行すると考えられています。NOx分解後の排ガスは、再度酸化触媒を通過してアンモニアを分解し大気に放出されます。
尿素の製法と不足の背景
次に尿素の製造方法ですが、アンモニアと二酸化炭素を高温・高圧で反応させて合成されます。原料のアンモニアと二酸化炭素も天然ガスや石炭から作り出されるものであり、結局は燃料と同様に、地下資源が必要です。韓国の尿素水不足は、中国が尿素の輸出を禁止したからで、輸出禁止は、中国での炭鉱事故の発生で安全検査を強化したこととオーストラリアが外交問題がきっかけで石炭の輸入を中国が禁止したことが背景にあるようです。
尿素を輸入に頼る韓国とは異なり、日本では自国で一定量生産しているため外国の事情で供給が滞ることは考えにくいですが、尿素水を生産する大手企業のプラントが11月末に定期点検のために操業停止したため、自動車向け尿素水の供給が少なくなっているようです。
繰り返しになりますが尿素水は排ガスの浄化に使われるものであり、原理的には尿素水の有無に関係なくエンジンは回ります。しかし、NOxを多く含む排ガスが排出されるため、尿素水が不足していると走行できないように車体のシステムで制御されているようです。
尿素水の規格と代替使用の危険性
尿素はこの排気ガスの浄化の用途のほかにも、保湿クリームや肥料、凍結防止剤などに使われています。特に肥料としては尿素そのものが使用されていて、ホームセンターでも農業として普通に販売されています。
[amazonjs asin=”B071FZQZV5″ locale=”JP” title=”サンアンドホープ 尿素 2kg”]では尿素水が入手できないときに、農業用の尿素を水に溶かしてアドブルーを自作し、車に充填して使用することは可能なのでしょうか。結論から言うと、NOx浄化システムを壊す可能性があり、指定の尿素水以外は使用すべきではないと考えられます。排ガス浄化に使用する尿素水の品質は、JIS2247に定められており尿素の濃度や不純物の上限が決められています。
まず、尿素の濃度は目標値に対して±0.7%と厳しく設定されております。尿素の濃度の濃度が低いとNOxの転嫁率も悪くなりますし、冬場では尿素水が凍結する可能性も出てきますので、正確な尿素濃度がアドブルーには求められています。自作アドブルーで懸念されるのは金属含有量であり、CaやKなどを0.5 ppm以下にする必要があります。尿素水はインジェクターで高温の排ガスに噴射され、その混合ガスが触媒を通過するため、金属不純物はインジェクターを詰まらせたり、触媒を被毒させる可能性があります。そのため、水道水ではなく金属不純物が極めて少ない水を用意する必要があります。
尿素の合成方法を考えれば不純物が混入する可能性は低いものの、農業用尿素は試薬のように純度が保証されているわけではないので、使用には適さないと思います。車両の修理費用は一般的に高価であることも、自作したアドブルーを使用するリスクを大きくする要因であり、規格に準拠したアドブルー以外は使うべきではないと言えます。
すでにアドブルーの高額転売が始まっていますが、乗用車においては充填頻度は低く、カーディーラーではリーズナブルな価格で充填できたという声がネット上に挙がっています。問題なのはトラックやバスであり、排ガスも多くまた走行距離も長いことから、より多くアドブルーを使用します。人々の生活はトラック輸送なしでは立ち行かなくなっていますので、少なくともアドブルーを転売の商材にしてほしくはありません。
最新のニュースによれば、2022年1月中に国内供給量が平時の需要量を上回る見通しになるそうで、生活への影響はなさそうです。近年、国内数社でのみ製造しているものや完全に輸入に頼っている化学品が急激な変化で供給不足に陥るケースが頻繁に見受けられます。民間企業としては国民の生活が大事でも利益が少ない事業を続けることは難しく、何らかの政策が必要だと考えられます。国民の生活に支障が出ないように産業を保護するにはどんな方法があるのでしょうか。
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- AdBlue®とは:日本液炭紹介サイト
- 環境エネルギー材料合成特論:名古屋工業大学羽田 政明教授による解説スライド