イギリス・ケンブリッジ大学の研究チームが、80%が水にもかかわらず車にひかれてもたちどころに元の形状に戻るという「スーパーゼリー」を開発しました。このスーパーゼリーは、膝の軟骨の代替物として活用できると期待されています。 (引用:Gigazine 11月26日)
海外の興味深い研究トピックをいつも紹介されているGigazineより、ソフトマテリアルに関する論文が紹介されました。ケムスケニュースでは、化学的な内容を掘り下げてみていきます。
まず、スーパーゼリーについてですが、ポリマー化学の分野ではSupramolecular polymer networks (SPNs)と呼ばれていて、直線の高分子が非共有性の相互作用によって一時的に架橋結合するポリマーです。このような架橋の動的性質により、結合を犠牲にしてかかるエネルギーを分散できるため高い靭性や自己修復性といった特性を持ち、様々な分野での応用が期待されています。ただし、極めて高い圧縮力を受けた時の高い圧縮率と短時間で完全に直る回復性にはまだまだ限界があります。
SPNの研究において報告されているのは、ゴムのような非共有性のクロスリンクの解離が比較的早い系であり、それがゆえに動的な機械特性に制限があると本文中では主張しています。そこで筆者らではクロスリンクの寿命を長くすることで室温ではガラスのような振る舞いをし圧縮強度が向上すると考えました。
続いてSPNの化学構造について、この数十年でゴムのように動的なクロスリンクを示す相互作用が使われてきました。具体的に、クラウンエーテルやシクロデキストリン、ピラーアレーン、ククルビツリルといった大員環化合物は、SPNのクロスリンカーのホストとして活用されていて特に、ククルビツリルは高い結合親和性とゲスト分子の広い適用性により超分子系では広い範囲で使われています。以上のような背景から本研究では、ククルビツリル(CB[8])が介在する中でゲスト同士の相互作用を起こし、解離が遅い非共有性のクロスリンクを達成することでSPNの貧弱な圧縮率の克服を試みました。(構造は、下の筆頭著者のZehuan Huangさんのツイートを参照ください。)
では実験結果に移りますが、ゲスト分子を最適化するために、等温滴定型カロリメーターを使用して二次会合の熱力学と速度を調べました。
具体的な実験方法として、5FBVI(f 1-(2,3,4,5,6-perfluorobenzyl)-3-vinylimidazolium bromide)とCB[8]のホストゲスト分子に対して種々の第二ゲスト分子を加えていき溶液の微小な温度変化を測定しました。結果、Benzyl vinylimidazolium (BVI)を基準として2-napthylmethyl vinylimidazolium (NVI)が極性π相互作用によって非常に高い速度安定性を示すことが確認されました。(データは、下の筆頭著者のZehuan Huangさんのツイートを参照ください。)
次に実際にSPNを下記の手順で合成し流動学的性質を調べました。
- アクリルアミドと、ホスト-第一第二ゲストで構成されるクロスリンカー、光重合開始剤(I-2959)を水に加えて10分間超音波処理
- 30分窒素パージにより脱酸素
- 型に流し込んで6時間UV照射
- 型から取り出して評価機器に応じてカット
結果、NVIはBVIと比べてより弾性のあるネットワークであることが示されました。
最後に圧縮性を評価しました。93%まで圧縮するのに必要な力をSPNごとに調べたところ、NVIを使用した場合が最も高く最大で1.04 GPaになることが分かりました。さらに、荷重を変えたり、繰り返し荷重をかけたりした実験を行うことで、塑性変形や自己回復性を示すことが確認されました。
“Slow means strong”: key to designing glass-like supramolecular aqua-materials.https://t.co/zcMlFirRel#Supramolecular #Polymer #Chemistry #Hydrogel pic.twitter.com/91cdMiAAj0
— Zehuan Huang (@ZehuanH) November 29, 2021
またデモンストレーションとして車の車輪で押しつぶしたり、ラボジャッキで挟んで人間が乗って押しつぶしたりしていますが、すぐに元に戻ることが確認されています。
Researchers have developed a jelly-like material that acts like an ultra-hard, shatterproof glass when compressed and can completely recover to its original shape, despite its high water content, according to a @NatureMaterials paper. https://t.co/hwZMVBpqC6 pic.twitter.com/CavWNHk21y
— Nature Portfolio (@NaturePortfolio) December 3, 2021
結果として、遅い解離を示すことを、非共有性のクロスリンカーで実現し、93%の圧縮に1.0 GPaの力が必要な極めて高い圧縮力を持ちながらも室温で自己回復できるポリマーの開発に成功しました。この研究の応用として人工筋肉や組織工学、ソフトロボティックス、ウェアラブルバイオ電極など、無数に考えられるとしています。
オリジナルの論文はオープンアクセスではないため、この記事にデータを張り付けることはできませんが、デモ動画にてこのソフトマテリアルの強靭さが実感できると思います。結果としては、等温滴定型カロリメーターの傾向は、圧縮力の傾向と同じであり、ホストゲストの構造安定性がポリマーのレオロジーや機械特性と直接関連があることが示されています。1GPaがどれほどの力なのかは想像できませんが、乗用車で押しつぶしても回復できるのならば、道路の安全対策に応用できるのではと思いました。また、ゲスト分子の構造で圧縮力をコントロールできるのであれば、圧力を感じるデバイスに活用できるのかもしれません。今後の用途開発に期待します。