近年は環境に優しい再生可能エネルギーとして風力発電や太陽光発電が注目を集めている一方、エネルギーを電気の形に変換すると用途が限られるほか、電力網が整備されていない場所では使えないという問題があります。そこでスウェーデン・ウメオ大学の研究チームが、「地球に豊富に存在する材料を使って、太陽光のエネルギーを使いやすい水素へ効率的に変換する手法」を開発しました。 (引用:Gigazine11月22日)
今回は、貴金属フリーで高効率な電気分解用電極を開発した内容の論文を紹介します。
太陽光発電は自然エネルギーの代表格としてかなり前から利用されていて、日本では補助金の効果もあり住宅だけでなく空き地や山を切り開いたところにも太陽光パネルが設置されています。一方で電気は蓄電池が無いと貯めることができないため、火力といった調節できる発電方法で自然エネルギー由来の電力の増減分を調節して電力の安定供給を行っています。しかしながら調節にも限界はあり、日によっては太陽光発電を意図的に出力抑制することもあります。話は変わって、カーボンニュートラルの話題の中で水素を活用する議論が活発になされていますが、現在の製造されている水素の95%は天然ガスや石炭から作られており、製造段階で多くの二酸化炭素が排出されています。このような状況から太陽光で発電した電気で水を分解し、貯蔵や移送できる水素を作り出す検討が行われています。
低価格でリサイクル容易な電極を求めるならば貴金属フリーであるべきで、酸化ルテニウムや酸化イリジウムと同等に低い過電圧を持つ、ニッケルや鉄、コバルトが酸素発生反応に使われていますが、水素発生反応にはほとんど前例がありません。ただし様々なアプローチが試行され、近年ではニッケルを泡状にしたものや炭素材料などで水素発生が報告されています。問題になるのはアルカリ水溶液を使った場合に電極が酸化されてしまうことであり、ナノ構造体よりも鉄ーニッケルの合金の方が安定ですが、水素発生には高い過電圧が必要であることが分かっています。そこで本研究では、鉄ーニッケルの合金にモリブデンを添加する検討を行いました。
実験方法ですが、カーボンペーパーにチタンと鉄を熱蒸着させ、それをCVDチャンバーでアルゴンと水素の雰囲気下で800度で加熱し、蒸着した金属を小さな粒子にしました。そこにピリジンをチャンバーに注入して窒素ドープカーボンナノチューブを成長させました。そしてNi(acac)2と Fe(acac)3, MoO2(acac)2 のDMF溶液とカーボンペーパーをオートクレーブで180度20時間加熱し、最後にアルゴンと水素の雰囲気下で450度でアニーリングしました。カーボンペーパーにカーボンナノチューブを成長させたのは先行研究により、大きな表面積と高い電気伝導性、安定性、高密度で金属触媒を担持できることが確認されていたためです。
合成した触媒をSEMで観察すると、カーボンペーパーに均一にカーボンナノチューブが成長し、15-20μmのファイバーに密にカーボンナノチューブでおおわれていることが確認できました。一本のカーボンナノチューブを見るとNiFeMoがフレーク状になっていることが分かり、NiFeMo-NFと名付けました。Moなしで触媒を合成すると金属が粒子上に担持されたのでMoがこのユニークな構造を作るのに重要な役割があるようです。水素発生反応のための触媒をを準備するためにNiFeMo-NFをアルゴンと水素の雰囲気下で450度でアニーリングし金属と酸素の比を2.05:1から1.24:1にしました。結果、フレーク状の金属は粒子に変化しNiFeMo-NPが合成されました。
次に触媒を電気化学特性を測定しました。水素発生反応ではMo添加によりその活性が著しく向上し、Ptワイヤーに近い結果となりました。さらに得られたボルタンメトリーをターフェル式で近似すると低い電流密度帯でも高い電流密度帯でも水素の発生に適した電気化学特性を持つことが分かりました。酸素発生反応ではNiFeMo-NFが特徴的に低いポテンシャルを示し、それは酸化イリジウムを含むどのリファレンスよりも低い結果となりました。1.4 V付近のピークについては、合金であるため複雑だがニッケルの酸化に帰属されるものだと本文中ではコメントされています。水素発生反応と同様にターフェル式での近似を行いました。すると比較的高い電流密度に酸化ピークがあるため、分析が難しいが電流密度を外挿するならば、金属表面での-OOHから-OO–に代わる反応が確認されるとしています。
次に、水の分解反応に対する性能を確認するために1cmの間隔でNiFeMo-NFを陽極にNiFeMo-NPを陰極に配置し、電圧を印加しました。するとわずか1.68 Vで水の分解反応が起きました。流れる電流に対してどれくらいの酸素と水素が発生しているかを確かめるために、メンブレンインレット質量分析計で定量を行いました。するとファラデー効率はほぼ100%で、水素と酸素の比も2.06:1と2:1に近い比率となりました。触媒の安定性についても試験しており、10時間後には6%ほどの性能の低下が確認されました。先行研究では、この性能低下の原因は触媒の溶解や移行による表面積の減少が関係していると報告されています。
この電気分解電極に太陽電池を組み合わせて光から水素を発生させることを試みました。太陽電池の種類は、そのコストや重量、高電圧出力の容易性などを考えてペロブスカイト太陽電池を選択し、ペロブスカイト層はFAI:PbI2:MABr:PbBr2 を使用しました。合計116の太陽電池デバイスを作って性能を評価し、作成方法が確立されていて性能がばらつかないことを確認しました。また、ベストな性能を示したデバイスのJ-V曲線から負荷がかかった状態でも高い電圧を保てることが示されました。
太陽電池と電気分解電極の接続方法に関して、それぞれの電気的特性を比較し二つの太陽電池を直列に接続すると最大の性能を発揮できることが分かりました。
最後に、太陽光から水素を発生させる試みを行いました。具体的には、太陽電池を2つ直列に電気分解電極に接続し、疑似太陽光で水素を発生させました。するとその変換効率を測定したところ13.8%となり、豊富な元素を使った電極としては、報告されている結果の中で最も効率が良い値となりました。ペロブスカイト/シリコン太陽電池で17%という変換効率が報告されていますが貴金属の水分解電極を使っています。本文中には資源として豊富な元素を使った電極で水素を発生させることは、コストや環境への観点から必要だとの記述があり、この貴金属を使わない電極開発の重要性を暗に示しているようです。
安定性を評価したところ、10時間の試験で65%ほどに変換効率が低下しました。これは電気分解電極ではなく太陽電池に原因があり、封止していなかったことを具体的に挙げています。
実験結果のパートは以上で終わりですが、コストの計算を本文中の終盤で行っています。それによるとラボスケールの製造では貴金属材料だけでなくDMF溶媒に由来するコストが大きくかかりますが、実際の製造を想定すると錯体のDMF溶液をリサイクルでき、太陽電池に必要なspiro-OMeTADや金のコストが大きなウェイトを占めると主張しています。そのため、太陽電池や水分解電極の安定性向上だけでなく、金電極などの太陽電池に使われる高価な材料の代替、ソルベントフリーや大スケール製造といったプロセスの改良も課題であるとのコメントで締めています。
論文の全文を読む前は、貴金属を使わない水分解電極についての報告が主の内容で、太陽電池との組み合わせについてはデモンストレーション程度の内容など想像していましたが、並列数の検討や太陽電池のみでの性能評価を詳しく行っており、電極だけでなくデバイス全体を検討して変換効率13.8%をたたき出したと言えます。また最後のパートでコスト計算を行い性能向上だけでなく代替材料の必要性を訴えている点は、実用化には必要な内容であり興味深いと感じました。この太陽光から直接水素を製造するシステムが実用化されて普及するには、経済性の良いデバイスを開発することも重要ですが、水素で動くモビリティや発電設備などがより普及すべきだと思います。自然エネルギーは変動が大きいという短所がありますので、エネルギーを貯蔵という手段で緩和できる水素製造は、化石燃料や原子力からの発電比率を極限まで下げるには必要な技術になるのではないでしょうか。
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