理化学研究所
株式会社 JEOL RESONANCE
イムラ・ジャパン株式会社
の共同研究グループは高分解能ポータブルNMR(200 MHz)の開発に成功した。
既存の卓上NMRの中で最高磁場であり、持ち運びも容易なハイスペック機種。
概要
高温超伝導バルク磁石により卓上機並みのサイズを実現
画像診断に使われる磁気共鳴画像(MRI)と、タンパク質の構造解析などに用いられる核磁気共鳴(NMR)には、超電導線材を巻いたコイルが強力な電磁石として使われています。超電導状態の維持には液体ヘリウムなどの冷媒が必要であり、MRIやNMRは基本的に移動や移設が困難な構造をしています。特にNMRは、性能の向上に伴いサイズの大型化が進んでいます。
近年、複数の海外メーカーが永久磁石を使った卓上NMRを販売していますが、磁場強度の限界から用途は限定的です。一方、酸化物超電導体と呼ばれる高温超電導素材は、塊(バルク)のまま超電導状態で着磁すると、永久磁石よりもはるかに強い磁場を発生し続ける性質があり、しかも冷媒が不要で冷凍機でも磁場を維持できます。理化学研究所などの研究グループは2011年、高温超電導バルク磁石を用いた世界初の超小型MRIを開発しました。
今回、理化学研究所生命機能科学研究センター構造NMR技術研究ユニットの仲村高志専任技師、株式会社JEOL RESONANCE 技術部の内海博明部員、宮本哲雄副部長、イムラ・ジャパン株式会社 CASE・超電導研究室の柳陽介主任研究員らの共同研究グループは、高温超電導バルク磁石の高度化に取り組み、MRIよりもさらに高い磁場均一度が必要な高分解能200MHz(4.7 T)NMRの開発に成功しました。さらに、着磁した高温超電導バルク磁石を冷凍機で冷却し、磁場を発生させた状態で輸送・移設しても、磁石の性能は変化しないことを確認しました。
高分解能NMRがコンパクト・ポータブルになることで、従来機では不可能だったデスクサイドでの利用が可能になります。また、液体ヘリウムが不要であるため、ヘリウムの資源リスクを回避することで、NMRの維持コストが上昇した際の代替装置にもなり得ます。
(プレスリリースより引用)
特徴
通常のNMR装置には、沸点–269 °Cの液体ヘリウムで冷やすと超伝導状態を示す低温超伝導体(超電導コイル)が使用されている。
一方、液体窒素の沸点–196 °Cにおいても超伝導状態(電気抵抗ゼロ)を示す物質を高温超伝導体と呼ぶ。
今回の開発では、2011年の超小型MRIでも用いたユーロピウムバリウム銅酸化物(EuBCO)から、結晶方位が揃った単一結晶粒の日本製鉄製バルクを使用したとのこと。バルクとは塊のことで、通常の線材(コイル)と違い、塊状のもの。超電導バルク磁石の方が、超電導コイル磁石よりも安価であり、強い磁場を実現できる素材として注目されている(下図、こちらより引用)。
本体は縦長の形状をしており、スペースを専有しない構造になっている(下図)。
既存の冷媒を使用するNMRが背景に置かれており、大きさの違いがアピールされている。
上部から見た図。手のサイズと比べても非常に小さいことがわかる。
既存の卓上NMRとの比較
Picospin, Spinsolve, NMReady, Pulsarの性能比較は過去記事参照。いずれも磁場は80 MHz以下。
過去記事に掲載がなかったものとしては、Brukerが発表したFourier 80がある。
今回の発表は製品の発表ではないため一概に比較することはできないが、高さ(height)はあるもののスペースは専有せず、過去最高磁場のポータブルNMRであることは事実。
実際の製品の価格、機能、オプションなどの発表が待ち遠しい。
卓上NMRの用途
大きな利点は、冷媒が不要であること。近年の液体ヘリウムの高騰は尋常ではなく供給難は必至であり[1]、研究費を圧迫していることは言うまでもなく、冷媒不要のNMRの高磁場化が切に望まれている。
冷媒なしで400~500 MHzの高磁場が実現される日が来るのかはわからないが、そうなれば研究環境は大きく変化する。
また、過去記事にも記載されているが、実際の使用面では反応のNMRによる追跡や簡単な化合物のNMR測定などで特に威力を発揮する。
特に、多くの機種で1H, 19Fは測定可能であり、NMRによる定量実験が可能である。
個人的には、19F、31P、11Bなどの専用機として使えば、ATMユニットの摩耗が抑えられ、現行の高磁場NMRのトラブルを減らせるのではないかと考えている(実際、19F NMRの多用により、度重なるチューニング操作によってATMユニットが摩耗し、結構な頻度でATMエラーが出ることがある)。