株式会社ダイセルは、環境にやさしい酢酸セルロースを当社独自の技術で加工した真球状微粒子を開発し、2020年12月に化粧品向けのサステナブルな素材として「BELLOCEA」を上市しました。この技術開発の研究業績がセルロース学会より評価され、この度「2020年度セルロース学会技術賞」を受賞いたしました。(引用:ダイセルプレスリリース10月1日)
京都大学と株式会社ダイセルは、木材や農水産廃棄物などのバイオマスを高機能な材料や化学品に変換し、その価値を森林の再生や、農水産廃棄物の高付加価値利用に還元することにより、森、川、海、農山漁村、都市を再生し、自然と共生する低炭素社会の実現、新産業創出などに寄与することを目的とした、包括連携協定を締結しました。(引用:ダイセルプレスリリース10月8日)
ダイセルより、サステナブルな素材が学会賞を受賞されたことと京都大学とバイオマスに関する包括連携協定を締結したことがプレスリリースにて発表されましたので、ケムステニュースにて紹介させていただきます。
まず、2020年度セルロース学会技術賞に関して、酢酸セルロース真球微粒子の開発と化粧品への応用という業績でヘルスケアSBU(Strategic Business Unit)、研究開発グループが受賞しました。この技術の背景にはマイクロプラスチック粒子による海洋汚染問題があり、この問題を解決するためにダイセルでは代替の素材である酢酸セルロース真球微粒子を開発してきました。
マイクロプラスチックの問題ではよく海に浮かぶペットボトルやレジ袋の写真が使われているように、大きなプラスチック物体が海に放出され、紫外線や波によって細かくなりマイクロプラスチックに変化(2次マイクロプラスチック)して環境問題を起こしています。しかし、マイクロプラスチックの汚染は、プラスチックの微細化だけでなく元々マイクロプラスチックとして取り扱われていたものが地上で回収されずに下水などから海に流出(1次マイクロプラスチック)することによっても発生する問題で、その発生源の一つがファンデーションなどの化粧品に配合されたマイクロプラスチックとなっています。具体的に、化粧品にはナイロン、アクリルのマイクロプラスチックが配合されていますが、これは化粧品の伸びを良くする滑り効果と紫外線を攪乱したり、明るく見せたりする光拡散効果のため使われており、化粧品の機能性を担保する重要な部材のようです。
そこでダイセルでは、主力製品である酢酸セルロースを独自の技術で真球状の微粒子にすることに成功し、BELLOCEAという名前で製品化しました。酢酸セルロースは非可食性の植物由来のセルロースを原料とし、そのヒドロキシ基を酢酸でエステル化した素材です。肝心の自然界での分解時間は、汎用樹脂で数十年から数百年かかるところ、酢酸セルロースでは1から3年で分解され、生分解性が高いバイオ素材です。
BELLOCEA開発時のプレスリリースでは、リキッドファンデーションに含有した際の延展性と塗布性の比較結果が示されておりナイロンやアクリルと同等の性能を持つことが分かります。
さらに続報のプレスリリースにて、BELLOCEAとしての生分解性度も評価しており、9か月で90%分解する結果が示されています。
ファンデーションに配合した時の伸びに関しても、ナイロンよりも肌での伸びが良いことが強調された結果も発表されています。
また液液界面に吸着した固体粒子によって安定化されたエマルションであるピッカリングエマルションをBELLOCEAを使って形成することも確認し、界面活性剤に代わるサステナブルな乳化剤として使用できることを確認しました。
このように化粧品の性能を損なわずに、サステナビリティに貢献できる素材は、セルロース関連物質に関する研究進歩と学術発展および技術向上に寄与することを目的としたセルロース学会の2020年技術賞を受賞しました。ダイセルでは、共同受賞を含めて9回のセルロース学会各賞を受賞しており、セルロースに関する研究を継続的に推進しているようです。酢酸セルロースを使って真球微粒子を製造する方法については特許が出願されており、実験項および請求項によると特定のアセチル総置換度を持つ酢酸セルロースと可塑剤によって化粧品に最適な微粒子が作られるようです。
日本においては政府がレジ袋を有料化した際には大論争が起きましたが、海上流出においてはマイクロプラスチック自体を防ぐ方が難しく、何らかの対策が必要だと考えられます。しかしながら、海に放出する前に食い止めるためには下水道のフィルターや、化粧品使用後の徹底的なふき取りが必要で、それは現実的ではないと考えます。そのため、本ニュースのような生分解性の代替品を使うか、マイクロプラスチックを使わないことが求められているようです。マイクロプラスチックを配合した製品を販売する企業としてはマイクロプラスチックを使わない製品を新たに開発するよりかは、代替品を使ったほうが同じ性能を示すためのハードルは低いように思えます。今後このような生分解性のマイクロプラスチックが広く身の回りの物に使われることを期待します。
続いて、京都大学とダイセルの包括連携協定についてですが、これは、木材や農水産廃棄物などのバイオマスを高機能な材料や化学品に変換する研究を加速させて、自然と共生する循環型社会の実現するために締結しました。連携の内容ですが、一つは、京都大学の各研究科・研究所で進められているバイオマスの新しい変換プロセスに関わる研究においてダイセルのリサーチセンターと連携を行うことで、もう一つは京都大学宇治キャンパス内に、共同ラボとしてバイオマスプロダクトツリー産学共同研究部門を設置することが挙げられています。
包括的な連携でも実現を目指す具体的な目標は決まっていて、それはバイオマスの新しい変換プロセス「新バイオマスプロダクトツリー」の実現です。ダイセルでは、一つ目のニュースで取り上げた酢酸セルロースを木材由来のパルプを原料に製造していますが、天然高分子は元来溶けにくくエネルギーを大量に使用しています。そこで、京都大学との共同研究によって常温常圧での木材を溶かすプロセスを確立し、セルロースだけでなく、ヘミセルロースやリグリンなどを効率的に取り出し、木材由来の原料を使ったサスティナブルな製品を拡充することを目指しているようです。さらにこの技術開発によって、木材に限らず種々の農林水産業の廃棄物から有益な成分を抽出することが可能になり、様々な製品の原料として処分される素材を活用することにもつながるとしています。そしてこの一連の技術開発・製品製造によってダイセルが提唱している、林業を復活させ森を再生するとともに山・川・海を含む自然の生態系の回復にも寄与する「バイオマスバリューチェーン構想」の実現を目指しています。
プレスリリースでは、各研究チームに割り当てられたテーマが発表されています。すでにこの分野に近い研究を行っている実績がどのチームにあるようで、それぞれの専門テーマの延長としてダイセルとの連携で研究を進めるようです。
- 生存圏研究所 渡辺 隆司 教授:バイオマスの超穏和溶解による高度利用
- 生存圏研究所 西村裕志助教:植物バイオマスの正確な診断と高度利用
- 化学研究所 中村 正治 教授:木質バイオマス分子変換反応による機能性化合物の創出
- エネルギー理工学研究所 片平 正人 教授:バイオマスの微細構造の NMR 法による決定と酵素を用いた利活用法の開発
- 農学研究科 上高原 浩教授:バイオマスの直接誘導体化による成分分離と各成分の特徴を生かした利用法開拓
- 農学研究科 吉岡 まり子准教授:木材のプラスチック化と高付加価値材料への応用
- 人間・環境学研究科 藤田 健一教授:新規錯体触媒によるバイオマス資源からの水素と有用有機化合物の生産
ダイセルの歴史を見れば、セルロイドの製造から会社が始まり、1930年代には酢酸セルロースの生産を実現し、主力ビジネスとなっているようです。その原料について大学と包括的連携を締結して大きなイノベーションを生み出そうとしているのは、サスティナブルな社会実現に向けた研究を加速させ、石油製品以外で製品の製造を続け生き残るためだと予想されます。常温常圧条件で農林水産業の廃棄物から工業品に使用可能なポリマーを取り出すことは簡単なことではありませんが、それぞれの研究グループがそれぞれの角度から取り組み、それが組み合わされるとで大きなブレイクスルーになることを期待されているのではないでしょうか。連携の結果が公開されるかどうかは分かりませんが、一部でも論文などでイノベーションの詳細が紹介されることを願います。
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