2021年9月9日、「人々を笑わせ考えさせた業績」に送られるイグノーベル賞の第31回授賞式が行われました。その中で、数人が「歩きスマホ」を行うことで周りの歩行者の通行にも影響を及ぼすことを明らかにした京都工芸繊維大学の村上久氏らが動力学賞を受賞。日本人のイグノーベル賞受賞は15年連続となりました。 (引用:9月10日Gigazine)
昨年のイグノーベル賞では化学賞の発表はなくイグノーベル化学賞ファンをがっかりさせましたが、今年はしっかりと受賞がありました。日本のニュースでは15年連続の日本人受賞を強調していますが、本記事では化学賞ほか、化学近い分野の受賞を中心に紹介していきます。なお、授賞式は昨年同様オンラインで開催され、記念トロフィーはPDFデータで、賞金の10兆ジンバブエドルも偽札(通貨としてはすでに廃止されていて問題はないようです。)が贈られました。
The 31st First Annual Ig Nobel Prize Ceremony 2021 from Annals of Improbable Research on Vimeo.
化学賞(24:33から)
映画館の中の空気を化学的に分析することで、視聴している客が発した匂いを検知し映画内の暴力や性、反社会的な行動、薬物、暴言の程度を調べる研究
Jörg Wicker, Nicolas Krauter, Bettina Derstroff, Christof Stönner, Efstratios Bourtsoukidis, Achim Edtbauer, Jochen Wulf, Thomas Klüpfel, Stefan Kramer, and Jonathan Williams
“Proof of Concept Study: Testing Human Volatile Organic Compounds as Tools for Age Classification of Films,” “Cinema Data Mining: The Smell of Fear,”
まさかの過去にケムステで取り上げた研究が受賞しました。内容としては、映画館の空調に質量分析計を取り付けVOCの濃度変化をモニターし、有害性のあるシーンが多いか少ないかをイソプレンの濃度変化で判別できないか試行したものです。結果としてノイズが多く、イソプレンの濃度変化で有害性を完璧に判別することはできませんでしたが、映画の有害性を人が発する化学物質で定量化するコンセプトの実現可能性が示されました。
授賞式では2001年にノーベル化学賞を受賞したシャープレス教授がトロフィー授与を行い、受賞者が交代で研究の解説を行いました。受賞者はドイツのマックス・プランク化学研究所、大気科学部門のJonathan Williams博士のチームで、環境中のVOC分析や、空気中の化学物質を分析する手法の研究で数多くの論文を発表されています。この映画館の研究が続けられているかは分かりませんが、このコンセプトを応用した手法が実用化されることを期待します。
昆虫学賞(1:04:33から)
潜水艦内でゴキブリをコントロールする新しい方法
John Mulrennan, Jr., Roger Grothaus, Charles Hammond, and Jay Lamdin
2018年にノーベル化学賞を受賞したフランシス・アーノルド教授がトロフィー授与を行い、John Mulrennan Jrさんが研究を紹介しました。研究の背景として、当時潜水艦の燻蒸消毒には二酸化炭素とエチレンオキサイドが使われていましたが、冬季に燻蒸消毒を行ったところ、エチレンオキサイドが潜水艦の中で液化して残存し、乗り込んできたクルーが、室内が暖められて再びガス化したエチレンオキサイドを吸い込んで死亡する事故が発生しました。そこでガスを使わない代替方法を本研究では検討し、ゴキブリに関してはジクロルボスが有効であることを示しました。害虫への効果は数多くの論文で示されていますが、この研究では実際の潜水艦を使って効果を調べたようで、潜水艦ならではの問題を研究対象としたこと、実フィールドで試験を行ったことがイグノーベル賞の受賞対象になったと想像されます。
論文は1971年に発表されたもので、Johnさんを含めて著者全員はNavy Disease Vector Ecology and Control Centerという海軍の病気を調べる部隊に所属していたようです。Johnさん自身は1979年に海軍を退官しており、紹介の最後には「当時の海軍はこの発見に喜んだが、正直今はどうしているかわからないね。」とコメントしています。ジクロルボスは毒性が高いので、さすがに今も噴霧していることはないかと思います。
薬学賞(38:02から)
性的オーガズムが鼻呼吸を改善し鼻詰まりの薬として有効かの実証研究
Olcay Cem Bulut, Dare Oladokun, Burkard Lippert, and Ralph Hohenberger
“Can Sex Improve Nasal Function? — An Exploration of the Link Between Sex and Nasal Function,”
2012年にノーベル化学賞を受賞したロバート・レフコウィッツ教授がトロフィー授与を行い、研究のチームはオリジナルのムービーを用意してわかりやすく内容の紹介を行っています。研究では18組の健康なカップルに行為をしてもらい、その前後で鼻の通りを計測し、結果を点鼻薬と比較しました。すると最大、行為の一時間後まで鼻詰まりを改善する効果が確認されました。
薬学賞と名前はついていますが、薬の代替に関する研究が受賞したことにイグノーベル賞のユニークさが感じられます。
以上が化学に関連する?発表でした。せっかくなので化学関係なく気になった受賞研究も紹介します。
動力学賞(57:17から)
歩行者が時々、他の歩行者と衝突するか理由を調べる実験の実施
Hisashi Murakami, Claudio Feliciani, Yuta Nishiyama, and Katsuhiro Nishinari
“Mutual Anticipation Can Contribute to Self-Organization in Human Crowds,
動力学賞は、京都工芸繊維大学情報工学・人間科学系の村上助教、東京大学先端科学技術研究センターのFeliciani准教授、長岡技術科学大学大学院工学研究科情報・経営システム工学専攻の西山講師、東京大学先端科学技術研究センター/大学院工学系研究科の西成教授が受賞しました。おめでとうございます。
授賞式では、2001年にノーベル物理学賞を受賞したカール・ワイマン教授がトロフィー授与を行いました。動画ではトロフィーと賞金授与の後に、「ワイマン教授に質問はありますか?」とMarcが受賞者に尋ねると西成教授は、「どうやってこの賞からイグをとれるでしょうか(=どうやったらノーベル賞を受賞できるか)」と聞きました。するとワイマン教授は笑いながら「たくさんのハードワーク」と答えています。
本研究では、横断歩道のような通路において、両端から向かい合って移動してくる歩行者の集団が自然といくつかの列に分かれる現象について実験を行いました。実験では、それぞれの方向から歩いてくる人に異なる色の帽子をかぶってもらい、人の動きを上から確認しました。一方の歩行者の先頭の数人がスマホをいじりながら歩いていると、集団全体のレーン形成が遅延し、注意を逸らされた歩行者だけでなくその周りの歩行者も歩行中の衝突回避が難しくなることが発見されました。
一方の物理学賞では、なぜ歩行者は常に他の歩行者と衝突しないのかという研究が受賞しており、動力学賞とは真逆の観点の研究が受賞ました。物理学賞の授賞式(53:20から)の中で、トロフィー授与を行ったマーティン・チャルフィー教授(2008年ノーベル化学賞受賞)は、「携帯電話を使用している人は、使用していない人よりもより衝突しますか。」と質問し受賞者は「いい質問です。調べたいですが、電話を使用している人と使用していない人を区別する方法がありません。」と答えています。実際その答えは、動力学賞の研究が解明しているように思えます。
経済学賞(35:17から)
政治家の肥満度が国の汚職の良い指標になるかもしれないことの発見
Pavlo Blavatskyy
“Obesity of Politicians and Corruption in Post‐Soviet Countries,”
本研究では、ポストソビエトの国であるArmenia, Azerbaijan, Belarus, Estonia, Georgia, Kazakhstan, Kyrgyzstan, Latvia, Lithuania, Moldova, Russia, Tajikistan, Turkmenistan, Ukraine and Uzbekistanの首相の顔写真から、ニューラルネットワークを使用してその人物のBMIを算出し、腐敗認識指数との相関を調べました。調べたのは2017年の写真と腐敗認識指数で、その年に複数人が首相のポジションにいた場合には、長く在籍したほうのデータを採用し、写真は公式行事でとられた暗くないパスポートサイズの写真が使用されました。結果、BMIが高いほど腐敗認識指数も低く、太った政治家が多いほど、政治における汚職が酷いという結果になりました。
授賞式では、リチャード・ロバーツ教授(1993年ノーベル生理学・医学賞)が、「ポストソビエトの国だけでなく、 欧米各国についても調べましたか」と尋ねるとPavlo教授は、「いいえ」と答えています。日本に近いあの国のトップを見れば、この相関は世界中に当てはまることが容易に想像できます。
論文中では、首相の顔写真付きで表が掲載されており、腐敗認識指数が上位の国の首相から(論文5ページ)はさわやかな印象を受け、下位の国の首相(論文6ページ)からは、悪そうな印象を受けシュールに感じました。首相の体型や人相と汚職が相関しなくなることを望みます。
イグ・ノーベル賞の世界展
福岡市科学館では、9月9日から11月3日まで、イグ・ノーベル賞の世界展を実施しています。これは2018年に東京で開催された企画の福岡版で、IMPROBABLE RESEARCHの編集長Marc Abrahams氏の協力を得て制作される、イグ・ノーベル賞公式の展覧会です。展示会では、受賞研究の紹介や体験コーナーなど「イグ・ノーベル賞」の軌跡を追いながら、笑って、考えさせられるユニークな研究の数々を楽しむことができるそうです。イグノーベル動力学賞2021を受賞した研究成果とトロフィー?も早速紹介されているようです。九州在住の方は、コロナ対策をとってぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
2021 #イグ・ノーベル賞 動力学賞に、村上久先生、Claudio Feliciani先生、西山雄大先生、西成活裕先生の4人が受賞っ‼️㊗️🎊
内容は『歩行者同士が時には衝突することがある理由を明らかにする実験」に対して🚶🚶本展では本研究成果をいち早く紹介しています!要CHECKです✨https://t.co/PIOKetT9Tb https://t.co/TZpVFseyFi pic.twitter.com/q6TOUC1tUt
— イグ・ノーベル賞の世界展【福岡】 (@ignobel_fuk) September 10, 2021
イグノーベル賞が終われば、ノーベル賞の季節となります。コロナウィルス関連のトピックで日々のニュースが占められている中、明るい話題がノーベル賞関連のニュースからもたらされることを期待します。
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